01 助けを求めて。~彼女は僕を愛さない~
場所:モルン山(精霊の遺跡)
語り:名城達也
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豆の生える歌を歌うみやちゃんを背負い、僕、名城達也は夜のモルン山を彷徨っていた。
どこかで雷の轟く音が聞こえ、時々空が光っている。また少し強くなった雨が、容赦なく僕たちの体を冷やしていた。
「みやちゃん、大丈夫? 寒いよね」
「へぇきぃ」
秘宝の呼び出しのせいか、元々ボーッとした様子だったみやちゃんだけど、僕のかけた暗示でさらにぼんやりしてしまっている。
なんだか次第に、元気がなくなってきているみたいだ。
「雷も怖いし、雨のかからないところ探そうか」
元来た方向に戻りたくても、段差と魔物に阻まれ思うように進めない。僕はまた雨宿りの場所を探しはじめていた。
――どうしよう。このままじゃまずいよね。
――お願い、助けて、誰か……。
焦りに押しつぶされそうな胸の内で、僕がそう叫んだ時あの声が頭に響きはじめた。
『こっちよ……。こっちへおいで』
――この声は、ノーラ?
昼間魔物に襲われた時、僕たちを守ってくれた闇の魔法。あの時確かに聞こえた、僕を愛しているという闇の精霊の声。
『そう、ノーラよ。タツヤ、わたしに会いに来て』
――僕たちを助けてくれるの……?
僕は寒さに震える足で、その声のする方へ歩きはじめた。
しばらく行くと、濡れてぬかるんでいた足元が石畳に変わった。顔を上げると、アーシラの森で見たのと同じ、蔦のからまった古びた遺跡が、生い茂る木々の中にひっそりと建っている。
僕が近づくと、閉ざされていた扉が、まるで自動ドアかのようにスッと開いた。僕は誘い込まれるようにその中へ入っていく。
建物の中は薄暗かったけれど、ところどころに魔力で光る小さな照明が置かれていた。魔物が湧いている様子もなく、雨宿りにはちょうどいい。
ひんやりと冷たい石の壁に手をつきながら、僕は遺跡の中を奥へと進んだ。
不思議と恐怖を感じることなく、一番奥の大きな広間に入ると、禍々しく光る精霊の秘宝が置かれた祭壇があった。
「達也、よんでるよ」
「そうだね。僕も呼ばれてる」
「よんでる、よんでる」と、繰り返すみやちゃんを僕は石の台に寝かせた。足がひどく腫れ包帯の上に血が滲んでいる。
「みやちゃん、ここ、動かないでね」
彼女の耳元に口を寄せ、僕はまた暗示をかけた。みやちゃんはとても素直に台の上でじっとしている。
しばらく様子を見ていると、彼女はそのまま寝てしまった。
ケガのせいか、それとも風邪を引いてしまったのか、はぁはぁと随分苦しそうな息遣いだ。
そして時々、小さな声で「ターク様……」と、うわ言を言う。
「ねぇ、僕の名前呼んでよ」
彼女の額に手を当て、その体温を確かめながら無意識にそうつぶやく僕。
雨に濡れ火照った顔で「んー。たつやぁ……」と声をもらした彼女が、妙に色っぽく見えてぶわっと顔が熱くなった。
――わぁ、むなしい。言うこと聞いてくれるのは、暗示のせいだよ。
――これ、彼女が覚えてたら怒るかな。
思わず額から手を離してしまったけれど、これはかなり熱がありそうだ。
僕は何か、みやちゃんを回復させる方法はないかと、キョロキョロと周りを見渡した。
石造りの冷たい部屋の奥に、古そうな書棚が見える。そこには、真っ黒な装丁の分厚い本がぎゅうぎゅうに詰められていた。
近づいて背表紙の文字を読んでみると、どうやら全て闇属性の魔道書のようだ。
――闇属性に、回復魔法ってないんだっけ……?
僕はそれらしい本を一冊手に取って、パラパラとページをめくってみた。
ただでさえ読みにくいこの世界の文字で、高度な魔術の難しい解説がつらつらと書かれている。
しかも、古文のように古めかしい言葉が使われていて、難解さが倍増していた。
だけど、これを読み解ければ、何か研究のヒントになるかもしれない。
――今はとりあえず、回復魔法だ。
なんとか、回復魔法がまとめられているページを見つけ出して読んでみると、そこにはこんな魔法の説明が載っていた。
<サキュラル>
魔物から体力と魔力を吸い取る初級魔法。
<アンゾーン>
死体をゾンビ化させて復活させる中級魔法。効果は長くても一時間程度。
<エグサル>
自分の命と引き換えに死んだ仲間を蘇生する上級魔法。
<デモンクーズ>
瀕死状態の仲間を魔物化させ、魅了して使役する最上級魔法。
――うん、全部ろくでもないね……!
「ノーラ? どこにいるの?」
困った僕は助けを求め、気がつくとノーラを呼んでいた。すると、秘宝からモクモクと黒いモヤが立ち上がり、その中から一人の精霊が現れた。
彼女は真っ黒なドレスを着た、闇深く美しい精霊だった。黒く真っ直ぐな髪は床に届くほど長く、体つきはとてもスレンダーだ。
「タツヤ、久しぶりね」
彼女はそう言いながら、細い指先で僕の肩をそっとなぞった。
「久しぶり? 僕は君を知らないよ」
「私は知っているわ。あなた秘宝の力を使って、異世界転送ゲートを通って来たでしょ。あなたをタークに入れたのは私よ。ファシリアじゃ失敗しそうだったからね」
「えぇ……? じゃぁ、もしかしてみやちゃんをミレーヌちゃんに入れたのも……? どうして、そんなこと……」
「タークとミレーヌを守るためだって言ったら、信じるかしら」
「まぁ、それなら、成功はしてるね。だけどどうして君は……」
僕が質問するのを遮るように、彼女は僕にくるっと背中を向けた。
「あなた、タークの中であれだけ過ごして、本当に自我を保っているのね。すごいことだわ」
「それが……なんなの?」
「一次審査は合格ってことよ」
彼女は僕に背中を向けたまま、闇に染まった秘宝を指でなで回している。
その姿を見た僕は、はっとした。
「……もしかして、その秘宝で人を呼び寄せて、闇に突き堕としているのは君なの? 秘宝に変な呪いをかけているのも?」
僕の質問に、彼女は「えぇ、そうよ」と、答えた。僕に斜めの視線を送りながら得意げな顔でニヤリと笑う。
――最悪だ! きっと良い精霊だって期待してたのに!
僕に力を与えていたのは、人を闇に突き落とし、大切な人を殺させてしまう、とんでもない闇の大精霊だった。




