06 高潔な彼女と全属性な二人。~ちょっとゾワゾワするな~
場所:第三砦
語り:ターク・メルローズ
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ファトム達を浄化し終えた私達は、ファシリアの風に乗り、セヒマラ雪山を降りた。
麓に近づくと、マリルの燃える鉄壁が、砦を守っているのが見える。
あんな強大な魔法を、彼女は昨日からずっと、維持し続けていたらしい。
「マリルちゃん、立派だよ」
「あぁ、本当に。やはり彼女は高潔だな」
巨大な噴石も、高温の泥流も、全てマリルの鉄壁がせき止め、砦は無事な姿で残っていた。
噴火もおさまり、もう砦が壊れる心配はなさそうだ。
「マリル、大丈夫か? 鉄壁はもういい。ありがとう」
私達がマリルに駆け寄ると、彼女はフラフラとその場に倒れ込んだ。
「マリル様!」
一晩中マリルを守っていたらしいエロイーズも、街を守っていた騎士や兵士たちも、ひどくボロボロだ。
街に魔物が入り込まないよう、砦の上で懸命に戦ってくれていたようだ。
よく見ると、大量のポーションの空き瓶が、マリルの足元に転がっていた。
「これ、全部飲んだのか?」
「う……うぷ」
「よくやったマリル!」
「マリルちゃん、ありがとう!」
「うぇっ……ぷ……」
かなりキツそうな彼女達を医務室に運び、後の事はイーヴ先生に任せて、私達は捕まえた精霊狩りたちを連れ、牢屋に移動した。
「一体なんのつもりなの?」
檻に入れたネドゥ達を、早速問いただそうとするガルベル様。カミルも興味深そうに牢屋をのぞき込んでいる。
私もまだまだ、彼女達には聞きたいことがあるのだが、今は尋問している余裕がない。
「ガルベル様、精霊狩りたちの仲間が、第二研究室を襲撃しているようです。僕はポルールヘ行ってきます。囚人たちをお願いします」
「え? 第二研究室が!?」
私が雪山で聞き出した話を、二人に伝えると、カミルとガルベル様は揃って青い顔をした。
「え? ゼーニジリアスが、ノーデス王の弟ですって?」
「うそっ! アグス様のところに、精霊狩りが? すぐ行かなきゃ!」
「ちょっと待って! タッ君、カミルン、先にこれで様子を見てみましょう」
走り出そうとする私達を引き止め、ガルベル様が水晶を取り出した。
水晶がもやもやと色を変えると、ポルールの坑道の奥にある第二研究室の様子が、ぼんやりとそこに映し出された。
「本当に襲われてる……」
研究の道具や資料がめちゃくちゃに散乱し、ゼーニジリアスの入っていたカプセルは壊され、誰かが床に倒れているのが見える。
「まずいわね。アグス達は無事かしら。私も行くわ。カミルン、囚人たちの見張りはあなたに任せるわね」
「えぇー!」
少し不満そうなカミルに見張りを任せ、私はガルベル様と共にポルールに向かった。
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――父さん、ミレーヌ、無事でいてくれ!
ポルールに到着した私達は、重く大きな鉄の扉を開き、第二研究室に駆け込んだ。
「あら? ガルベル様にターク様? 雪山のモヤはもう、平気なんですか?」
青い顔で息を切らしている私達を見て、少しぽかんとした顔をするミレーヌ。
彼女は随分落ち着いた様子で、散らかった研究室の片付けをしていた。
部屋の隅にはゼーニジリアスと、襲ってきた精霊狩りらしい男達が三人、縄でしっかりと拘束されている。皆目を回し、気を失っているようだ。
「ミレーヌ、これは一体……」
「いきなり襲いかかってきて、大切なカプセルを破壊されたので、捕まえちゃいました」
「これを、お前が一人で?」
「あ、アグス様なら、お部屋で寝てますよ。ごめんなさい、殴られて、少しケガをされたんです。でも、しっかりヒールで治したので大丈夫ですよ」
そう言って、ケロッとした様子で微笑むミレーヌ。全属性魔法を簡単に操れてしまうと言うのは、どうやら本当らしい。
「つ、強いんだな。父さんを守ってくれてありがとう、ミレーヌ」
「ミヤコのおかげで、最大魔力二万ですからね。だけど、ミヤコみたいな強い魔法は使えないんですよ。普通の魔法が沢山使えるだけです」
「それでもすごいよ。おどろいた」
部屋の隅で小さくなっている精霊狩り達に、改めて目をやると、皆服が焦げて破れ、肌はすすけて黒くなっている。
どうやら一度、焦がされ、ヒールで治療されたようだ。これは強めのファイアーボールか、それとも電撃剣だろうか。
――ミレーヌも、怒らせると怖いんだな。
先日、ミヤコの落とした電撃剣で、指先が炭になった感覚を思い出し、また背中が寒くなった私は、ゴクリと喉を鳴らした。
「思った通りね。ミレーヌならうまくやると信じてたわ」
さっきは私と同じように、青い顔をしていたガルベル様が、まるでこうなることを知っていたかのような口振りで話している。
だが、全属性魔法を使えるこの二人には、何か共通する秘密があるのかもしれない。
歴史の本には、三十年程前、東の帝国オトラーとの戦争で活躍したガルベル様は、闇属性魔法のみを使う魔女だったと書かれている。
それ以降に彼女は、全属性の力と、衰えない体を手に入れたのだ。
いつか自分を愛してくれている、身近な人々が死んでしまっても、この人だけは生きているのかもしれないと思うと、少しゾワゾワしなくもない。
詳しく聞きたい気もするが、この辺りの話に踏み込むと、彼女を怒らせる危険がある。
――そう言えば、全属性の力を持つ大精霊が居たとか、ファトムが言っていたな。
――もしかすると、この二人は、その大精霊に愛されているのか?
――まぁ、今はいいか。
何日も寝ていない頭で、余計なことを考えると疲れてしまう。
皆の無事を確認した今、私は一刻も早く、モルン山の小屋へ、ミヤコを迎えに行きたかった。
――だが、闇を集めたシェンガイトを置いていかなくてはな。
早る気持ちを抑え、私は背負っていた大きなバッグから、シェンガイトの封印ケースを取り出した。
そう言えばうっかり、浄化した秘宝も持ってきてしまっている。
「これ、どうしたらいいんだ?」
私がそう言った時、背後から「ターク……?」と、少しおどろいたような声がした。振り返ると、そこに、父さんが立っていた。




