04 待ちに待った再会。~嘘だって言ってくれ!~
場所:モルン山(精霊の遺跡)
語り:ターク・メルローズ
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――タツヤ……ひどい顔色だったな……。いったいどこへ連れて行かれた? 大丈夫なのか?
タツヤが消えた場所に残っていた黒いモヤを、私、ターク・メルローズは、呆然として眺めていた。
精霊が人間を誘拐するなんて、今まで一度も聞いたことがない。
追いかけて助けようにも、二人は突然消えてしまった。このままではあまりにも情報不足だ。
精霊はタツヤを気に入っていたようだし、すぐに殺してしまうようなことはないだろう。
今はとにかく、ミヤコを回復させるのが先だ。
「ミヤコ、大丈夫か?」
私がミヤコに駆け寄ると、彼女は、突然力が抜けたように、ふらりとよろけた。
「達也……」
受け止めて抱き抱えると、体がひどく熱い。そして、その身体からもくもくと立ち上がった黒いモヤが、私の光の勢いを弱めていた。
「いったい何があったんだ? ここの秘宝に呼ばれたのか?」
「わかりません……」
噴火した雪山から生還し、やっと会えたというのに、ミヤコは背中を向けたまま、私の顔を見ようともしない。
「ミヤコ、とにかく、精霊の闇を浄化しよう。こっちを向いて、口を開けろ」「いやです」
すごい即答で、私の浄化を拒んだミヤコは、腫れ上がった脚をズルズルと引き摺りながら、私から離れていく。
「おい、なぜ逃げるんだ」
「私、ターク様を殺したいんです。私に近づかないでください」
「なんだ。そんなことか」
どうやらミヤコは、秘宝の呪いにかかっているようだ。しかし、不死身の私を殺せないことくらい、彼女は分かっているはずだ。
「いいから、逃げるな」
「いやです……! もう、こんな私なんて、置いて帰ってください!」
そう叫びながら、彼女は私を振り払おうと手を振った。彼女の手には黒い短剣が握られている。
その刃先が私の頬を掠め、小さい傷から血が滴った。しかし、一瞬のうちに、そんな傷はふさがってしまう。
「バカ言うな。私がお前に、どれだけ会いたかったと思ってるんだ」
私を殺したくなると分かっていながら、彼女は秘宝に何を願ったのだろうか。だが、そんな呪いも、私が浄化すれば消えてしまうはずだ。
私はミヤコから剣を取り上げると、這い回る彼女をひっくり返し、無理矢理その顔を見た。泥と涙で汚れ、闇で黒ずんだ肌がカサカサだ。
『これを見られたくなかったのか?』と思ってみたが、私と目が合った彼女は、慌てた顔で首を押さえた。
「い、いやっ」
「いったい何がいやなんだ?」
首に当てられた彼女の手をつかんで除けると、そこにはくっきりと、黒くなった大きな歯形が付いていた。周りにはいくつかの、キスマークのような跡まで見える。
「な、なんだ、これ」
「何でもないですっ」
「まさか、タツヤか?」
「……そうです、ごめんなさい」
気まずそうに私から目を逸らしたミヤコを見て、頭に石斧を振り下ろされたような衝撃が走り、目の前がフッと白くなった。
――くそ、あいつ! 何考えてるんだ!
――誰か、嘘だって言ってくれ……。
呆然とする私の下から、ミヤコがまた這い出そうとしている。
「待て。とにかく、全部消す」
「無理です、お願いです、置いて帰ってください! 私、ここに住みます」
「ふざけるな。絶対ダメだ」
濡れ汚れた彼女の体を、石の床と自分の脚でしっかりと固定し、急いでヒールを唱える。
彼女の首から歯形が消えたのを確認すると、私はすぐに、彼女の口に唇を被せた。しかし、彼女はしっかりと、歯を食いしばっている。
闇に蝕まれた体で、こんなに抵抗されたことがない、と思う程に暴れる彼女を、私は腕の力で抑え込んた。
――この抵抗はなんだ? ミヤコは、あれを、消されたくなかったのか?
――どうしてこうなった? 初めのキスを大切に取ってあったはずなのに!
ヒールで歯形が消えても、私の心臓は、動き方を忘れたかのように、ドクドクと飛び跳ねている。
ひどく胸が苦しくて、息が出来ない。
――だめだ。また焦りすぎだ。
――力任せでは怖がらせるだけだと、私は雪山で学んだはずだ。
ミヤコを抑えていた力を抜き、ゆっくりと顔を上げると、彼女は諦めたように、ぼんやりと上を見ていた。
「すまない。力が入りすぎた……」
「いえ、大丈夫です。私の方こそ、取り乱してすみませんでした」
「いや……いいんだ。それより、この場所は闇が深い。移動しよう」
急に大人しくなったミヤコをマントに包むと、私は彼女を抱き抱え、モルン山の遺跡を後にした。
彼女はまるで、心を失ったかのようにぼんやりとしている。
外はまだ暗く、さっきまで雨が降っていたのか、地面がかなり濡れていた。
ガルベル様の小屋から、ミヤコの生やした豆のツルを辿ってここまで来たが、小屋に戻ってもゲートがないし、魔物も入りこんでいる。
私はモルン山の麓の街を目指し、山を下ることにした。
目指す街の名は、フィルマンガルト。フィルマン様の治める、何もかもが巨大な街だ。
「ミヤコ、随分前に約束したな。そのうち、フィルマン様の屋敷に連れていくって」
「あ、そうでした……」
「大きくて美しい街だ。そこで闇を浄化しよう」
「はい。ターク様」
私の体からあふれ出す癒しの光は、ミヤコに吸われどんどん消えていく。
来た時より足元はかなり暗い。
山から見下ろすフィルマンガルトの夜景が、眩しく滲み、ゆがんで見えた。
達也が宮子に残していった歯形を発見し、動揺するターク様。宮子に拒絶され、ついつい力が入ってしまいましたが、何とか気持ちを落ち着け、宮子を抱えて山を下りる事にしました。行先はフィルマンさんの治める大きな街です。
次回、第十七章第五話 フィルマンガルト。~大きな街で休もう~をお楽しみに!




