07 託された秘宝。~どうしたいのか考えろ~
場所:ポルール(第二研究室)
語り:ターク・メルローズ
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研究室に入ってきた父さんは、闇に染まったシェンガイトを嬉しそうに受け取った。
「しかし、秘宝は遺跡に返してきたほうがいいんじゃないか? 浄化されているとは言え、これには呪いがかかっているという話しだ」
「一番大切な人を殺したくなる、というやつですよね」
「そうだ。こんなものを街に置いていては、何が起こるか分からない」
「それはそうですが……」
雪山で禍々しく光っていた秘宝は、精霊達の協力ですっかり浄化され、今はむしろ、私の光を吸収し、金色に輝きはじめていた。
しかし、遺跡は噴火で崩れ、私達があそこを出た頃には、封印も解けてしまっていたのだ。
雪山を守っていた氷の精霊セリスも、精霊狩りに売られてしまった今、あの遺跡を守る精霊が居るのかどうかも分からない。
あそこに秘宝を戻しても、また精霊狩りに持っていかれるかもしれない。
私がそう説明すると、ガルベル様は机に置かれた秘宝を迷惑そうに眺め、また私に理不尽な丸投げをして来た。
「なら仕方ないわね。タッ君、それはあなたが持ってなさい」
「え? 僕ですか」
「あなた闇に堕ちる心配がないもの。そのまま持って歩いて、誰か適当な精霊に渡しちゃえばいいんじゃない?」
「ベル、何でもタークに押し付けるんじゃない」
「だぁって、こんなの私が持ってる方が危ないでしょ?」
「……大丈夫です。精霊に会ったら渡しておきます」
――大変な物を押し付けられてしまった。
しかし、こんな物をガルベル様に委ねるのは確かに怖い。私は仕方なく、その秘宝をバックに仕舞った。
父さんは私以上に嫌そうな顔をしている。また最近、さらに痩せてしまったような気もする。
「父さん、大丈夫ですか?」
私がそうたずねると、さっきの襲撃の話だと思ったのか、父さんは殴られたという頭を押さえて言った。
「あぁ、ミレーヌのおかげでなんとかな。しかし、ターク、お前の方がボロボロじゃないか」
「そう……ですね」
父さんにそう言われ、私は改めて、自分の姿を確認した。
コートは穴だらけ、中のシャツは血まみれ、そして、何より、ブーツの底がない。
「歩きにくそうだ。私の新しいブーツをやろう。服も着替えていけ」
「ありがとうございます」
私達は研究室を出て、少し坑道を歩き、すぐ近くに作られた父さんの部屋に入った。
部屋と言っても、穴を掘ってベッドなど必要な物を置いただけの、薄暗い場所だ。
王都に立派な屋敷があると言うのに、こんな穴蔵で、一年中シェンガイトを集める父さんを見るのは、正直に言うと、少し辛かった。
「若い頃の服は、だいたいタツヤにやってしまったが、最近買った新しいシャツがあるはずだ。しかし、どこに入れたかな……」
父さんがシャツを探し、バッグや戸棚を開け閉めしている間、私は岩の壁に飾られた沢山の写真を眺めていた。
それは、だいたいが、私が十四の時、魔物に襲われ死んでしまった母の写真だった。
――父さんは、あの頃も、研究室に篭りきりで、母さんはいつだって寂しそうだったな。
――今思えば、それも全て、私のためだったのか。
写真に見入っている私に気づくと、父さんは同じように写真を見上げ、悲しげに話しはじめた。
「ターク、妻に先立たれるというのは辛いものだ。男は特にダメだ。妻が死ねば、心が弱ってしまう」
「父さん……」
「お前は、自分の不死身について、考えるのが怖いか?」
「父さん、僕には分かりません。確かに、一人取り残されるのは怖いです。でも、この力がなければ、僕は今日、死んでいたかもしれません」
私がそう答えると、父さんは私の肩に手を置いた。
今でも父さんは、私がポルールに来たのを察知すると、どこへやら姿を隠してしまうことが多い。
そんな父さんが、こんな風に私に触るのは、とても珍しいことだった。
いつもと違う父さんの様子に、私は少し、戸惑っていた。
「ターク、そもそもだ。その力がなければ、お前はセヒマラに登っていない。そうじゃないか?」
「そうですね……」
「お前はイーヴに育てられたようなものだからな。国の為、皆の為と、英雄ぶるのも分からなくはない。だが、お前一人頑張ったところで、どうにもならんものはどうにもならん。そうじゃないか?」
「そう思います」
私の返答に、父さんは安心したように小さな笑顔を浮かべた。
自分一人で戦いを終わらせると息巻いていた、数年前の自分を思い出すと、恥ずかしさに居心地が悪くなる。
父さんはそんな私の顔をのぞき込み、珍しくまっすぐに、私の目を見据えた。
「そうだ、ターク。お前一人不死身でなくなっても、この国は滅んだりしない。だから、まずは自分がこの先どうしたいのか、そこをよく考えるんだ。英雄や大剣士である前に、お前は私の……息子……なんだから……」
そう言った父さんの顔が、こんな薄暗がりの穴の中でもはっきりとわかるほどに赤くなっている。
どうやらかなり、照れているようだ。
父さんにつられ、私も顔が熱くなるのを感じる。親子で見つめ合って照れ合っている、この時間はなんだろうか。
「……分かりました。考えてみます」
そう答えた私の頭に、父さんはコツンと自分の頭をぶつけた。
「父さんも、自分のために生きてください」
「生意気を言うな」
父さんが、こんなに私に話しかけてくれたのは、いったい何年ぶりのことだろう。
年々やつれていく父さんに、心労をかけるのは心苦しい。
――自分がこの先どうしたいのか考えろ、か。先のことを考えるのは避けてきたが、ミヤコを想うと、つい考えてしまうな。
セヒマラに登る時、私は、この国をこの力で守れるなら、まずそれを優先するべきだと、確かにそう思っていた。
だが、今はもう、なんでもいいから、早くミヤコを迎えに行きたい。
私の中途半端な正義感も、取って付けたような使命感も、このミヤコへの渇望には、どうやら勝てないようだった。
父さんの出してくれたブーツを履き、新しいシャツに着替えて、私達は研究室に戻った。




