14 豆女はないだろ。~青いドレスと秘宝のダー君~
場所:フィルマンガルト
語り:小鳥遊宮子
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モルン山で、ターク様にすっかり浄化された私、小鳥遊宮子は、ターク様と二人、フィルマンガルトの街を歩いていた。
さっき、私の歌を聴きに集まってくれた精霊達に、ノーラの居場所を聞いたけれど、それを知っている精霊はいないようだった。
――残念。達也、本当にどこへ連れて行かれたのかな。
そんなことを考えながら、ぼんやり歩いていると、ズシーン、ズシーンと巨体を揺らして歩く、巨人達に潰されそうになる。
あまり足元が見えてなさそうな、彼らの合間を縫って歩くのは、なかなかに危険だった。
「気をつけろよ」
ターク様に手を引かれて歩く、フィルマンガルトの街は、道幅が広く、建物も扉も背が高い。だけど、人間サイズの普通の入り口や、時には小人サイズなのか、小さな窓がついていたりして、まるで、不思議の国に迷い込んだ気分だ。
商店街をのぞくと、見たこともない巨大なものが沢山売っていた。
全身入れてしまいそうな帽子や兜、ターク様の大剣が短剣に見えるくらい長い剣、巨大な魔獣を剥いで作った毛皮のマントなど、他の街では見かけないようなものばかりだ。
真っ黒なローブ姿の私が、大きなドレスを目を丸くして眺めていると、突然ターク様が、ぼやくように言った。
「やっぱり、豆女はないよな。あっちに人間サイズの店が集まっている場所がある。青薔薇の歌姫だとわかる、青いドレスを買おう」
ターク様は、カーラムさんが私を、終始豆女と呼んでいたのが、よほど気に入らなかったようだ。だけど、屋敷には執事さんが用意してくれたワンピースが、沢山あるのだ。
「い、いらないですよ。私、もう魔力も回復できないですし……」
「それでも、お前は青薔薇の歌姫だ」
ターク様はそう言って、人間サイズの小さなお店に入り、青いドレスを買ってくれた。それは、胸元に薔薇の飾りがついた、キラキラした美しいドレスだった。
「いいな。完璧だ」
「ありがとうございます!」
「か……か……」
「はい?」
「……可愛い」
「……!」
「すごくいい」
「も、もう十分です!」
何を思ったのか、真っ赤になりながら、一生懸命褒めてくれるターク様。かなり照れくさいけれど、なんだかとても嬉しかった。
奇跡みたいな魔法は使えなくても、たとえほんの数人でも、私の歌を聴き、喜んでくれる人がいるのなら、このドレスを着て歌いたい。
そんな風に思えるのは、ターク様の浄化のおかげだろうか。
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私達がフィルマンさんのお屋敷に戻ると、ずっとお世話をしてくれていた、お屋敷の執事さんが、私を見て瞳を輝かせた。
「おぉ……! 青薔薇の歌姫様、お体回復されたのですね。なんと美しい」
「はひゃぁ……。そんな。えっと、あの。おかげさまです! ありがとうございます」
「今夜ぜひ、皆に歌を聞かせてくださいませんか?」
「もちろんです。あ、でも私、魔力を殆ど失ってしまったので、歌っても皆さんの魔力は回復しませんけど……」
「お気になさらなくて大丈夫ですよ。奇跡というのは必要な時に起きるものですから。魔法などなくとも、歌姫様の歌声は、国の宝です」
――さすが執事さん、褒め上手!
△
ちょっぴり浮かれて客室に戻ると、ターク様がなんだか不機嫌になってしまっていた。口を尖らせ、顔をしかめて、不満そうに私を見下ろしている。
「お前、私が誉めた時より喜んでなかったか?」
「い、いえ! まさか、そんなことは」
「まったく……私ばかり妬かせるなよ」
――ターク様の発言が、一番照れますって!
思い切り口をパクパクさせた私を見て、ターク様は「ふふ」と、笑う。
「すっかり治ったみたいだな」
「はい! おかげさまです。あ、そうだ、これ、どうしましょうか?」
そう言って私が取り出したのは、ずっと腰にぶら下げていた、精霊の秘宝だ。ドレスに着替えてからは、ローブにくるんで持ち歩いていた。
さっき、急激にパワーアップしたターク様の光で、またすっかり浄化されている。
「そうだな。そう言えば、適当な精霊に渡すよう言われたんだった。渡してくればよかったな……ん? 何か、聞こえたか?」
「秘宝に何か、映ってますね……」
りんごサイズの秘宝に、ぼんやりと人影が映り、ごにょごにょと話し声が聞こえる。のぞき込んでよく見てみると、そこに映し出されていたのは、達也と、ノーラだった。
「た、達也!?」
『あー! やっと気付いてくれた。そうだよー! みやちゃん、元気そうで良かった~!』
「達也、どこにいるの!? ケガは平気!? 無事なの!?」
『うん、心配しないで。ケガも治ったよ。それで、今、僕、ノーラちゃんと暮らしててさ』
「ノーラちゃん!?」
よく見ると、秘宝に映し出された達也の首に、ノーラが恋人のように腕を巻き付けている。達也が嫌がっている様子もなく、二人はなんだか、仲が良さそうだ。
『ダー君、まぁだ? そんな昔の女、もう忘れましょうよ?』
『ちょっと、待ってよ。ノーラちゃん。心配させると悪いから、報告だけさせて?』
『もう、早くしてね? 終わったらさっきの続き、約束よ、ダー君』
『わかった、わかった。少しあっちで待っててね、ノーラちゃん』
達也に言われて、名残惜しそうに彼から離れるノーラに、達也がニコニコしながら手を振っている。
――何これ!? 何見せられてるの!?
唖然としてターク様を見ると、ターク様はこれ以上ないくらい、引き攣った顔をしていた。
『と、とにかく、みやちゃん、僕元気だから、あんまり心配しないでね』
「本当に、大丈夫なの? 今どこにいるの?」
『よく分からないけど、ノーラちゃんちかな?』
「帰って来れそう?」
『ごめん、みやちゃん。僕、ノーラちゃんとここで暮らすことにしたから、アグスさんとミレーヌちゃんに、謝っておいてくれる?』
「えぇ!?」
『それと、この間は、噛み付いたりしてごめん。好きだよ、みやちゃん』
「おい、何ついでみたいに告白してるんだ。馬鹿なこと言ってないで、戻ってこい、タツヤ」
『いやだよ。僕は帰らない。二人とも、元気でね! じゃぁまたね~!』
「達也!? 達也!」
私達は何度も秘宝に呼びかけたけれど、秘宝はそれっきり、反応がなくなってしまった。
「あいつ、いつも通りだったな」
「一応無事……みたいですね」
薄黒いだけの玉に戻ってしまった秘宝を眺めながら、私達は、「ふぅ」と、ため息をついた。
すっかり浄化され、いつもの調子を取り戻した宮子。青薔薇の歌姫と呼ばれることにまだ少し引け目を感じていましたが、ターク様に青いドレスを買ってもらい、元気が出てきます。
そんな中、秘宝を通して連絡してきた達也は、ずいぶんノーラと仲がよさそうな様子でした。
今回で17章は終わりです。次話から第十八章「新たな大願」をお送りします。
次回、第十八章第一話 眩しい時間。~出先で後悔しない為に~をお楽しみに!




