09 フィルマンさんの武勇伝。~話半分に聞けよ~
場所:フィルマンの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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「がっはっは! ターク、もっとしっかりたべれ!」
ガルベルさん達が飛び去った後、私とターク様はそのまま、フィルマンさんが用意してくれた食事をいただいていた。
あれからもう、三時間は経つだろうか。ターク様は、すっかり表情を無くした顔で、ずっときのこをもぐもぐしている。
早く眠らせてあげたいけれど、フィルマンさんは、胃袋に底がないらしい。お付きの人たちがせっせと運んでくる料理を、次々に平らげながらずっと楽しそうに話しをしていた。
ターク様はもう、それを遮る元気もないようだ。
だけど、フィルマンさんのお話は、やっぱりとても興味深かった。
ターク様の子供の頃の話はもちろん、この国の歴史や、煌びやかな貴族達の話、森の不思議な植物の話に、イーヴさんの恋愛遍歴まで、他では聞けないような話ばかりだ。
眠いのも忘れ、懸命に話に聞き入っては、大きめの相槌を打つ私を、フィルマンさんはとても気に入ってくれているようだった。
「わぁ?! そんなにすごかったんですか?」
「そうじゃよ? わし、一人で半分はやっつけたんじゃないかのぉ」
フィルマンさんが今話してくれているのは、三十三年前、東の帝国オトラーが、ベルガノンに攻め入ってきた時、それを阻止し、敵軍を壊滅させたと言う、彼の武勇伝だ。
銀色の大剣を振り回して戦った彼は、実は私と同じ、土属性の魔法を使うらしい。
ポルールで戦う彼を見た時、ズシーン、ズシーンと大地が大きく揺れているように感じたのは、土属性魔法が発動していたようだ。
「わぁ、フィルマンさんって、地震が起こせるんですか?」
「そうじゃよ。わしの地震魔法グランアースはのぉ、本気を出せば半径千メートルは誰も立っておれんわ!」
「千メートル!?」
「それに、でっかい岩も投げ飛ばせるでのぉ、あの時はそれで、敵の基地をぶっ壊してやったんじゃ。まぁ、大体重さ千トンの岩を千個は落としてやったのぉ」
「千トン!? すごいです! フィルマンさん!」
「がっはっは! わしの手にかかれば、オトラーなんぞ、虫ケラ同然じゃ!」
大きな口を開け、フィルマンさんが豪快に笑うと、耳に手で蓋をしたくなるくらいの大音量だ。
六十歳をすぎてもこれだけのパワーがあるのだから、きっと若い頃は、もっとすごかったに違いない。
私がものすごく感心していると、ターク様が耳元で「話半分に聞けよ」と囁いた。どうやらフィルマンさんの話には、少なからず、誇張があるようだ。
それでも、楽しそうに話すフィルマンさんを見ていると、聞いている私も、一緒に冒険しているみたいにワクワクした。
「そう言えばオトラーでは、ガルベルさんも、すごく活躍されたんですよね?」
歴史の本で、オトラーでのガルベルさんの活躍を知っていた私。ほんの数日とは言え、彼女の弟子になった今、彼女の輝かしい功績は、なんだか少し誇らしく感じた。
「あーそうじゃの。あの頃のガルベルは闇魔法しか使えんかったが、千人の弟子を連れておっての。なかなかに恐ろしかったのぉ」
「わぁ、若いうちから、そんなにお弟子さんがいたんですね。びっくりです。だけどガルベルさんって、どうして急に、全属性の魔法が使えるようになったんですか?」
「あれはなぁ。全属性の力を持つ、白の大精霊エディアの祝福じゃよ。ガルベルは訪ねてきたエディアに願いを聞かれて、美貌をねだったんじゃ。そしたらの、百年若さを保てるだけの、祝福をくれたんじゃと」
フィルマンさんが言うには、ガルベルさんはオトラーとの戦いの後、全属性の力を持った精霊に出会い、祝福と呼ばれる力をもらったらしい。
大精霊に祝福をもらうと、自分を愛していない微精霊達でも、大精霊の権限で従わせることができると言う。
百年分もらったという祝福を消費すれば、強大な魔法を発動できるというガルベルさん。だけど、美貌をできるだけ長く維持したい彼女は、強い魔法を使いたがらず、その力を温存しているらしい。
「あ、これナイショじゃった。しまったしまった」
フィルマンさんはひとしきり喋った後、そんなことを言いながら口を手で押さえた。
「こわいこわい。余計なことを言うと殺されるわい。あやつが祝福を使うと、尋常じゃないでの」
眉根を寄せて身震いするフィルマンさん。こんな大きな人が、ブルブル震えてしまうほど、本気を出したガルベルさんは怖いようだ。
そういえば、私がメルローズに降らせた電撃剣を防いでくれた彼女のシールドは、祝福の力によるものだったのかもしれない。
――ガルベルさん、温存していた大切な力を使って、メルローズの街を助けてくれたんですね。なんだかんだでやさしいわ。
――それにしても、なんだかすごいこと聞いちゃった……。
――百年変わらず、ターク様と一緒に居られるなら、私も白の大精霊に会ってみたいな!
もし、私に、ターク様と同じだけの寿命があれば……。ついついそんなことを考えた私。
果てしなく続く時間を思うと目眩がしそうだけれど、ターク様を置いて先に死んでしまうよりはずっといい、そんな気がした。
睡眠不足のまま、フィルマンさんの終わらない昔話に付き合わされる宮子とターク様。宮子は楽しいようですが、ターク様はそろそろ限界です。
ガルベルの秘密を知った宮子は、彼女に感謝するとともに、自分も今のまま長生き出来たらと願うのでした。
次回、第十七章第十話 我儘な願い。~優しくされると辛いです~をお楽しみに!




