10 我儘な願い。~優しくされると辛いです~
場所:フィルマンの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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――百年変わらず、ターク様と一緒に居られるなら、私も白の大精霊に会ってみたいな!
この世界の人達とも、日本に住む人達とも、全く違う時間を生きる。
そんな、簡単には考えられないような、突拍子もない願いが、突然自分の中に巻き起こった。
願いは願いであるけれども、真剣に考えようとすると、やっぱり頭がクラクラする。
――ターク様はいつも、こんな気持ちなのかな?
私がそんなことを考えていると、ターク様が、思い出したように顔を上げた。
「そう言えば、火の精霊ファトムが言ってました。白の大精霊が、力を投げ出したとかって……」
「そうらしいのぉ」
――えー! 投げ出しちゃったの? 残念!
白の大精霊に会えたからと言って、そんなすごい力をぽんぽんもらえるわけもないけれど、勝手に色々妄想し、期待した私は、無駄にガッカリしてしまった。
闇に堕ちた私には、分別というものがないらしい。
「フィルマン様は、誰からその話を聞いたんですか?」
「うーん。あれはもう十何年も前の話だがの。たまたま出会ったモルン山の精霊が、そんなようなことを言っておった。受け取った力が強大すぎて大変だ~とかなんとかの」
「ファトムもそんなことを言ってましたね」
「そのせいか、この辺りは、よく雷がおちるんじゃ」
フィルマンさんの話を聞いて、ふーむと考えこんだターク様。白の大精霊は、自分の持っていた全属性の力を、方々の精霊達に投げ渡してしまったらしい。
身に余る力というのは、本当に扱いに困るものだ。
緑のあご髭をいじりながら、色々な話を聞かせてくれたフィルマンさんは、もう昼も近づいてきたという頃、すっかり満足した様子で、よいしょと立ち上がった。
身長が三メートルもあるフィルマンさんが、室内で立ち上がると、いくら部屋が大きいと言っても、それはもうすごい迫力だ。
お付きの人たちも慌てたように距離をとり、私はターク様に抱えられて後ろに下がった。
「さて、ガルベルに頼まれた用事をすまそうかの。しかし、あのゼーニジリアスが、ニジルド殿下だったなんてのぅ。殿下が小さい頃何度か会ったが、さっぱり気がつかんかったのぉ」
「僕もニジルド殿下の話は聞いてましたが、まさかでした」
「気が小さくて、物陰から出てこんようなやつじゃったでの。納得と言えば納得じゃ。しかし、流石にこっちで勝手に処罰して済む問題でもないのぉ」
「ノーデス王がどういうおつもりなのか、確認する必要がありますね」
「ノーデス王はベルガノンに友好的で、気のいい王じゃ。わしは何度も会食したことがあるがの。弟君の暴走には、気付いておらん可能性が高いじゃろうな」
「そうなんですかね」
「まぁ、この件はわしらに任せて、お前たちはここでゆっくりしておれ。まだまだミヤコと話したいでの。勝手に帰るんじゃないぞ」
フィルマンさんはそう言うと、ズシンズシンと部屋を揺らして出ていった。
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「また目が覚めてしまったな」
ターク様は客室に戻ると、大きなソファーに寝そべり、肘掛けに頭を乗せた。彼がこんなダラっとした姿勢を取るのは、疲れている時でも珍しい。自分の周りに飛び交う光が眩しいのか、払うように手を振っている。
「大丈夫ですか? ターク様」
「お前こそ、平気なのか?」
「私は、秘宝があれば平気みたいです」
そう答えたものの、実のところ私は、まだまだ闇に侵されていた。
昨晩に比べれば、かなり浄化されてはいるけれど、腰にぶら下げた精霊の秘宝が、私から出る闇のモヤを、シュウシュウと吸い込んでいるのを感じる。
だけど秘宝は、あくまでも外に出たモヤを吸っているだけに思える。
根本からこれを治すには、もう少し、ターク様の治療が必要なようだった。
「危うくお前を治す前に、連れて行かれてしまうところだった」
「ごめんなさい。ガルベルさんに無理ばかり言われるの、私のせいですよね」
「いや、あの人は元々あんな感じだ。お前が気にすることじゃない」
「だけど……」
「いいから、こっちへきて」
ターク様はそう言うと、私の手を引き、ヒョイっと自分の上に乗せてしまった。
体がピッタリくっついて、癒しの光に包まれる。
彼の金色に光る長い指が、私の髪をなでていた。
――迷惑しかかけてないはずなのに、ターク様はどうして、変わらないんだろう。
――もう御恩も返しきれないし、我儘な望みばかり膨れ上がるし、どうしていいか分からない。
――ターク様がやさしすぎて、つらいわ……。
彼にやさしく触れられるたび、モヤモヤしてしまう私の心。
彼がお休みで、傍にいてくれるのが嬉しいのに、どうしても素直に笑顔が作れなかった。
白の大精霊が既に力を失っていることを知り、ショックを受ける宮子。闇に堕ちた彼女には、「ああしたい、こうしたい」と、とりとめのない願望が沸き起こってくるようです。
次回、第十七章第十一話 こぼれ落ちる想い。~本当に贅沢だな~をお楽しみに!




