08 隣国の王子と石の上の宮子。~どこが無事なんですか?~
場所:ポルール(第二研究室)
語り:ターク・メルローズ
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研究室に戻った父さんは、ゼーニジリアスが隣国の王の弟君と知り、顎が外れるほどおどろいていた。
一年もこんなカプセルに入れ、毎日観察していたのだから、それはおどろきもするだろう。
「父さん、彼をいつまでもここに置いていては、またいつ襲撃されるかわかりません。早く王都の収容所に移しませんか?」
「しかしな~。こいつが本当にノーデス王の弟なら、さっさとクラスタルに返したほうがいいかもしれんぞ」
父さんがそう言うと、ずっと黙っていたゼーニジリアスが、突然大声をあげはじめた。
「や、やめてくれ! 兄さんに……ノーデス王には、私の居場所を知らせないでくれ! 頼む! 頼む!」
「なんだ? お前、自分の国に帰りたくないのか?」
「ダメだ、兄さんに引き渡されるくらいなら、ここにいたほうがマシだ。頼む、匿ってくれ!」
動かない体で、掠れた声を絞り出して叫ぶゼーニジリアス。
彼がいままで、なにをされても口を割らなかったのは、ノーデス王に自分の失態を知られたくなかったからだろうか。
確かに、彼のしたことは、ベルガノンとの平和条約を結んだノーデス王の顔に、文字通り泥を塗ったと言えるだろう。
帰ればなにかしら、処罰はされるだろうが、ここにいたいとは変なやつだ。
「どうしますか? 父さん」
「うーむ、ノーデス王の弟と言われては、下手にモルモットにもできない。やっぱり国に返すしかないだろうな」
そう言って、ニヤリと笑う父さん。いままでなかなか口を割らなかったゼーニジリアスが、急に狼狽えだしたのを見て、少しいじめたくなったようだ。
「新しいモルモットが必要なら、精霊狩りのネドゥがいるわよ」
「それはいいな、そうしよう。はっはっは!」
父さんとガルベル様が、簡単に彼をクラスタルに返すとは思えないが、ゼーニジリアスは信じたのか、シクシクと涙を流した。
どうやら彼も、ノーデス王に命令され、ベルガノンを攻撃したわけではないようだ。
――まったくよくわからないな。
――だが今日はもう、思考力も限界だ。
――とにかくいまは、早くミヤコを連れて帰りたい。
私の心はさっきから、モルン山と研究室を、行ったり来たりしていた。
まだいろいろ気になることはあるが、とりあえず役目ははたし、レムスルドラも父さんも無事だ。
転送ゲートでモルン山の麓まで行き、馬を借りればガルベル様の小屋はすぐそこだ。
一晩休むくらいは問題ないだろうと、私はガルベル様に声をかけた。
「ガルベル様、今日はミヤコを、連れて帰っていいですか?」
「あら、いいけど、二人ならもう寝ちゃったんじゃない? もう結構夜中よ」
「え……」
光の入らない坑道にいたせいで気が付かなかったが、なにかいろいろしているうちに、思いの外時間がたっていたようだ。
ミヤコを連れて帰りたかったが、寝てるところを起こすのはさすがに気が引ける。
「じゃぁせめて、無事かどうかだけ、確認してください」
「まったく、心配症ね」
ガルベル様はそう言うと、水晶を取り出し山小屋のリビングを映し出した。
そこにはなぜか、ガサゴソと動き回る、大きな魔物の姿があった。
「リビングに、オーク……?」
「ガルベル様……これはいったい……」
「結界が切れたみたい……。内側からなにか、刺激があったのかしら。あの子たちの魔法程度では、当たっても開かないはずなんだけど」
ガルベル様はそう言うと、青い顔で私から目を逸らした。彼女のかける魔封じの封印はやはり、かけた側からは簡単に開くようだ。
まるでセヒマラ雪山に戻ったかのような、ひどい震えが背中に走り、私はガタンと立ちあがった。
「ミヤコを探してください!」
「わ、わかったわ」
あらためてガルベル様が水晶に手をかざすと、石の台に寝かされている、ミヤコの姿が見えた。
かなり苦しそうな息遣いで、「はぁ、はぁ」と、大きく喘いでいるように見える。体は濡れて汚れ、足には血が滲んでいた。
「ぶ、無事みたいよ?」
「どこが無事なんですか? どこですか? ここは?」
「さぁ……わからないから多分、どこかの遺跡ね」
「どこかってどこですか!?」
両手を机に叩きつけながら身を乗り出すと、ガルベル様はまた、キョドキョドと視線を彷徨わせた。
「……し、知らないったら。でもそんなに遠くへ行けないでしょうから、モルン山の遺跡かしら? もしくは、アーシラの森から呼び出しを受けたとか?」
「僕をモルンに置いて、ガルベル様はアーシラへ向かってください」
「わ、わかったから、そんな怖い顔しないで?」
「すみません、お願いします」
私は必死に気持ちを落ち着け、ガルベル様と一緒に第二研究室を出た。
私だって一応、彼女が私を心配し、セヒマラに来てくれたのはわかっているつもりだ。
しかし、彼女のやることはいつも、大事なところが抜けている。
その穴だらけの行動で、いつも私は悪夢のような災難を被ってきたのだ。
――ミヤコ、無事でいてくれ!
研究室を出た私は、ガルベル様に抱えられ、彼女の山小屋があるモルン山に向かった。




