03 全てを抱えて。~お前らいい加減にしろ~
場所:セヒマラ雪山
語り:ターク・メルローズ
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「ネドゥは最初から、オレの力が欲しかっただけだったんだぁ。くそぅ。死ねぇ! 死ねぇ! ネドゥゥ!」
私の腕の中で、炎の精霊ファトムは、長い時間、そう喚いていた。これは彼の、本心か。それとも、秘宝の呪いだろうか。
騙されたと分かっていても、一度愛してしまった相手は、簡単には忘れられないものなのかもしれない。
しかしそうなると、セリスのことは、もう愛していないのだろうか。
少し不思議に思っていると、彼は次に、セリスの心配をはじめた。
「あぁ、可愛いセリスぅ……あの子は無事かぁ……」
「さぁな。だが、ネドゥを捕まえたら、セリスを売った先を聞き出そう」
私がそう言うと、ファトムは気怠そうな顔に、少し笑顔を浮かべた。彼が今愛しているのは、ネドゥなのか、それともセリスなのか。
一度はネドゥに浮気したファトムだが、今でもセリスが大切なことには、変わりがないようだ。
その時だ。突然轟音と共に地面が揺れはじめ、ドゴーンという轟音と共に、強烈な爆風が岩陰に居た私達の周りを吹き抜けた。
立ち上がって確認してみると、山の頂上から、煙が立ち上がり、溶岩が噴き出している。
「あぁ~。ネドゥだぁ。あいつぅ、好き放題しやがってぇ」
「噴火か!? これは、まずいな」
バッグに入っていた縄でファトムを背中にくくりつけると、噴石と溶岩を避けながら、私は、火口に向かった。
一刻も早く、ネドゥを捕まえ、馬鹿な行いを止めなくてはならない。
火口からはもくもくと嫌な匂いのする煙が上がり、肌が溶けそうなほど空気が熱い。
だが、カミルに渡された炎属性防御のペンダントが、私の首元で、その効果を発揮していた。
「ネドゥ、どこだ! 隠れてないで出てこい!」
私の呼びかけに、火柱の向こうから、ネドゥはその姿を見せた。
きわどい服装に身を包み、大きく露出した腰を、くねくねとひねって歩く妖艶な女だ。
その腰には、黒々と光る精霊の秘宝がぶら下がっている。火の精霊の力と秘宝の力を使い、彼女は火山を噴火させたようだ。
「んふ。すごいパワーでしょ。 あたい、激しいのって大好き」
彼女はそう言いながら、余裕な顔でゆっくりと私に近づいてきた。
高く噴き出す真っ赤な火柱、流れ出る溶岩、喉に突き刺さるようなガスと煙、飛んでくる噴石。
いくら、精霊の力を手に入れたからと、こんな場所で、平気でくねくねしていられるなんて、妙に肝の座った女だ。
ネドゥは上目遣いに私を見上げ、ねっとりとした仕草で、焦げ茶色の髪をかき上げた。
「あら、素敵。キラキラのあんた、もしかして、ターク・メルローズ?」
「お前、なんなんだ。早くこの騒ぎを鎮めろ」
「あらぁ、そんな怖い顔で、おこっちゃ、いやぁ……よ!」
ネドゥの瞳がギラっと光り、急に姿勢を低くしたかと思うと、低い位置から、鋭い小刀が私の腹部目掛けて突き上げられた。
不意打ちを狙ったようだが、私をターク・メルローズと知りながら、小刀で攻撃してくるとは変な女だ。
私はネドゥの腕をつかみ引き寄せると、彼女を小脇に抱えた。同時に、後ろから嫌な気配を感じ、横に回転しながら振り返ると、顔の見えない闇魔道士が、メロウムを持って襲いかかってくる。
本当のねらいは、どうやらこちらだったようだ。
――その手は食わない!
片手で大剣を振り、闇魔道士の手からメロウムを弾き飛ばすと、ネドゥの持っていた短剣が、私の脇腹に突き刺さった。
「やめろ、いたいぞ」
「放しなさいよ、くそ坊主!」
「いい加減にしろ! ここ、危なすぎだろ。場所を変えるぞ」
ぐさぐさ刺してくるネドゥの手から短剣を奪い取り、それを火の中へ投げ捨てる。
周りはすでに溶岩に囲まれ、ぐずぐずしていると逃げ場を無くしてしまいそうだった。
メロウムを失くした闇魔道士は、自分のローブが燃えているにもかかわらず、私に執拗にスリープをかけた。
タツヤに渡された状態異常軽減のペンダントが、それを弾き返している。
もう二日、まともに寝ていない私だが、こんな場所で眠るのは、流石にごめんだ。
「ネドゥ様の御心のままに……」
「あぁ、もう! お前もこい!」
闇魔道士の燃えるローブを剥ぎ取ると、ネドゥと同じように、妙に露出度の高い女だった。
――こんなのは殆ど下着と同じじゃないか?
そう思いながらも、黒いモヤにつつまれたその女を、私は腕に抱えた。
背中にはファトムと大きなバッグ、片腕には大剣とネドゥ、さらにもう片腕に闇魔道士を抱え、私は溶岩を避け、ジャンプした。
ほとんど足の踏み場がない中、足先を燃やしながら走り回り、なんとか雪の中に降り立つ。
改めて周囲を見渡すと、マグマと泥流がどんどん麓へ流れ落ちているようだった。
――砦は……カミル達は無事なのか?
不安に胸を軋ませながら、しばらく歩き回った私はそこに、雪に埋もれた精霊の遺跡の入り口を見つけた。
「その秘宝はここのものだな」
石レンガで出来たその遺跡は、噴火の衝撃であちこちが崩れ、天井から流れ込む溶岩と高温の泥に浸されていた。
奥まで進むことは出来ないが、とりあえず細かい噴石を防ぐ、屋根の役目くらいはしてくれそうだ。
ジタバタするネドゥ達を遺跡の柱に縄でしばった私は、どうしたものかと首を捻った。
――闇深いこいつらを連れ、山を降りるわけにはいかない。ここで浄化するしかないのか?
――しかし、この場所もいつまでもつか分からない。
――それに、闇が深すぎる。癒しの光を吸われすぎて、自分の傷すら治らないじゃないか。
刺された傷と、燃えた足先の治りが悪く、ジクジクとした痛みが広がっている。
寒いのか暑いのかも分からない中、焦る私の背中を、冷たい汗が流れ落ちていた。
雪山が噴火する中、精霊狩りのネドゥと闇魔導師に出会ったターク様。傷を負わされながらも、三人を抱え安全な場所を探して移動します。しかし、あまりの闇深さに自分の傷すら癒えず、ターク様は途方に暮れたのでした。
次回、第十六章第四話 光れ!もっと強く!~愛されたターク~をお楽しみに!




