05 フィルマンガルト。~大きな街で休もう~
場所:フィルマンガルト
語り:小鳥遊宮子
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ターク様に抱えられ、モルン山を下った私、小鳥遊宮子は、通常の二倍の高さがありそうな、大きな城壁の前に居た。
外はまだ暗く、雨が上がった空には星が出ている。
「立てるか?」
こくんと頷いた私を地面に下ろし、バッグをゴソゴソと探ったターク様は、リンゴぐらいのサイズがある、大きなシェンガイトを取り出した。
「そのままじゃ街で目立つからな。これを持っていろ」
「え、これは、秘宝ですか?」
「あぁ。私の光を吸っているから、モヤを消してくれるはずだ」
金色に輝く秘宝を渡され、眩しさに目を細めた私。
ターク様は、そんな私の顔をのぞき込むと、「まだ私を殺したいか?」と、質問した。
「殺したいです……」
「よし」
恋人に殺意を抱かれていると言うのに、なんだか少し嬉しそうに、私の頭をなでるターク様。
さっきから私の頭には、『殺したい、殺したい』と、呪いの声が響いていた。
――私、ターク様を殺したい。
彼を殺したい理由なんて無いと思っていたけれど、私の胸には、その呪いが重くのしかかっていた。
――カミルさんの願いが、叶わない……。あれって、アグスさんの研究が失敗に終わるって意味だよね……?
達也が遺跡で言った言葉が、私の胸を締め付けている。
達也は私に、ターク様の不死身が治らないことを、暗に伝えようとしていたのだ。
それを察し、少なくないショックを受けた私は、いつからかそれを、切に望んでいたようだった。
――私がおばあさんになっても、ターク様は今のままなの?
――私が死んだ後、ターク様は寂しい思いをするの? それとも、私のことを忘れて、誰か他の人を愛するの?
――ターク様が永遠を生きるのは、やっぱり、嫌。私と一緒に、死んでほしい。
考えたくなかった嫌な想像が、私を闇の底に縛り付ける。
ほの暗い闇に心が沈むと、ターク様の放つ癒しの光が、なんだかとても不快に感じた。
――殺せないなら、逃げ出したい。
だけど、こういう風にぐちゃぐちゃと、悪い方へ考え、光を避けようとすること自体が、ノーラのかける、呪いなのかもしれない。
ターク様に浄化されて戻ってきた、ほんの少しの自制心で、私はぎりぎり自我を保っていた。
――いつもの私なら、こんな風には感じないはず。ノーラの呪いに、負けたく無い。
――だけど、どうしてだろう。闇に沈むのって、心地いい。
闇に抗いきれない私に、ターク様は黒いマントを被せ、醜くなった顔をフードで隠した。
△
少し嫌がる私の手を引いて、ターク様は城壁の門を潜った。
そこは、フィルマンさんが治めるという、巨人の街、フィルマンガルトだ。
――大きい……!
身も心もボロボロの私だけれど、この景色には、おどろかずにいられなかった。
もちろん、王都やポルールや、ウィーグミンだって、かなり異世界情緒にあふれていた。だけど、ここはまるで、次元が違う。
身長が三メートル近くあるフィルマンさんと同じ、巨人族が沢山暮らしているこの街は、何もかもが、とにかく大きいのだ。
かと言って、巨人しかいないという訳ではないらしく、大きな扉のとなりに、小さな扉があったり、大きなベンチの周りに、普通のベンチが並んでいたりする。
「面白い街だろ。体が治ったら、ゆっくり見て回るか」
ターク様が、やさしい声で話しかけてくれる。私は小さく頷きながら、彼の後ろをついて歩いた。
夜の街にいるターク様はよく目立つ。痛い視線を感じながら、私はフードを深く被った。
私達は、町の東の端で馬車を借り、フィルマンさんのお屋敷を目指した。彼のお屋敷は、街の真ん中にあるらしい。
山の上から街を見下ろした時、街の真ん中には、目を疑うほどに大きく、沢山の高い尖塔が突き出した、立派な城が建っていた。
――まさか、さっきのあれがフィルマンさんのお屋敷じゃないよね……。
フィルマンさんのことを、てっきり、普段は森に住んでいる、木こりのお爺ちゃんか何かだと思っていた私。
だけど、よく考えると、フィルマンさんは貴族だとサーラさんが言っていた気がする。
――それにしても、街もお城も立派過ぎない?
首を傾げながらも、馬車の窓にかかったカーテンを少し開き、外をのぞいてみると、街の広場の真ん中に、見上げるほど大きな、彼の石像が立っていた。
――うわぁ。ここにも立派な石像が。
エヘンと胸を張ったポーズで、爽やかに笑うその石像のフィルマンさんは、今より随分と若そうに見える。
ターク様が言うには、その石像は、三十年以上前に建てられたものらしい。
東の帝国オトラーとの戦争で、功績を残したフィルマンさんが、大剣士になった時の記念なんだそうだ。
おどろきに口を開けたまま、真っ直ぐ進む馬車に揺られていると、馬車は本当に、あの巨大なお城に入っていった。
「フィルマン様は公爵だからな。ベルガノンでは王族の次に位が高い。領土も広大だ」
おどろいた顔をしている私に、珍しく面倒がらず、色々と説明してくれるターク様。
「すごい……」
英雄で、あちこちに石像が立っているだけでも驚きだけれど、ターク様の周りの人たちには、毎度驚かされた。
△
大きな門から長いアプローチを抜け、私達が馬車を降りると、フィルマンさんのお屋敷の、執事らしき人が出迎えてくれた。
「ターク卿、ようこそいらっしゃいませ……そちらは……?」
「青薔薇の歌姫だ。こんな時間に悪いが、休ませてもらえるか?」
「もちろんでございます」
もう明け方も近い時間だと言うのに、丁寧に対応してくれた執事さんは、巨人ではなく、普通のサイズの人間だった。
とても品のいいやさしそうなお兄さんだ。
客室にお風呂や着替えも用意してもらい、酷かった体の泥汚れを落とした。
ようやく少しさっぱりしたけれど、体があちこち黒ずんで、所々ひび割れて痛かった。
「ミヤコ、フルーツはどうだ?」
バスルームから戻った私に、ターク様が後ろから抱きついてきた。彼もお風呂あがりなのか、ほかほかして石鹸の香りがする。
持たされていた秘宝のおかげなのか、ターク様を殺したい衝動は、随分治まっているように感じた。
だけど、身体に宿ったこの闇は、消されたくないと足搔いているようだった。
闇に浸された私に、ターク様の光は眩しすぎる。
ふるっと背中を震わせると、彼は私の首に顔をうずめ、「にげるな」と、囁いた。
――あぁ。この腕からはどうやったって逃げられない。
――呪いが、消されてしまう。
嬉しいような悲しいような、複雑な感情に身を任せていると、彼の癒しの指先が、私の口を探った。
「口あけて」
「あの、ターク様、私……」
「なんだ? タツヤが心配か? きっと無事だろうから、落ち着いたら探しに行こう」
彼の口調がやさしすぎて、申し訳なさにまた身がすくむ。
「私、また迷惑をかけてしまいました……ターク様もお疲れだったはずなのに」
「心配いらない。お前と一緒に眠れば、何もかも治るんだからな」
――治るのは、ターク様の方なんですか?
唇に何かを押し当てられ、素直に口を開けると、フルーツが口に入ってきた。
噛んでみると、甘酸っぱい果汁が、口の中いっぱいに広がっていく。
――スアの実かな? 美味しい。
「よし! もう朝だが、少し浄化してから寝よう」
ターク様は私を抱き上げると、奥のベッドルームへ移動した。
そこには、大きくて派手な赤いベッドが、ドーンと一つ置かれていた。
ターク様と一緒にフィルマンガルトにやってきた宮子。闇に沈んだ彼女にはターク様の光が不快なようですが、ターク様は逃がしてくれません。宮子をベッドルームへ連れ込んだターク様はちょっと嬉しそうです。
次回、第十七章第六話 治療じゃない? ~逃げないで頑張ります~をお楽しみに!




