04 光れ!もっと強く!~愛されたターク~
場所:セヒマラ雪山
語り:ターク・メルローズ
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――傷の治りが悪いな。
いつまでもジクジクと痛む脇腹の刺し傷に、私は眉をひそめた。
どうやら、私の体から湧き出す癒しの光が、秘宝の闇に打ち消されているのが原因のようだ。
封印ケースに入れてしまえれば良いのだが、サイズが大きくて入りそうにない。
しかし幸い、闇魔道士はスリープばかり唱えているし、ネドゥも雪山を噴火させたせいか、今は魔力切れのようだ。
傷の痛みを平気な顔で誤魔化しながら、私はネドゥに尋問を開始した。
「お前、セリスをどこにやったんだ?」
「バカね。上客の情報を漏らすわけないでしょ」
「精霊狩りがなぜ、ベルガノンを攻撃する?」
「んっふふ。教えてあげない」
全く怯える様子もなく、笑顔すら浮かべているネドゥ。
不死身の大剣士を前にして、随分と余裕なことだ。
不愉快に感じた私は、いくらか声を低くし、「言わないとひどい目に遭うぞ」と、凄みのある声を出してみた。
「ふふ。無理しちゃって。キラキラのあんた、女の子にひどいことできるタイプじゃないんでしょ?」
「なぜそう思うんだ」
「お見通しだよ。闇堕ち魔道士まで連れてきちゃって、ケガさせたくなかったんでしょ? やさしすぎじゃないの?」
「そんなことはない。こう見えても私は、冷酷な大剣士で通っているんだ」
「こんな場所に一人で来てる時点で、お人好し決定だよ」
柱に縛られているにも拘らず、ネドゥはずっと余裕な顔だ。
――どうも、何か見透かされているようだな。
眉をしかめ、元々良くない目つきをさらに悪くしてみたが、ネドゥは薄笑いを浮かべるばかりだ。
「私を甘く見るな。目的のためなら私は手段を選ばない。メロウムの檻に入れられるのが嫌なら、ファトムに力を返せ」
「何言ってるの? こんな気持ちいい力、手放すわけないでしょ?」
「無理だとは言わないんだな。お前、本当はファトムを愛してるんじゃないのか」
「バカ言わないで! そんな堅物、大嫌い!」
何か聞き出せないかとしばらく粘ってみたが、ネドゥはそれきり、何も言わなくなってしまった。
どうやら本当に、怒らせてしまったようだ。
ファトムは眠ったように反応がないが、闇のモヤだけはしっかり吐き出して、浄化が進んでいる感じもしない。
傷の痛みにだんだんと思考力がなくなり、私はぼんやりと、闇魔道士のスリープの詠唱を聞いていた。
タツヤに渡されたペンダントの効力が、切れはじめているのだろうか。
なんだか少し、うとうとする。
あまりにしつこいので、闇魔道士の口に、布切れを詰めてやった。
――ここで寝るのは……まずいだろ。
――光れ、癒しの加護、もっと、強く!
はっきりしない意識の中、強く願う。
もし、この癒しの力がシュベールとの契約なら、願いが届くこともあるかも知れない。しかし、残念ながら、私の癒しの加護は、自分の中から湧き出ているのだ。
――だがそうだ、私には風の微精霊がいたな。
「ヒール」
不死身の自分にヒールをかけるなんて、盲点過ぎて完全に忘れていた。
緑の光が傷口に集まり、ジクジクしていた傷が、瞬時に治っていく。
――愛されているな。
荷物でいっぱいのバッグに、首にかけられた三つのペンダント。癒しの加護をくれたシュベールや、願いを叶えてくれる風の微精霊達。
自分で思っている以上にたくさんの愛が、私が望む望まないに拘わらず、私を守っている。
急に沸き起こった妙な実感が、私の胸を温かくした。
寒い場所で長時間一人で過ごしていたせいか、気持ちが少し、弱ってしまったようだ。
何故だかすごく、皆が恋しい。
――弱ってる場合じゃない。光れ! もっと!
△
やがて夜がふけ、また朝が来た。
腕に抱えたファトムと闇魔道士は、思ったほど浄化が進んでいないようだ。だが、精霊の秘宝は、随分と禍々しさが薄らいでいた。
ネドゥの腹がキュルキュルと鳴りはじめると、私はバッグを探り、食べ物を探した。
「食べたいか?」
ミヤコがバッグに詰めてくれた硬いビスケットをちらつかせ、寝不足に引きつった顔で、ニヤリと笑う。
目を輝かせた彼女を見ながら、私はそれを自分の口に入れた。
「あんた、意外と悪いんだね」
「言っただろ。目的のためなら、私は手段を選ばない」
そう返事をしながら、私はガリガリとビスケットを噛み砕いた。ほのかな甘みが口に広がり、思っていた以上に美味い。
しかし、かなりパサパサで、口の中の水分が奪われた。
異世界の水筒を取り出した私を見て、ネドゥが不思議そうな顔をしている。
ミヤコが入れてくれた茶はもうすっかり飲んでしまったが、この水筒には、鍋で沸かした温かい雪解け水が入っているのだ。
「ふふふ」
「分かった。分かったから、その顔はやめて」
ニヤニヤしながらカップで湯を飲んでいると、ネドゥはついに根を上げた。
「一ついいことを教えてあげる。セリスは多分死んでないよ。精霊コレクターに売ったからね」
セリスの名前を聞いて、死んだようにじっとしていたファトムが、ピクリと反応した。彼が希望を持てば、浄化が早まるかもしれない。
「おぉ。いい情報だ。他には?」
「それを一個よこしなさい!」
ぱっくりと開いたネドゥの口に、ビスケットを一つ放り込む。
「硬い……。けどいける!」
「異世界の貴重な食べ物だぞ。ありがたく思え」
「その飲み物をくれたら、もっとすごいことを教えてあげるよ」
「言うのが先だ」
「だめ。先に飲ませてくれないと、絶対言わないよ」
仕方なくネドゥの口にカップをつけ、湯を飲ませた。彼女がひどく悪い顔をしていて、嫌な予感に胸がざわつく。
「はぁ、美味しい。ガンガン燃やすつもりで薄着しすぎたかな。温かい飲み物っていいよね」
「それで、すごいことってなんだ」
「んふふ。あんたの父親、アグスって言ったっけ? 今頃死んでるんじゃない?」
「はぁ?」
――なぜ、こいつから、父さんの名前が……?
思うように進まない浄化を待ちながら、私の心は、焦りと不安に駆り立てられていた。




