02 精霊の誘惑。~肯定できない想い~
場所:モルン山(精霊の遺跡)
語り:名城達也
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「タツヤ、久しぶりね」
そう言って現れたノーラは、精霊や人を闇に突き落とし、大切な人を殺させてしまう、とんでもない闇の大精霊だった。
「君、どうして僕を愛しているの?」
「愛? そうね、愛するかどうかは、これから決めるわ」
「これからだって? 愛してないなら、どうして僕に闇の力なんか与えるんだよ!」
僕はイライラして、大声を出した。大きな絶望が、この胸に押し寄せている。僕はまんまと、彼女に騙され、誘き寄せられたようだ。
「まずは使ってみないと、闇の魔力の良さがわからないでしょう?」
そういうと彼女は、みやちゃんの寝ている石の台のそばに立ち、不敵な笑みを浮かべた。
「かわいいわね、この子。暗示をかけて喜んでたみたいだけど、そんなに言うこと聞かせたかった?」
――うわ、最悪だな、この人。
ターク君の中で、いつも彼の心の声を聞いていた僕だけど、これは想像以上に気分が悪い。
完全に心を読まれているわけではなさそうだけど、僕の感情の起伏は彼女に伝わってしまっているようだ。
「あ、あの暗示は、わざとやった訳じゃ……」
「でもずっと、思い通りにならないこの子に、イライラしてたでしょ?」
「そんなことない」、その言葉が言えず、僕は奥歯を噛み締めた。
どんなにそばで想っていても、伝わらなかった想い。やっと言葉にして伝えたのに、こんな残念な結果で、不満じゃないわけがない。
「……だって、仕方ないじゃないか。僕だってイライラくらいするよ。言うこと聞いてもらって、ちょっと喜んだくらいで、いったい何が悪いんだよ」
僕はすっかり開き直ってそう言った。
ノーラは僕の願いを読み取り、叶えてしまう闇の精霊だ。そして、暗示を使った僕に、少しでも悪気があったことが分かれば、すぐに僕を闇に堕としにかかるだろう。
闇に堕ちた僕は、真っ先にみやちゃんを殺そうとする。それだけは、絶対に避けなくちゃいけない。
「ぼ、僕は何も、悪いことなんかしてない。嫉妬やイライラなんて、誰にでもある、普通の感情だよ。好きな子を好きにしたいのだって、当たり前だし、それだって僕は、理性で持ち堪えたんだからね。褒めてもらってもいいくらいだ」
自分の心の醜さを全肯定し、正当性をアピールする。これが正しい、闇堕ちの防ぎ方だと、ガルベルさんは言った。
――なるほど、それであんな人が出来上がったわけか。
妙な納得が心に降りてくる。だけど、こんな発言、みやちゃんにだけは聞かれたくない。
「悪いなんて言ってないわ。私はあなたの願いを叶えてあげたいだけよ」
「僕は、彼女を傷つけてまで、自分の願いを叶えようとは思ってないよ」
「本当にいいの? このまま彼女を取られても」
「ダメに決まってるだろ。だからこうやって、無駄な努力をしてるんだよ! いいじゃないか。好きでいるくらい、僕の自由だ」
「そうかしら。彼女、ちょっと、困ってるみたいじゃない?」
「い、いいんだよ。少しくらい困らせて何が悪いんだ。例え結ばれなくたって、僕達はお互い、大切な幼なじみなんだからね。許容範囲だよ」
自分で言いながら、自分のあまりの身勝手さに身震いしてしまう。僕は横目で、みやちゃんが寝ているのを確認しながら、ものすごい冷や汗をかいていた。
――もうやめて!? みやちゃんが起きてたらどうするの?
――せっかく、カッコつけてたのに台無しじゃないか!
その時、ノーラの指が、みやちゃんの耳元の古傷をなぞった。
嫌な汗が、僕の背中を流れ落ちる。
――まずい。
僕は昔から度々、髪を耳にかけるふりをして、彼女の傷跡に手を伸ばしてきた。
小さい頃、木登りをして降りられなくなった僕を助けるために、彼女が無理をして作った傷だ。
僕の指がその傷に触れると、僕の胸は抉れるように痛む。
ノーラはまるで、そのことを知っているかのように、口元に笑みを浮かべながら僕の顔色を窺った。
「みやちゃんに触るな」
「んふふ。すごい独占欲よね。そんなに想っているのに悔しくない? 誰かに取られるくらいなら、殺しちゃえって思わない?」
「うるさい! 僕はそんなこと思ってない!」
「だけど、彼女がタークのところへ行くのを、止めたかったのよね? 行かせて良いの? それともこのまま、ずっと暗示で縛っておく?」
「うるさいっ……」
それ以上言葉を続けられず、僕は両目からボロボロと涙を流した。
――行かせたくないよ。
彼女を無事に街へ返せば、きっとすぐにターク君が迎えに来る。
ひどく無頓着で、みやちゃんとミレーヌちゃんの違いも大して気にしてない彼は、みやちゃんの耳元に傷があることに気付きもしないで、彼女を抱きしめ僕との思い出を消してしまうんだ。
女の子の顔の傷なんて、無い方がいいに決まってる。
だけど僕は、どうしてもそれが許せなかった。
彼女が僕のために負ったその傷を、僕はどうしようもなく気に入っていたのだ。
胸に抉れるような痛みを感じながら、同時に嬉しくて、愛しくて、そんな風に思ってしまう自分が、最悪の、最低だった。
――自分を、肯定できない……。
そう思った途端、僕の口から黒いモヤがあふれ出してきた。
「この傷をあいつに消されるくらいなら……今ここで、みやちゃんを……殺す……」
「その調子よ」
ノーラはにっこり笑いながら、黒々と輝く短剣を差し出した。
それを受け取った僕の心から、今まで感じていたひどい焦燥感が消えていく。
――あぁ、もうこれで、何も頑張らなくていいんだ。
光が届かない闇の底は、とても静かで居心地が良かった。
ノーラに心の内を探られ、自分の中に言い訳出来ない罪悪感があることに気付いた達也。闇に堕ちた彼に、ノーラは短剣を差し出しました。果たして宮子の運命やいかに……。
次回、第十七章第三話 突き立てられた短剣。~胸の痛みは君のもの~をお楽しみに!
※ちょっとダークな内容になってます。苦手な方はご注意ください。




