06 治療じゃない?~逃げないで頑張ります~
場所:フィルマンの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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フィルマンさんのお屋敷の、大きくて赤いベッドの上で、ターク様は私のとなりに横になると、しっかりと私の腕をつかんだ。
私の干からびた手を口元に運ぶと、「はぁ」と、ため息をつくように、金色に光る息を吐きかける。
「本当にもう、逃げるなよ?」
「すみませんでした。頑張ります」
「ミヤコ……会いたかった……」
「ターク様……」
こんな醜い姿になってしまった私を、セヒマラへ行く前と変わりなく、愛しそうに見つめるターク様。
その光は私の吐き出す闇に打ち消され、いつもより穏やかなはずだった。
だけど、闇の中から見ている私には、キラキラしたターク様の姿が、いつも以上に眩しく感じられる。
――どうして私、まだ嫌われてないのかな。
――何の役にも立たないし、迷惑しかかけてないのに。
――ターク様は面倒見がいいし、何か責任を感じてるのかも。
彼の気持ちを、真っ直ぐには信じられなくて、余計に申し訳ないし、ただただ胸が苦しい。
「口……あけて」
やさしい口調でそう言った彼の、少し不安そうな顔を見上げながら、私があーんと口を開けると、彼の疲れた顔が、真っ赤になった。
「素直だな……」
金色の光があふれるターク様の唇が、ちゃぷ……と音を立て、私の上唇を吸っている。
――ひゃふ……? これ、治療じゃない……。
――口を開けさせた意味とは!?
ドキドキしすぎて硬直していると、唇がだんだん下に降りてきた。彼に触れられている場所が、熱を持ったようにじんじんしている。
だけど、闇が身体から引き剥がされるように、吸い上げられるこの感覚は、まるで弱った心を丸裸にされるような、どうしようもなく、嫌な感じなのだった。
「タツヤに噛まれたのはここだけか?」
「そ、そうです」
「くそ……まだ跡が残ってるな……」
達也の残したキスの跡を掻き消すように、首筋にキスするターク様。
私の上に覆いかぶさって、試すようにやさしく吸い付いてくる。
「なんだ。私は跡がつけられないようだな……。すぐ消えてしまう」
なにやら悔しそうに、ぶつぶつとぼやいているターク様。
こんな思いをさせたのも申し訳なくて、胸がギュウギュウ締め付けられる。
このたまらない胸の痛みも、ターク様の浄化で消えるのだろうか。
私の口から、「く、くるし……」と声がもれると、ターク様は顔をあげ、腕で自分の口元を拭った。
「また、力が入りすぎたか?」
「そ、そうじゃなくて……。闇が、浄化を拒んでるんです」
「それは……我慢しろ」
「あの、ターク様、噛み付いていいですか?」
「は……?」
「お願いです」
「え……?」
真っ赤な顔で少し身を引いたターク様を見ると、私の自制心は、完全にどこかへ行ってしまった。
彼のバスローブの袖をまくり、上腕にがぶりと噛み付くと、ターク様の口から、「くっ」と、小さなうめき声がもれる。
――あぁ、脳がじんじんする……。
どんなに食いついても、傷ひとつつかないターク様の体に、ガジガジとかじり付く私。
ターク様は諦めたのか、「好きにしろ」と言わんばかりにじっとして、時々ビクッと身体を震わせた。
満足感と高揚感で、胸の痛みが消えていく。
私のかじり付きたい衝動が治ると、ターク様は「はぁ」と大きなため息をつきながら、私をギュッと抱きしめた。
「凶暴なリスに襲われた気分だった」
「ほ、本当にごめんなさい。ご馳走様でした」
「……浄化するぞ」
金色の光のもれだす唇を、今度はしっかりと私の口に被せる彼。
癒しの光が束になって流れ込むと、カサカサと干からびていた体が、じわじわと回復していく。
私の肌の色が大体元に戻ると、ターク様は私の耳元にキスをした。
「ここの傷跡も一緒に消えたな。一体、なんの傷だったんだ?」
「あ、あれは……。おバカの勲章です」
「なんだ? それは」
「木登りしたら落ちたんです」
「お前が、木に……?」
不思議そうな顔で、首を傾げたターク様。「結構じゃじゃ馬なんだな」と囁いて、今度は耳にキスをした。
癒しの光が入り込んで、耳の中がくすぐったい。
「まだ途中だが、今日はもう寝よう」
「はい、おやすみなさい。ターク様、お疲れ様です」
彼はもう一度、私をしっかりと胸に抱き寄せ、すぐにくぅくぅと寝息を立てはじめた。
彼の首元に、三つのペンダントが光っている。
ターク様が自分でアクセサリーを付けるところなんて、今まで一度も見たことがない。
これはきっと、みんなの心配が形になったものだろう。
――そう言えば、レムスルドラは、大丈夫だったのかな。
――自分のことでいっぱいいっぱいで、ターク様の話、全然聞けなかったわ。
色々気になるけれど、今は私も、とにかく休みたい。
――眩しいけど、ねむい……。
カーテンの隙間から入り込んでくる光で、外がもう朝なのがわかる。
だけど、すっかり疲れた今なら、すごくよく眠れそうだった。
うとっとしかけたその瞬間、地鳴りのような大声と共に、ベッドルームのドアが開いた。
「ターク!ミヤコ??!朝じゃぞ?!」
ベッドの上で、達也に焼きもち全開のターク様。頑張って眩しい彼に耐えていた宮子ですが、少々自制心を失ってしまいました。闇に堕ちると、噛み付きたくなりますよね、きっと。浄化もほどほどに眠りについた二人に無情の朝がやってきます。
次回、第十七章第七話 無情の朝。~ターク様、起きられますか?~をお楽しみに!




