11 こぼれ落ちる想い。~本当に贅沢だな~
場所:フィルマンの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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大きなソファに転がっていたターク様は、私をひょいっと持ちあげると、自分の上に乗せてしまった。
癒しの光に包まれた私は、浄化を拒む闇の抵抗を、全身に感じていた。
――あぁ、眩しくて気分が悪い。なんだろうこの嫌な気持ち。見たくなかった自分のダメなところが、どんどん浮き彫りになっていくみたいな……。
――こんな状態で、ターク様に愛されていいのかな。
光と闇がせめぎ合う胸のうち、溜め込まれていた弱った気持ちが、どうしようもなく渦巻いている。私の口は制御を失い、普段は口に出さないはずの弱音が、ポロポロとこぼれ出してきた。
「私、ろくな魔法が使えなくなってしまいました。もう、ターク様のお役にたてません。ご恩も返せません」
急にクヨクヨし始めた私を、ターク様は不思議そうな顔で見ている。
「ふむ。恩返しはもう、十分やっただろ。まだ不満なのか?」
「だって、もう、魔力の回復もできないんです。青薔薇の歌姫も廃業です」
「魔力なんかなくても、お前はいまもこれからも、青薔薇の歌姫だよ」
「ターク様ったら、どうしてそんなに優しいんですか? 私、ひどいことばかりしてるのに……!」
すっかり感情が迷子になってしまい、自分でもどうしたいのかわからない。ターク様はなにも悪くないのに、なぜだか声が震えてしまう。
「うーん……。私はいつも、お前に救われているからな……」
ターク様は穏やかな声でそう言って、またそっと私の髪を撫でる。
胸元に引き寄せられ、彼の胸に耳を当てていると、彼の鼓動が、トクトクと響いているのが聞こえた。とても落ち着いた、やさしい鼓動だ。
「そんなはずありません。私がいつ、ターク様を救ったんですか?」
私がそう尋ねると、ターク様はむくっと起き上がり、セヒマラ雪山を登った時の話をしてくれた。
私が詰め込んだ荷物が、思った以上に役に立ったのだと言う。
「まったくお前は、最高だよ」
疲れた顔で「ふふ」と微笑むターク様。だけどそんな言葉も、彼の底なしの、やさしさのせいかもしれない。
「でも、私、達也のために願いました……。ターク様を殺したくなると、わかっていたのに……」
「あの状況だ、秘宝に頼りたくなるのも仕方ない。それに私は、お前に愛されているのがわかって、嬉しいくらいだ」
「そうなんですか?」
「私は不死身だからな。好きなだけ噛み付けばいい」
――本当に、この人は……!
今朝の失態を思い出し、顔を真っ赤にした私を見て、ターク様は久しぶりに、ニヤッと口元をゆがめた。
――そうやって、何でも受け入れてしまうあなただから、負担をかけたくなかったんです……!
ますます情けない気分になって、口をすぼめた私の耳元で、ターク様の甘えるような声が響く。
「なぁミヤコ。まだ昼だがベッドへ行こう。今度こそ、お前と一緒に眠りたい」
「わ、わかりました!」
△
真昼の明るい日差しのなか、目が覚めるように赤い、派手なベッドに横になった私たち。どうしてこの世界の人たちは、派手なベッドを好むのだろう。
ひどい寝不足のはずだけれど、ターク様は目をうとうとさせながらも、いつまでも私を見詰めている。
「ターク様、目を閉じないと眠れませんよ?」
「あぁ。だがもう少しだけ、お前を眺めていたい。やっぱり、ミヤコは落ち着くな」
「え? 私、まだ、かなり闇の中ですけど……。落ち着くんですか……?」
「光を消してくれるからな。寝たいときにはちょうどいい」
ターク様はそう言うと、また幸せそうに「ふふ」、と笑った。
その春の木漏れ日のような眼差しは、私の中のぐちゃぐちゃした気持ちごと、全て包み込んでしまいそうだった。
そんな彼の前で、私はほの暗い闇に心を浸し、自分勝手な願望に、縋るように胸を昂らせている。
――ターク様はやっぱり、眩しすぎる……。
目を細めた私を見て、「闇に堕ちていても、ミヤコはあまり変わらないな」と、のんきなことを言うターク様。
あんなに噛みついても、私の心の醜さは、少しも彼に伝わっていないらしい。
「そんなことありません。私、闇に堕ちて、またすごく、贅沢になってしまいました」
「お前が贅沢に? めずらしいな。欲しいものでもあるのか?」
「私、ターク様と同じ、不死身の身体が欲しいです。ずっとずっと、生きていられる身体が……」
私の願いを聞いたターク様は、思い切り眉根を寄せ、不愉快そうな顔をした。
「バカ言うな。お前を不死身なんかにはさせない」
真っ直ぐに私を見据えた黒い瞳に、戸惑いと否定の色が、はっきりと映し出されている。
自分のことなら「どっちでもいい」なんて言ってしまうターク様だけれど、私が不死身になるのは、全く許容できないようだ。
「だけど私、ターク様の傍で、あなたと同じ時を生きたいんです。長生きがダメなら、ターク様、私と一緒に死んでください」
彼に否定されると、今度はそんな、どうしようもない言葉が口から飛び出してきた。
闇に堕ちた私には、自制心というものが、まるで存在しないようだ。
ターク様は、おどろいたように目を見開いてしまった。
「本当に贅沢だな。私のこの、永遠の命をお前に差し出せと?」
――今度こそ、嫌われたかな?
そう思いながらも、「……ダメですか?」と、ターク様の瞳を物欲しげに見あげた私を見て、彼は「こほん」と咳払いした。
「いや……かまわない。お前が望むなら、私の命は全部、お前にやるよ」
「ほ、本当ですか?」
「約束する。この力を手放せる時が来たら、私は迷わず、その機会をつかむ……。だから、そのときは……」
ターク様は急にまじめな顔をして、言葉を探すように押し黙った。「その、ときは……?」と、催促すると、ターク様の喉が、ゴクリと音を立てた。
「そのときは……僕と、結婚してください……」
――敬語!?
照れて赤くなった顔をポリポリとかいたターク様。
「命をやるよ」と言われては、断るなんてとてもできない。
「は、はい! もちろんです!」
思わず大きな声で返事をすると、疲れた顔を嬉しそうに緩めて、ターク様は私を抱きしめた。
「やった……」という彼の小さな声が、耳に聞こえてくる。
――まさか、こんな自分勝手な願いをターク様が聞き入れてくれるなんて……!
――我儘って、言ってみるもんだわ!
ターク様の不死身が本当に治るのか、それはわからないけれど、本人にその気があるのとないのとでは、天と地ほどの差があるように思える。
ホッとした私の瞳から、ぽろぽろと涙があふれ落ちてきた。自分で思っていた以上に、私は不安でいっぱいだったみたいだ。
自分の醜い感情を、全部闇のせいにしつつも、出てきた言葉は全て、自分で自分の奥に押し込んでいた、本当の気持ちだった。
普通の状態の私なら、絶対に口に出せなかっただろう。闇というのは、自分に優しく、都合のいいものらしい。
私が感慨にふけっていると、ターク様は、私の肩に顔を埋めたまま、小さな声でつぶやいた。
「やっぱり……二十六まではとても待てない……」
「二十六……?」
「いや、なんでもない」
しばらく泣いたあと、私はターク様の腕のなかでぐうぐうと眠った。彼より先に眠ってしまったらしく、彼がいつ眠ったのか、私にはわからなかった。
だけど、こんな闇堕ち状態にも関わらず、何だかすごく安心して、本当に心地よかった。
そして、次に目が覚めたときにはなんと、次の朝が来ていた。
ターク様が心配です!をここまでお読みくださり、ありがとうございます!
今回で、本作は二百話を迎えました。
記念すべき話数に、ターク様のプロポーズがようやく成功し、嬉しく思っております。
本作は二十一章まであります。この二人がしっかり幸せになるまで、もうしばらくお付き合いください。
次回、第十七章第十二話 雷の精霊カーラム。~お前、精霊狩りなんだでい!~をお楽しみに!




