08 不確かな伝説。~休みたいって言ってます!~
場所:フィルマンの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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「それで、いったい何があったの?」
ガルベルさんに質問され、私が覚えている限りの事情を説明すると、ファシリアさんはおどろいた顔をして言った。
「タツヤったら、随分大物に気に入られたのね」
ノーラを知っている様子のファシリアさん。ノーラはやはり、秘宝に呪いをかけて回っている、闇の大精霊のようだ。
「彼女、何のためにそんなことを? 達也をどうするつもりなんですか? いったい、達也を、どこへ連れて行ったんですか?」
私が矢継ぎ早に質問すると、ファシリアさんは「ふーむ」と首を傾げた。
「彼女は元々、すごくいい精霊だったんだけどね。ここのところ、なんだか様子がおかしいのよ」
そう言って、彼女が話しはじめたのは、三百年以上も昔の、とてもファンタジーな伝説だった。
それは、まだベルガノンが、アクレアさんの治める「水の国」だった頃の話だ。
「魔王がね、世界を荒らし回ってたのよ」
「え、魔王ですか!?」
突如現れた魔王の影響で、世界は魔物であふれ、長い間混沌としていた……という、彼女の前置きに、ポカンと口を開ける私。
「どうかした?」
「いえいえ!」
ちょっと呆気に取られてしまったけれど、ここは精霊や魔物が普通に居る異世界だ。
魔王が居てもおかしくないわと、気を取り直し、彼女の話に耳を傾ける。
水の国の北東に位置する火山地帯に魔王城を構え、君臨していたという魔王。
人間達が絶望する中、水の国の精霊達は、住み慣れた場所を守るため、必死に応戦していた。
ファシリアさんやシュベールさんも、他の精霊達と一緒に、懸命に戦ったようだ。
そんな中、火、水、氷、風、土、雷、光の、七属性の大精霊達が魔王を倒すため魔王城に向かった。
けれど、大精霊達はいつまでも戻らず、ますます勢いづいた魔王軍に精霊達も絶望しはじめた頃、最後に魔王城に向かったノーラが、ついに魔王を倒し、水の国を救ったという。
「ノーラが一人で魔王を?」
「そうよ。すごいでしょ」
――本当かしら? あんまり良い精霊には見えなかったけど。
達也を闇に堕とし、短剣を持たせたのはきっと彼女だ。しかも彼女は、達也を誘拐してしまった。
私が首を傾げていると、フィルマンさん、ガルベルさん、イーヴさんの三人が口々に話し始めた。
「わしは、先に着いて魔王を倒した大精霊達を、ノーラが惨殺して手柄を奪ったと聞いたんじゃがなぁ」
「私は、実はノーラが魔王だったって聞いたわよ?」
「私は、ノーラが魔王と恋仲だったと聞いたな。諸説ありすぎて何が本当か分からないような伝説だ。そもそも魔王なんて、本当にいたのか?」
ファシリアさんが語った話は、この世界の人達にはとてもあやふやに伝わっているようだ。
私達の反応を見て、ファシリアさんは、口を尖らせ渋い顔をした。
「人間はなんでも、すぐに忘れちゃうのよね。魔王は実在したし、ノーラは本当に、素敵な大精霊だったのよ。私達精霊が闇に堕ちたり、怒りに任せて厄災を起こさないよう、いつも静かに導いてくれていたわ」
「そんな立派な大精霊が、どうして呪いなんか?」
「さぁ、よく知らないけど、大事な人に裏切られて、おかしくなったって噂よ」
「大切な人って、また人間か……?」
眠そうな顔で話を聞いていたターク様が、眉を顰めて顔を上げた。
ファシリアさんはターク様の顔をチラリと見ると、分かりやすくツンッと顔を背けて言った。
「そうね。精霊は簡単に愛を裏切ったりしないもの。こんな事になるのは大体人間のせいよ」
「精霊狩りが拘っているのかもしれないな……」
ターク様は、とてもまじめな顔をして「うーむ」と、唸った。
セヒマラで闇を吐き出していた火の精霊ファトムも、精霊狩りに騙されていたのだと言う。
「タツヤを見つけるためにも、もう少し調べる必要がありそうね。とりあえず、捕まえた精霊狩りをもっとしぼり上げて、情報を吐かせなくちゃ。精霊達からも話を聞いた方がいいわね」
そう言って、すっくと立ち上がったガルベルさんが、「行くわよ」と言いながら、ターク様を引っ張った。
「あ、今からですか……?」
「当然でしょ。何度も迎えに来れないわよ」
ふらりとよろけながらも「はい」と立ち上がったターク様。本当にこのまま、また出かけてしまうのだろうか。達也はもちろん心配だけど、彼もかなり心配だ。
――ど、どうしよう。
私がオロオロしていると、イーヴさんがガルベルさんの反対側から、ターク様を引っ張りはじめた。
「ガルベル様、タークは置いて行ってください。いくらなんでもこき使いすぎです」
「なぁに? 私だって昨日から寝てないんですからね! 少しでも人手を増やさないといい加減老けちゃうわよ」
「だけど、タークはセヒマラ雪山から下山したばかりなんですよ。昨晩も寝ないでモルン山を彷徨ってたみたいじゃないですか。ミヤコ君の浄化も終わってないようですし、今度は絶対休ませます!」
「うるさいわねぇ。タッ君は行くって言ってるじゃないの。ねぇ、タッ君?」
師匠と恩人に、両側から引っ張られたターク様は、グラグラと揺らされながら、気分が悪そうにギュッと目を閉じた。
「休むんだ、ターク」
「来るわよね? タッ君」
「す、少しだけ、僕に、休みをください!」
目をつぶったまま、そう叫んだターク様。その言葉が意外すぎたのか、両脇にいた二人は、目を丸くして顔を見合わせた。
「ガ、ガルベル様、タークが……。タークが、休みたいって言ってます!」
瞳に涙を浮かべながら、震える声でそう言うイーヴさん。
「い、言ってるわね。これは、休ませないとダメみたいだわ」
「一日と言わず、十日は休ませましょう」
「そうじゃ、そうじゃ。わしはもっと、タークやミヤコと話がしたいんじゃ」
「そう、ね。じゃぁ、イーヴ、あなたの隊の兵士を数人アグスのところによこしてちょうだい。ネドゥ達もいったん研究室に連行してね」
「分かりました」
「フィルマン、あなたはクラスタルのノーデス王に謁見出来るよう、話を通しておいて」
「おう、わしに任せておけ」
「ミヤコ、悪いけど訓練はまた今度ね。あなたも体を休めなさい」
「は、はい!」
テキパキと指示をだすガルベルさん。ターク様が、自分から「休みたい」と言ったことが、よほどおどろきだったのか、不思議と少し嬉しそうだ。
「じゃぁ、ミレーヌが心配だし、一旦ポルールに戻るわ。後は私達にまかせて、タッ君は好きなだけ休むといいわ!」
「いえ、ミヤコの浄化が終わるまで、もう少しだけ休めれば、僕は……」
「いいから、ゆっくりしていろ。進展があったら連絡するから」
「……ありがとうございます」
少しおどろいた顔をしつつも、言われるまま休みを受け入れたターク様。
彼がこんな風にお休みをとるなんて、すごく珍しい。
――やっとゆっくり眠れますね! ターク様!
ガルベルさん達は、パクパクときのこ料理をたいらげると、すっくと立ち上がって、それぞれの持ち場へ飛んで行った。
ファシリアが三百年以上前に体験したという、魔王との戦いの話を聞かされる宮子。ノーラは水の国を救った偉大な精霊だと彼女は言うけれど、人間たちの間では不確かな伝説になっているようです。
そしてガルベルに連れて行かれそうになったターク様は、珍しくお休みを所望しました。彼は今度こそ、ゆっくり眠れるのでしょうか?
次回、第十七章第九話 フィルマンさんの武勇伝。~話半分に聞けよ~をお楽しみに!




