07 ターク様は休まない。~暇な私に湧き上がるパワー~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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ターク様の部屋に来てから、五日目の朝。
私、小鳥遊宮子は、バスルームの鏡に映る自分の姿に、一人にまにましていた。
――なにこの透明感。お肌だけは女優さんみたいじゃない?
ターク様の治療のおかげで、目立っていた傷跡や腫れも消え、もともとの白い肌がすっかり戻った私。
それどころか、前以上にハリとツヤのある、ぴちぴちお肌になってしまった。
あの有難い癒しの光は、美容効果も抜群らしい。
――最初にここで自分の顔を見たときは、もうダメかと思ったわ!
もともと美人ってわけでもない私だけど、あのとき感じた絶望感は相当なものだった。ずっとあんな姿のままだったら、一生外に出れなかったかもしれない。
ターク様はそんな状態の私に、毎晩加護を与えてくれた。最初は同じベッドに入るのが怖くて、ずいぶん警戒したけれど、いまとなっては感謝の気持ちでいっぱいだ。
――この御恩は必ず返します!
私がバスルームから出てベッドルームに入ると、いつもの黒い鎧を装着しようとしている、ターク様がいた。
「お手伝いしましょうか?」
「いや、お前は今日もなにもするなよ」
そう言って、慣れた様子で鎧を着込む彼。彼の鎧は、短い胸当てと左の肩当てだけだ。
肩当てには、金の歯車がついた、不思議な装置が埋め込まれている。
鎧の下に着ているのは、普通の黒いシャツで、防御力は低そうに見えた。
――ターク様は不死身なのに、なんのために毎日鎧を……?
そんなことを考えながら、彼の様子を眺めていると、ターク様は笑顔を見せながら、私に近づいてきた。
「ミヤコ、私のステータスを見てみろ。今日は魔力の回復量がすごいぞ」
なんだかご機嫌そうなターク様。
昨晩はかたかった表情が、ずいぶんやわらかくなっている。
「すごい。今日は六百も溜まってるじゃないですか」
「ふふん。今日も領民たちを回復してくるかな。ポルールの戦いで魔物討伐が手薄になっているからな。街にはまだまだケガ人が多い」
「ターク様は本当にステキな領主様ですね!」
「当然だ。私は不死身の大剣士だからな」
得意げにステータスを見せにくるターク様が、なんだか可愛くて仕方ない私。
不死身の大剣士、と毎度ドヤ顔でいうターク様も、ちょっとほっこりしてしまう。
――達也とはまた違うけど、可愛い!
ついにやけてしまう顔を、必死で元に戻していると、ターク様は少し、怪訝な顔をして言った。
「さて、私は出かけるが、お前はなにもせず待っていろよ」
「待ってください、ターク様! 私、いつまでこんな感じなんでしょうか?」
「心配するな。所有者ならそのうちわかるはずだ」
「なにか、ちょっとくらいしちゃダメですか?」
「いいからじっとしていろ」
――えーん! 今日も暇確定かぁー!
悲しみを顔で表現した私を見て、ターク様はクククと笑う。
「それだけ面白い顔ができるなら、大丈夫そうだ」
――なにがですかー!?
がっくりと肩を落とした私を残して、ターク様は出かけてしまった。
△
――暇だ……本当に暇だわ。
すっかりケガもよくなった私は、いますぐ登山にでも行けそうなほどに、元気をもてあましていた。
いまならあの、熱中症で倒れた山だって、スタスタ登れそうだ。
お腹の底から沸き立つようなパワーが、身体中を満たそうとしているのを感じる。
毎日ターク様のとなりで、眠っているせいだろうか。
だけど、元気になればなるほど、なにもできないことが、つらくて仕方なかった。
――ターク様になにか恩返しがしたい、したいようー。暇だようー。
やがて、放心という特殊スキルを覚えた私は、ソファーの上で天井を眺めているだけで、夕方まですごすことに成功した。
△
外が暗くなりはじめたころ、ターク様が部屋に帰ってきた。
ささっとお風呂に入った彼は、デスクに向かい、書類や手紙を次々とやっつけていく。
「いったいなんの書類なんですか?」
「まぁー、いろいろだな。国や騎士団からの連絡に、魔物討伐や治療の依頼。あとは、魔道具に魔力を補充して欲しいとか、街の街灯が暗いとか……。ほかには、使用人の配置替えがどうのとか……」
「た、大変ですね」
これらの書類は、毎日ターク様が留守の間に、メイドさんが持ってきて、彼のデスクに置いていく。
ターク様が言うには、戦地に行っていた間は、こういう仕事は全部、ほかの人に任せていたらしい。
だけど、彼が帰ってきて、自分で仕事を引き受けるようになってから、どんどん依頼が増えているんだとか。
たぶん、ターク様の面倒見がいいせいで、いろいろ頼みにくる人が増えたのだろう。
「やればやるほど仕事が増えるな」
そう言いながらも、鬼のように書類と戦うターク様。朝は朗らかだった彼の顔が、またすっかりかたくなっている。
――お疲れみたいなのに、ターク様ってまったく休もうとしないですよね……。大丈夫なのかな。
私がぼんやり彼を観察していると、ターク様は突然顔をあげた。
「なんだ……? そんな気の抜けた顔で私を見るな。こっちまで気が抜けてしまう」
「すみません、だけど、ターク様、少し休憩されたほうがいいんじゃないですか? なんだかお疲れに見えますよ」
「私に休憩は無用だ。不死身だからな」
「でも……」と、心配に眉をひそめた私を見て、つらそうに胸をおさえるターク様。
「く……こっちへ来てみろ。傷を見てやる」
「は? はい……」
私をデスクによび寄せたターク様は、私の髪をかき分け、後頭部の傷を確認した。自分ではよく見えないけれど、傷はもうすっかり治っていると思う。
「なにか思い出したか?」
「あー……特には……」
「王都の都市名を言ってみろ」
「え……? パリとかですか……?」
「なら、王の名は?」
「うーん、ナポレオン?」
「ベッドに入れ。頭を治してやる」
――あーん!
外傷がなくなった私を、記憶が戻るまで治療するつもりらしいターク様。
「わ、私、日本から来たので、治療しても、この国の記憶は戻りません!」
「心配するな。私と寝ていれば、頭がおかしいのもそのうち治る筈だ」
――ひーん!
△
ターク様は私をとなりに寝かせると、あっという間に眠ってしまった。
あまりにも早くて、恥ずかしがる暇もないくらいだ。
――やっぱり今日も、お疲れなんじゃないですか。
――きっと街では、今日もたくさんの人が、ターク様の治療に助けられたんだろうな……。思った以上に、この人はヒーローだわ。
傷がなくなって、傷口にキスされることもなくなり、一安心の私。
だけど、ターク様の光は結構ムズムズするし、サワサワ音もする。それに、鎧を脱いだ彼は、暗い室内で見ると、かなり眩しかった。
なかなか寝付けない私は、彼の天使すぎる寝顔を、「まぶしっ」と思いながら、目を細めて眺めていた。




