05 おかげさまです。~パワーアップしたターク~
場所:セヒマラ雪山
語り:ターク・メルローズ
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「んふふ。あんたの父親、アグスって言ったっけ? 今頃死んでるんじゃない?」
突然、レムスルドラにも来ていないはずの父の名前を出され、私は耳を疑い、顔を引きつらせた。
彼女の意地悪そうに少し釣り上がった目が、得意げに輝いている。
「あたいの仲間が、ニジルド殿下を助けに行ったからね。こっちの騒ぎは、陽動作戦ってわけ」
「ニジルド殿下……? まさか、ゼーニジリアスのことを言っているのか? あいつ、お前らの仲間だったのか?」
「違うわよ。知らないの? ニジルド殿下はノーデス王の弟君だよ」
――えぇ? 何言ってるんだ?
俄には信じられず、寝不足で回らない頭を無理に動かしてみると、次第に心臓が音を立てはじめ、嫌な汗が噴き出してきた。
父さんがそう簡単に死ぬとは思わないが、私は父を、ミレーヌに任せてきたのだ。
――こんなことなら、頼むなんて言わなければよかった。ミレーヌ、無理をしていなければいいが……。
――しかし、ニジルド殿下か。聞き覚えがあると思ったら、昔、母さんが会ったと言っていたな。
あれは、私が十四になった頃だった。隣国の貴族を招いての社交パーティーに出かけた母が、そこで出会った立派な殿下の話を、私に言って聞かせた。
突然マリルを婚約者として紹介され、まだまだ戸惑っていた時に、「ニジルド殿下のように、女性に敬意を持って接しなさい」と、母は私を諭したのだ。
――全く、母さんは人を見る目がないな。
嫌な気分になった私は、思わず小さなため息を漏らした。
あの頃感じていた懐かしい不満と、母を亡くした喪失感が私の胸に淡く広がる。
それにしても、ゼーニジリアスが隣国の王の弟だとしたら、やはりこれらの厄災は、隣国からの侵略なのだろうか。
「とんでもない話だな。お前、誰に言われてこんなことをしているんだ? これはやっぱり、戦争なのか?」
「違うわよ。ニジルド殿下を助けたら、すっごいご褒美が貰えるんじゃないかって、あたいらが勝手にやってるだけ」
――本当なのか?
――くそ、早く山を降りて確認しなくては……。
――しかし、浄化が終わらない……。どうする? どうすれば……。
心細く、もどかしい気持ちに焦れながら、私は遺跡の外に目をやった。
真っ白だった景色は、火山灰で灰色にくすみ、私の下山を阻むように、溶岩と泥流がうごめいている。
この山を降りるには、もう一度足を燃やさなくてはならないようだ。
――この中を走って降りるのか?
――流石の私も燃え尽きそうだな。
そんなことを考えていた私の耳に、「おーい」と、カミルの声が聞こえてきた。
カミルに会ったのは数日前だが、その聞きなれた張りのある声が、今は懐かしいとさえ感じてしまう。
空耳かと思ったが、その声は次第に近づいて来た。
そして、彼女の声が大きくなるにつれ、私の体が、激しく光りはじめた。
――なんだ? 力が湧いてくる。
――あれは、アーシラの精霊達か? シュベールもいるな。
色とりどりに輝く精霊達を連れ、こちらに飛んでくるのはガルベル様だ。
彼女の箒の後ろに乗ったカミルが、私に大きく手を振っている。
その背後から、風になっていたイーヴ先生も、実体化して現れた。
「ターク、ボロボロじゃないか。大丈夫か?」
私のひどい姿を見て、イーヴ先生は私に駆け寄ってきた。
「ぐすっ……。ターク、すぐに来てやれなくて、すまなかった。一人で、よく頑張ったな……!」
美しい先生の顔が見事に崩れ、まるで滝のような涙と鼻水が、次から次へと流れだしてくる。
――まずい、つられそうだ。
先生になで回され、かなり照れくさいと思いながらも、ホッとする気持ちで涙腺が熱くなり、漏れそうになる嗚咽を必死に堪える。
今ここで泣いては、流石に少し格好がつかない。
「お陰様で、無事です、先生。カミル……。これは?」
「タークに加勢が必要だってマリルちゃんが言うから、精霊達を集めてきたよ」
「マリルが……?」
そう言うカミルの後ろには、十人近い精霊があつまっていた。
彼女達のおかげで、まるで精霊の集会所に居るかのように、私の体は強く光り、ファトム達が浄化されていく。
「すごいな。精霊ってこんなに連れてこれるものか?」
「ファシリアにも声かけてもらったからね」
イーヴ先生の横で、ファシリアが得意げな顔をしている。
「なるほど。みんな、協力ありがとうございます」
「当然よ。可愛いぼうや。いつでも私を呼んでね」
「闇堕ちした仲間を放ってはおけないしね」
精霊達は口々にそう言って、私に力を貸してくれた。
そして、浄化された闇魔道士は、どうやらネドゥの姉だったようだ。
「ねえさん! 元に戻って良かった」
「ネドゥ……。これはいったい……? あたし、ずっと悪い夢を見てたみたい」
ネドゥは喜びに瞳を輝かせている。姉を闇魔道士にしてしまったのは、彼女の本意ではなかったようだ。
「あなた達、さっさと山を降りるわよ」
ガルベル様はネドゥをメロウムで拘束し、すごい速さで小脇に抱えた。
「寒い! 早く砦に戻るのよ! 全く、どうして遺跡なんかに篭ってるのよ。場所が分からなくて探したじゃないの」
「待ってください。まだ浄化が……。と言うかガルベル様、ミヤコ達はどうしたんですか?」
「二人は山小屋に置いてきたわ」
「えっ? あそこに二人きりですか?」
不満に顔を歪め、げんなりと肩を落とした私を見て、彼女は首を傾げ、「何も問題ないでしょ?」という顔をする。
「食料なら、置いて来たわよ?」
「そういう事じゃないんです」
――最悪だ。早く、ミヤコを迎えに行かなくては……。
耐え難い胸のモヤモヤで、ため息しか出ないが、まずは砦と、父さん達の無事を確認しに行かなければならないだろう。
焦る気持ちを抑えつつ、私達は雪山を降りた。




