08 達也との思い出3~幼馴染は避けきれない~
場所:日本
語り:小鳥遊宮子
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暇な私は、今日も窓際で達也との思い出にふけっていた。
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高校生になった私と達也は、前より少し距離があいていた。
達也は相変わらずなにかと誘いにくるのだけれど、私はいろいろと理由をつけて、それを避けて回っていたのだ。
――達也は勉強も運動も得意だし、女子にもモテモテなのに、どうしていつまでも私にかまってくるのかな。
彼はいまや、学校で一番のモテ男子だ。一方、私はというと、中学の一件以来、達也ファンの女子たちに、すっかり目をつけられてしまっていた。
と言っても、いじめだなんて騒ぐほど、大したことはされていない。だけどちょっと、ほんのちょっとした嫌がらせを、しばしば受けるようになってしまった。
そんな私のいまのモットーは、とにかく地味に、目立たないこと。中高一貫校のため、高校に入っても状況は変わらず、私は地味さに磨きをかけていた。
それでも、達也のほうからかまってくるのでは、どうしても目立ちすぎて、女子たちの視線が痛い。
できるだけ達也との接触を避けようとする私。だけど、私がどんなに素っ気ない態度を取っていても、達也は相変わらず、私に会いに来た。
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その日も、コーラス部の練習を終えると、音楽室の前で、達也が待ちかまえていた。
「みやちゃん、今度の林間学校のハイキングコースは、すこやかコースにしない? 僕、この途中にある小池を見てみたいんだよね。ワクワクコースより、初心者向けで歩きやすいみたいだよ」
来週行われる林間学校のハイキングコースは、ふたつから、好きなほうを選べるようになっていた。
ひとつは蓮の華が咲くきれいなお池を眺めながら、のんびり山の空気を楽しめる『すこやかコース』。もうひとつは、しっかりした起伏のある山道をひたすら歩く、体力勝負の『ワクワクコース』だ。
――達也は生きものが好きだから、お池の鯉が見たいのかな。
――それとも、体力のない私に気を遣ってくれてるのかな。
通常なら私だって、ここは迷わず、『すこやかコース』を選ぶところだ。
『ワクワクコース』だなんて言われても、なにがワクワクなのかさっぱりわからない。
だけど私は、咄嗟に嘘をついて、達也を遠ざけようとした。
「ごめん。ワクワクコースにしようって友達と約束しちゃったから」
私のそんな様子に気づいたのか、気づかないのか、達也はいつものフワフワした調子を崩さなかった。
「あ、そうなんだ。じゃあ、僕もワクワクコースにしよう」
私にあわせてすぐに意見を変えてしまう達也に、私は少しイライラした。達也はいつだって、ちょっとやさしすぎる。
――私にかまってないで、たまには好きにすればいいのに。
そう思った私は、顔をしかめて達也を見あげた。
「達也はすこやかコースに行けばいいじゃない。私にあわせなくていいよ」
「えっ、でも、僕は、みやちゃんと一緒がいいんだけど……」
少しはっきり断ると、達也は悲しそうに肩を落とし、しょんぼりしてしまう。こんなにわかりやすくがっかりされると、どうにも断りにくい。
でも、同じコースを選んだところで、どうせ達也の周りは、女子でいっぱいだ。二人で並んで歩くなんて、最初から無理な話なのだ。
「達也と一緒に回りたい女子がいっぱいいるでしょ?」
そっけない態度でそう言うと、さっきまでフワフワしていた達也が珍しく、怒ったように私の腕をつかんだ。
「だから、僕はみやちゃんと回りたいんだってば」
「私は、達也と回りたくないの!」
「まってよ。みやちゃん……!」
私は達也の腕を振りほどくと、逃げるように家に帰った。
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翌朝、達也は私と目があっても、悲しそうな顔をしただけで、なにも言わなかった。
――これでいい。これで嫌がらせもなくなるし、達也はモテるからきっとすぐ立ちなおるはず。
自分にそう言い聞かせたけれど、今朝の達也の寂しそうな顔が、なかなか頭からはなれない。
あんなに素直に、私と一緒がいいと言ってくれる彼を邪険にするのは、本当に心が痛かった。
あのときは、達也の好きにすればいいと思ったけれど、やっぱり、可哀想なことをしてしまったかもしれない。
そんな矢先、私はまた達也ファンの女子たちに囲まれ、人気のない校舎裏に連れ出されてしまった。
「達也がさぁ、林間で回るコース教えてくれないんだけど。小鳥遊さん、達也に口止めでもしたわけ? 彼女でもないくせに、そういう抜け駆け汚いと思うんだけど?」
彼女たちは、達也にコースを教えてもらえないのを、私のせいだと思っているようだった。
――達也、いったいどういうつもりなのかな。
だれにでもフワフワやさしい達也が、コースを聞かれて答えないなんて、普段ならあり得ないことだ。彼はまだ、昨日のことで落ち込んでいるのかもしれない。
達也の悲しそうな顔を思い出して、私はまた胸が苦しくなった。
とにかく、こんなふうに責め立てられても、達也が結局どちらのコースにしたのか、私は知らない。知っていたとしても、本人が言わないものを勝手に教えるわけにもいかない。
「私は知らないよ」と、答えると、「嘘つき!」「卑怯者!」「地味女!」と、女子たちは口々に私を罵って、足元の砂を拾い集めては投げつけてきた。
「もう、やめてよ! 知らないってば!」
口のなかに砂が入ってジャリジャリする。私はその場にしゃがみ込んで腕で顔を覆った。
「ふふふ、いい気味!」
乾いた砂をかけられながら、私は考えていた。達也のファン達の嫌がらせなんて、いつもこんな程度だったと。
砂を払えばなかったことになってしまう程度。人に言うほどでもないくらいで、我慢すれば耐えられる程度。
――こんなくらいのことなら、ずっと我慢しててもよかったのにな。あんな態度をとって、達也を傷付けるんじゃなかった。
抱えた膝に涙が次々にこぼれて、流れた跡が砂埃で黒い筋になったとき、達也の声が校舎裏に響きわたった。
「みやちゃんに、なにしてるんだ!」
驚いて思わずあげた私の顔に、投げられた砂が直撃した。きっとこのときの私の顔は、涙に砂がくっついて、散々だったと思う。
私を囲んでいた女子たちは達也の姿を見るなり、一目散に逃げていった。
「みやちゃん、大丈夫?」
ゲホゴホと咽せる私に、達也は大急ぎで駆け寄ってきた。私を心配して探しまわっていたのか、ずいぶん息があがっている。
達也は私についた砂を懸命に払いながら、泣きそうな顔で何度も謝った。
「もしかして、いつもこんな目に遭ってたの? 気付かなくて本当にごめん!」
「平気だよ。私こそ、冷たくしてごめんね」
私の言葉を聞いた達也は、本格的にウルウルと瞳に涙を溜めはじめた。
その顔が、額がくっつくほどに近づいてきたかと思うと、甘えるような囁き声が耳をくすぐる。
「みやちゃん、僕はずっと、きみだけが好きだよ。きみに避けられるのは、もう耐えられない。ねぇ、みやちゃん、お願い、僕の彼女になって……!」
小さいころはいつも、私を見あげておねだりしていた達也の顔が、いまは見あげるほど上にある。
可愛い子犬と言うには、あまりに大きくなりすぎだ。だけど、彼に甘えた声を出されると、ついつい「いいよ」と、応えてしまいそうになる。
しかも、いくら見慣れているとはいえ、この幼なじみは、超がつくイケメンだ。熱い眼差しで、こんな至近距離から見詰められると、思わず顔も熱くなってしまう。
戸惑う私に、ますます甘い声を出して、「ねぇ、みやちゃん……」と迫る達也。
だけど私は、結局達也をおしはなした。
「ちょっと!? 冗談だよね……? とりあえず、はなれてっ?」
――いくら、幼なじみに避けられて寂しかったからって、血迷いすぎだよ?
いまや学校で一番モテる達也と、ひたすら地味な私が、付きあうなんて、そんなの、つりあいが取れるわけがない。
それに私には、つりあうかどうか以前に、もうひとつ重大な問題があった。
達也と、恋人になるなんて、全然ピンとこなかったのだ。だって、彼とは小さいころからずっと、家族みたいに、べったり一緒にすごしてきたのだから。
「私たち、幼なじみじゃない」
私に突きはなされた達也は、納得いかないという顔をした。
「どうして!? みやちゃん、僕は真剣だけど!?」
「だから……達也は大切な幼なじみだもん。そんなの、考えたことないよ……」
「えぇ、そんなぁ……」
また、あからさまにガッカリする達也。
――達也ったら、急になにを言い出すの?
「僕が大切なら、いまからすぐ考えて……!」
「そ、そんな急には……」
激しく戸惑う私に、達也が詰め寄ってくる。
――今日は本当に、どうしちゃったの?
――いつもなら、すぐ引きさがってくれるのに。
いつもフワフワしているはずの達也に、勢いよく迫られた私は、そのまま下を向いて黙り込んでしまった。そんな私を見ても、達也は珍しく、折れようとしない。
「わかった、返事はまだいいよ。でも、ちゃんと考えてね? 僕、林間学校は絶対みやちゃんと回りたいから。ほかの女の子たちはみんな断ったから!」
――あー、それで、あの子達があんなに怒ってたのか……。林間学校、不安しかないよ。
――達也、ごくたまに、ちょっと強引なときがあるよね……。
私は困りながらも、「考えてみる」とだけ、返事をした。




