02 第二研究室の囚人達。~それだけは言えない~
場所:ポルール
語り:小鳥遊宮子
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ゼーニジリアスが収容されていた部屋には、カプセルと檻が二つずつあり、その中には合計六人の囚人たちが入っていた。
今回の厄災で捕まえられた精霊狩り達や、力を失った火の精霊ファトムだ。
――これは大変そう。警備がすごいわけだわ。
ゼーニジリアスの入ったカプセルの前で、アグスさんが、神妙な顔をしている。
「フィルマンがノーデス王に謁見を申し出たが、王はそれを受け入れず、ニジルド殿下を無条件で引き渡せと言っているようだ」
良識のある友好的な王様だと思われていたノーデス王。しかし、散々こちらに迷惑をかけているにも拘らず、何の謝罪もなく、ただ弟を返せと言っていることに、アグスさんは、違和感を覚えているようだ。
ゼーニジリアスはこの一年の間に、ゾルドレさんに精霊の契約を破棄され、土の力を失っていたけれど、それでも強大な水の力を持っている。
ノーデス王に彼を止める気がなければ、またベルガノンの脅威になりかねない。
「ノーデス王に、こちらの条件を飲んでもらわないことには、ニジルド殿下はクラスタルに返せない。だが、こいつらをここで警備しているのも限界があるからな。今から王都の収容所へ移送するつもりだ」
「移送の件はカミルから聞きました。でも、その前に少し、尋問させてください」
ターク様はそう言うと、まずはネドゥに話しかけた。
「お前、そろそろファトムに力を返す気になったか? ファトムに力を返せば、とりあえずその、メロウムのカプセルからは出られるぞ。体の自由が利かないのは辛いだろ」
「冗談じゃないわ。だいたい、ファトムのことなんて愛してないって言ってるでしょ? 力を返すなんて無理よ」
ネドゥは元々少し吊り上がった目で、チラリとターク様を見ると、ふいっと顔を背けた。
彼女は下着にほんの少し布を足したみたいな、かなりの薄着だ。火の精霊の力を持つ彼女が、寒さに震え、唇を紫色に染めている。
アグスさんの作ったカプセルが、強力に精霊の力を封じているのだ。
メロウムで拘束されているだけでも、かなり気分が悪いとターク様が言っていたし、このカプセルの居心地の悪さはその上を行くはずだった。
それでも彼女は、どこか余裕な顔をしている。
「ファトムが自力で力を取り戻してしまえば、お前の力の行き場はなくなる。そうなってから後悔しても遅いんだぞ」
「ふふ。困ってるのは、キラキラのあんたでしょ」
ネドゥに思いもよらぬことを言われ、ターク様は、思い切り眉根を寄せた。
彼女は五年という時間をかけ、精霊に取り入っていたため、この辺りの事情にも詳しいようだ。
ネドゥの言う通り、シュベールさんが自力で力を取り戻した今、ターク様の癒しの加護は、返す先を失くしていた。
彼が不死身を治す方法は、既に一つ失われているのだ。
ターク様は、ほんの一瞬言葉に詰まったけれど、すぐにとなりのカプセルを指差して言った。
「何を言っている……私の話じゃない。ゼーニジリアスを見てみろ。もう一年以上この状態だが、そこから出られる見込みはない。そうなりたいのか?」
「ふん」と、横を向いたままのネドゥに見切りを付けたのか、ターク様は次に、精霊狩り達の入った檻の前に立った。檻の中にいたのは、ネドゥの姉だという女性と、ススだらけの精霊狩り達だ。
皆一様に不満そうな顔でターク様を睨んでいる。
「お前達、このまま王都へ移送されれば、普通に処刑されるぞ。精霊狩りの一掃に協力すれば、多少口を添えてやってもいい」
「ふん、仲間を売るなんて、あり得ないぜ!」
腕組みをしてそっぽを向いた男たち。
ターク様は見たことないくらい鋭い目つきで彼らを見下ろし、檻の中に大剣の先を差し込んだ。
ビクっと後ろに下がった男の首元で、銀の剣先がギラリと光る。
「ならここで、不死身を体験させてやろう。心配しなくても死にはしない。きっちりヒールで治してやる。白状するまで、何度でもな」
「ひぃ……!」
――わぁ、ターク様、脅しの演技がうまいわ!
――不死身のターク様にそれを言われると、絶対怖いわね!
優しすぎるターク様の、迫力のある尋問を感心しながら眺める私。
精霊狩り達は信じたのか、真っ青になって縮み上がった。
「あ、あっしらのアジトは、クラスタルの南西のちいせぇ村、グラスにありやす! そこに居るのはだいたい十人ほどですぁ! 旦那の手にかかりゃぁ、イチコロですぁ」
「お、お前! 何ベラベラ喋ってんでぇ!」
「だってよぉ、こいつ、おっかなすぎるだろ。不死身の大剣士だぜ?」
精霊狩り達の慌てように、ターク様は満足そうな笑みを浮かべた。
――あれ? もしかしてターク様、本気だった?
今朝までフワフワしていたターク様とのギャップに、ちょっとドキドキしてしまう私。
どうやらそれだけ、今の彼は真剣なようだ。
「アジトの場所は分かった。で、セリスは誰に売ったんだ?」
「そ、それだけは言えねぇ。本当に殺されっちまうよ」
アジトはあっさり喋った精霊狩り達だったけれど、どうやらセリスを買い取った客は、ターク様以上に怖いらしい。
ガヤガヤ言う精霊狩り達の様子をしばらく見ていると、ファトムさんが突然、声をあげて泣き出した。
「う……。あぁ、セリス、セリスぅ……。無事なのかセリス、会いたい。一目だけでも……うあぁぁ!」
彼が元々どんな姿だったのかは分からないけれど、力を失いシワシワになった顔で、オイオイと泣く彼の様子は、胸を抉るものがある。
――これじゃぁ、ターク様が何とかしてあげたいと思うのも、当然だわ。あまりにも可哀そう。
「ファトムさん……」
どう慰めていいのかもわからず、切ない気持ちで彼を眺めていると、ネドゥが苛立った様子で声をあげた。
「ファトム! 一体いつまで、会えもしないセリスと恋愛ごっこなんてしているつもりなの? あんたの泣き言はもう、うんざりなんだよ! せっかく、想いを断ち切ってやろうと思ったのに! 教えてあげるよ、セリスは……」
「待て! ネドゥ、あいつの名を言えば、死ぬより恐ろしい目にあうぞ」
セリスを買った客の名前を言おうとしたネドゥを、大声で止めたのは、なんと、ゼーニジリアスだった。
動けないながらも、必死の形相で赤い目を見開き、はぁはぁと息をもらしている。
噴き出した汗のせいで、長い銀色の髪が、青白い肌に張り付いていた。
「悪いことは言わない、返せるうちに、ファトムに力を返すんだ。お前も、あいつのコレクションになりたいのか?」
「うぇー。それだけは死んでもイヤだね」
「なら力は諦めるんだ。あいつは必ず、私達を捕まえに来るぞ……」
なぜか急に、ネドゥを説得しはじめたゼーニジリアスに、ターク様はますます顔をしかめた。
「なんだ? なぜお前がセリスの売られた先を知ってるんだ。やっぱりお前、精霊狩りの仲間だったのか?」
「違う。私は精霊達を愛しているんだ。売ったりするものか」
「あやしい話だな。まぁいい。ごちゃごちゃ言ってないで、早くそのコレクターの名前を言え。私がやっつけてやる。安心して白状しろ」
「それだけは言えない……これ以上詮索すると、お前たちもただでは済まないぞ」
ゼーニジリアスは、逆に私達を脅すようなことを言ったかと思うと、それきり黙り込んでしまった。
ターク様はその後も、しばらく頑張って尋問していたけれど、結局誰も白状しないまま、搬送の時間が来てしまった。
いつもより本気な様子で、ネドゥ達に尋問するターク様。精霊狩りのアジトは聞き出せましたが、セリスを売った精霊コレクターの名前はどうしても聞き出せませんでした。
次回はイーヴ先生の語りでお送りします。
第十八章第三話 横暴!~隣国の使者とタークの石像~をお楽しみに!




