03 突き立てられた短剣。~胸の痛みは君のもの~
場所:モルン山(精霊の遺跡)
語り:小鳥遊宮子
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――あれ? 私、なにしてたっけ。
――さ、寒い。ベッドが石みたいにかたいわ。
背中に当たるかたく冷たい感触。ぐっしょりと濡れた重いワンピース。火照った体に、ズキズキと痛む脚と頭。
身体中に不快を感じながら、私はうっすらと目を開けた。
目に飛び込んできたのは、口からもくもくと闇を吐き出しながら、短剣を手に私にまたがっている達也の姿だった。
その瞳は、まるでなにかに取り憑かれたかのように妖しく光っている。
――え? 達也、闇堕ちしてる!?
――闇属性魔法、失敗した?
ぼんやりしていた頭が一気に目覚め目を見開いた私を、涙に濡れた顔で達也が見下ろしている。
「た、達也? どうしたの? いつの間に私達、こんなことに……」
起きあがろうとするけれど、どういうわけか体が動かない。
「とりあえず、お、おちついて、危ないから、刃物はしまおう? ね?」
状況がよく分からないながらも、焦りにもつれる舌を動かし、かたまっている達也を宥めてみる。
だけど、達也は短剣を私に向けたままだ。
ぼんやりと山を彷徨っていた記憶があるけれど、いったいあのあとなにが起きたんだろう。
「みやちゃん、僕、君を殺したい」
混乱する私に、達也はふるえる声でそう言った。彼の瞳から、ポロポロとこぼれ落ちた涙が私の上にふってくる。
――もしかして、秘宝の呪いかな?
あらためて周りをよく見ると、どうもここは、精霊の遺跡のようだ。
――私、達也に殺されるの?
――これって天罰かな。
そう思った瞬間、なんだかそれはそれで仕方がない気がして、胸から焦りが消えていった。
達也にされた告白の返事をきちんとしないまま、ターク様を好きになった私は、ひどく達也を傷付けてしまったのだから。
彼の気持ちを知りながら、達也ならきっとうまく立ち直るだろうと、簡単に考えていたツケがまさに今回ってきたのだ。
――バカだな、私。また達也を追い詰めてる……。
つらそうに黒い息を吐き出しながら、涙を流す達也を見ていると私の目からも涙があふれはじめた。
達也は必死に、殺したい衝動を抑えようとしているようだったけれど、彼の握る短剣はジリジリと私に近づいてきた。
「みやちゃん、逃げないの?」
「だって、体が動かないの」
「そっか、まだ暗示かかってるんだね。……ごめん。みやちゃん、少しだけ僕の好きにしていい?」
そう言った達也の唇が、返事もまたず私の首筋を這う。
「ひぁ、達也、吸わないで……!」
とっさに声をあげたけれど、達也ははなれようとしなかった。
苦しそうに少し呻きながらも、何度も私の首に吸い付いてくる。
彼の吐き出す闇のモヤを吸わないように、私は口を閉じぐっと息を堪えた。
――これ、キスマーク付けてる!?
達也は明らかに、跡を残そうとしているようだ。私を抑えつける手には爪が食い込むほどに力が入っている。
いつものやさしさはどこにもなく、荒々しくてひどく乱暴だった。
――痛いよ……!
声も出せず、体も動かせないまま耐えていると、彼は最後に、大きな口を開け思い切り首に噛み付いた。
傷口から流れ込んだどす黒い感情が、私の中に広がっていく。
この胸をつぶすような痛みは、彼が感じていたものだろうか。
「ごめんね、痛かった? これは、ターク君に治してもらってね」
「た、達也!?」
顔を上げた彼の胸には、黒々と光る短剣が突き刺さっていた。
黒いモヤと一緒に、真っ赤な血が流れ出し、達也は私のとなりにバタンと倒れた。
「はは。いい気味だ。これ見たらターク君、悔しがるだろうな」
私の首に付けた歯形を指でなぞり、愉快そうに笑う達也の口から、血があふれ出してくる。
「バカ! 何してるの!?」
「みやちゃん、もう、自由にしていいよ」
「いやだよ。もう、どうして!?」
私の胸から飛び出した黒い魔法陣が、空中で「パリン」と音を立て砕け散った。
ひどい痛みが走ったけれど、今まで石のように動かなかった体が動かせるようになっている。
「どうしよう!? 誰か助けて!」
顔をあげ、辺りを見回した私の目に、精霊の秘宝が飛び込んできた。
――これで達也を助けられる!
「秘宝にかけた願いは、本当に叶う」私はカミルさんからそう聞かされていたのだ。
腫れ上がった脚を引き摺りながら、祭壇に向かった私を達也は虚な目で見ていた。
――私を殺さないために、自分に短剣を刺しちゃうなんて……!
――どうして……! 天罰なら私が受けたのに!
秘宝に手を伸ばした私の脳裏に、青い薔薇を手に、何度もプロポーズしてくれたターク様の姿が浮かぶ。
これを使えば私も、ターク様を殺したくなるのだろうか。
――ターク様、ごめんなさい!
秘宝を手に、「達也を助けて!」と、叫んだ私の体から真っ黒なモヤが噴き出した。
ひどい乾きが喉をひりつかせ、皮膚がパリパリとひび割れ黒ずんでいく。
「な……治った?」
私は這うように石の台に戻り、倒れている達也の傷を確認した。
だけど、短剣は突き刺さったまま、止まらない血が床まで滴っている。
青白くなった達也の顔には、黒い血管が浮き出していた。
「どうして治らないの!?」
そう叫んだ私の髪をなで、達也は悲しそうに笑った。
「みや、ちゃん、ありがと……。でも、だめだよ。そいつは、誰も救わない……ただの闇だ」
「嘘だよね? カミルさんが言ってたよ? 願いが叶うのは本当だって」
「彼女の、願いは、叶わないよ」
「嘘だよ……! 達也のバカ!」
「ね、最後に……君の歌を、聴かせて……」
「最後なんて、言わないで!」
血に染まった手で、私の涙を拭う達也。
「お願い! 誰か助けて!」
掠れた声を絞り出し、私がまた叫んだ時、開かれた広間の入り口から、ターク様が駆け込んできた。
「ミヤコ!?」
「ターク様、達也が……!」
闇に染まった私達を見て、目を丸くしながらも駆け寄ろうとしたターク様。
だけど、彼の前に、真っ黒なモヤがもくもくと現れ、黒いドレスを来た髪の長い精霊が立ち塞がった。
「誰だお前!?」
「私はノーラ。闇の大精霊よ」
「お前、秘宝に呪いをかけてる精霊か?」
「正解! 浄化なんてやめてね? ターク。ダー君はもらっていくわ」
「ダー君?」
ノーラが手をかざすと、達也の身体はモヤに包まれふわりと持ち上がった。彼に刺さっていた短剣がカランと音を立て床に落ちる。
「や、やめて! 達也をかえして!」
慌てて突き出した私の手から、小さな泥団子が飛び出しノーラのドレスにビチャッとくっついた。
「やだ、汚い。何するの?」
「どうして達也を連れていくんですか?」
「私の渡した短剣を、自分に刺しちゃうなんて、最高だわ。大合格よ」
「何の話だ?」
「タツヤは闇の呪いの中で、自我を保つことが出来るのよ。彼こそ、私がずっと探してた愛しのダーリンだわ!」
ポカンとする私とターク様をその場に残し、ノーラはそのまま、達也と共にモヤになって消えてしまった。
ノーラの呪いにかかり、宮子を殺したくなった達也。しかし彼はギリギリの理性で、宮子を殺さず、短剣で自分を刺したのでした。
達也はノーラに気に入られ、連れ去られてしまいました。いったい、ノーラの目的は何なのでしょう。
次回、第十七章第四話 待ちに待った再会。~嘘だって言ってくれ!~をお楽しみに!
語りはターク様になります。




