12 雷の精霊カーラム。~お前、精霊狩りなんだでい!~
場所:フィルマンの屋敷
語り:小鳥遊宮子
*************
「ふあぁ。すごくよく寝た。こんなに寝たのは初めてだ」
「びっくりです。少し寝過ぎましたね」
「やっぱり、ミヤコがいると良く眠れるな」
巨人サイズの大きな大きな窓から、明るい朝の光がベッドルームに差し込んでいる。
私のとなりで目覚めたターク様は、気持ちよさそうに欠伸をすると、ニコニコと私に微笑みかけた。
――朝からなんて可愛いの。大好き過ぎる。
昨日、闇に浮かされて口走った身勝手な願いを、ターク様に聞き入れてもらった私。
ターク様にこんな無理なお願いをしてしまったことが、本当に良かったのか、それは分からない。
だけど、自分の気持ちを彼に伝えられたことは、私にとって、大きな一歩に思えた。
この先、ターク様の不死身が治っても治らなくても、私は命の限り、彼の傍にいたい。
そんな気持ちでいっぱいだった私だけれど、すっかり疲れが取れ、目付きがやさしくなったターク様を見ていると、どうしても、いなくなってしまった達也を、思い出さずにはいられなかった。
――大丈夫かな、達也。心配だよ。
一昨日、明らかに妬いていたターク様の前で、どれだけ達也の心配をしていいのか分からない。
だけど、達也の無事が確認出来ないことには、完全にこの心が晴れることは無さそうだった。
知らないうちに、暗い顔をしてしまっていたのか、ターク様が心配そうに、私の顔をのぞき込んでいる。
「ミヤコ、辛いのか?」
「ごめんなさい、ターク様。どうしても、達也が心配で……」
「どうして、謝るんだ……? タツヤの心配なら、私もしている。気にすることはない。お前の浄化が終わったら、一緒に探そう」
「ターク様……ありがとうございます」
ターク様と一緒に、しっかり眠った私だけれど、この身体からは、まだ闇があふれていた。私が受けた闇は、思った以上に深かったようだ。
「急ぐことはないと思っていたが、早く浄化を終わらせた方がよさそうだな。精霊達の力を借りられるといいんだが」
「精霊達の?」
「あぁ。散歩ついでに、モルン山に登ってみるか? 山を降りる時、ウロウロしている精霊を見かけたんだ。近くに精霊の集会所があるのかも知れない」
「わぁ、行ってみたいです」
「ノーラの居場所も、聞けるかも知れないぞ」
「は、はい!」
△
精霊の秘宝を腰にぶらさげ、黒いローブに身を包んだ私は、ターク様に手を引かれ、モルン山に入った。
魔物がウロウロしているけれど、ターク様が強すぎるので、少しも怖くなかった。
「ターク様、かっこいいです!」
「ふふん。私は不死身の大剣士だからな。だが、木が多くて狭いから、大剣で戦うのに向く場所ではないな」
うっかり山の木を切り倒してしまうことを、気にかけている様子のターク様。
「じゃぁ、私がお豆で足止めします!」
「おぉ、いいな。やってみろ」
少しでもターク様の役に立ちたいと、張り切って歌いはじめた私。やっぱり、自分の体は、喉の調子が最高だ。
「なんだか 辛く 苦しくて♪
叫び出したい そんな時
この胸に 小さな種を蒔いた~
大きな夢に なりますようにと~♪」
――あ、この歌、心に響き過ぎる。
気分が次第に盛り上がって、涙がどんどんあふれてくる。私の周りで、豆が、育つ、育つ!
「お、おい、ミヤコ?」
ターク様の慌てる声が聞こえて、涙に霞んだ目をローブで拭うと、立ち並ぶ木々の隙間が、豆のツルで埋まり、そこに何匹かの魔物達と一緒に、黄色く光る精霊が引っかかっていた。
「し、白いごはん、秋刀魚、肉じゃが、お味噌汁!」
「な、なんだ? その呪文」
ターク様に不思議そうな顔をされながらも、頭の中を食べたい食べ物で塗り変えると、無事に豆の成長が止まった。
「でいでーい! 何するんでい! びっくりしたでい! 豆女!」
ガァガァと鳴くアヒルのような声で、お豆に引っかかった精霊が怒っている。
黄色い光はターク様のような粒子ではなく、細かい稲光のようだ。髪や眉は黄色く逆立ち、鼻は鳥のくちばしのように尖っていた。
しっかりした顔の割に体のサイズが小さく、小人のように見えるその精霊は、今まであまり見たことがなかった、男性の精霊のようだ。
彼はツルの中から私の姿をジロジロと見ると、自分の頭をポカッと殴りながら言った。
「でいでーい! 闇の気配がすると思ってきてみたら、ただの闇堕ち魔道士だでい! がっかりだでい!」
「ごめんなさい、もしかしてあなた、雷の精霊さんですか?」
「でいでーい! そうでーい! オラっちは雷の精霊カーラムだでい!」
カーラムさんはそう言うと、バチバチと電撃で豆のツルを焼き払い、抜け出してきた。昨日、フィルマンさんが言っていたのは、この、カーラムさんのことだったのだろうか。
なんだかとても賑やかで、癖が強い精霊さんだ。彼は私の闇の気配を感じ取り、様子を見にきたらしい。
「ずいぶん小さいな」
ターク様が口を開くと、カーラムさんは自分の頭をポカポカなぐりながら、慌てたように跳ね回った。
「でいでいでい! お前、光の精霊の力をどうやって手に入れたんだでい! さてはお前、精霊狩りなんだでい!」
「ち、違います! ターク様は、シュベールさんから愛されて、力を授かっただけです!」
「でーい! なら、シュベールはどうしたんだでい!」
「シュベールならもう、力を取り戻して、今はアーシラの森を守っているぞ」
それを聞いたカーラムさんは、バチバチと電撃を身にまといながらも、少し静かになって首を傾げた。
「でい?……もしかして、シュベールは、持て余した力を、お前に投げ出したのか? でい?」
「え、そう……なのか……?」
「でい……」
カーラムさんの発言に、ターク様が少なからずショックを受けている。
それを見たカーラムさんまで、さらに静かになってしまい、なんだか、微妙な空気が流れた。
浄化を手伝ってくれる精霊を探すためモルン山に戻った二人は、雷の精霊カーラムに出会いました。ずいぶんにぎやかな精霊です。
シュベールが持て余した力を投げ出した、という彼の発言に、ターク様は少しショックを受けたようです。
次回、第十七章第十三話 春の歌。~お客様は大切に!~をお楽しみに!




