02 炎の精霊ファトム。~ダメージが大きいな~
場所:セヒマラ雪山
語り:ターク・メルローズ
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セヒマラの山頂付近で、私、ターク・メルローズが、闇夜の中モヤを回収しはじめてから、どれくらい時間が経っただろうか。
朝になってようやくはっきりと、そのモヤを確認した時には、あまりに広範囲に広がるそれに、正直言ってうんざりした。
しかし、諦めることなくさらに一日作業を続け、次の朝には、かなりモヤを減らすことが出来た。
モヤの中から湧いてくる魔物達は、私に襲いかかってくるものもいるが、大体は砦を目指し、山を下っていってしまう。
モヤの中で、闇魔道士から指示を受けていると考えて間違い無いだろう。
私は早急に、このモヤを回収し、モヤを吐き出す精霊と、魔物を操っている闇魔道士を見つけ出す必要があった。
そして何より、精霊を闇に堕とし、その力を使って魔物に炎属性を付与している誰かが、このモヤの中に、潜んでいるはずだった。
闇に染まったシェンガイトを封印ケースにしまうと、新しい石をいくつか取り出し、モヤに入り込まないように気を付けながら、私は少しずつ山を登っていった。
昼になった頃、モヤが他の場所より濃く見える場所を見つけ、私はそこに近づいた。
濃いモヤの真ん中には、もくもくと闇のモヤを吐き出す、一人の干からびた精霊が横たわっていた。
「お前、どうしたんだ? なぜ、そんなに闇を吐き出している?」
私が質問すると、精霊は黙ったままゆっくりとこっちを向いた。その表情は気怠げで、少しの生気も感じない。
――男……か?
知り合いの精霊が女性ばかりのせいか、なんとなくまた女性だろうと思っていた私は、その精霊の姿に、少しだけおどろいた。
短い髪に、しっかりした眉、かくばった顎。痩せ細り、黒ずんでいるが、元は逞しい精霊だったのだろう。
「なんだぁ? お前、このオレを、どうするつもりだぁ」
「どうって、魔物が湧いて迷惑だからな。浄化してやる」
「やめろぉ。オレはこのまま、悲しみに沈んでいたいんだぁ。あっちへいけぇ。邪魔するなぁ」
「そうもいかない」
「はなせぇ……!」と、じたばたする精霊を腕に抱え込み、私は岩影に座り込んだ。
男を抱きしめるのは趣味ではないが、女じゃなくて助かった気もする。
私の光が体を包み込むと、精霊はさらに暴れ、ギャーギャーと喚きはじめた。
「やめろぉ! 眩しいのはいやだぁ! 闇に堕ちさせてくれぇ!」
「いいから、何があったのか言ってみろ。名前はなんだ? どうして闇を吐き出している。誰に力を投げ出した?」
私は腕に力を入れ、彼を締め上げながら、矢継ぎ早に質問した。
精霊の名はファトム。となりの山に住んでいた火の精霊らしい。
彼は、五年程前から自分の山に来るようになった人間の女に騙され、力を投げ渡してしまったと言う。
「いったい、誰なんだ? その女は」
「ネドゥだぁ……。五年間、あいつはずっと、オレのそばにいたぁ。だが、オレは少しも気がつかなかったんだぁ。あいつは、オレの恋人のセリスを人間に売った、精霊狩りだったんだぁ……」
悲しげにそう言って、涙を流すファトム。彼が泣くと、新しいモヤがもくもくと立ち上がった。
――精霊狩りだと……? オゾの仲間がまだ居たのか。
――しかし、こんなに闇が深くては、浄化が進みそうにない。
――どうにか、励まして元気づけなくては……。
しかし、落ち込んだ精霊を元気付ける役目に、私が適しているとは考え難い。
一言でも余計なことを言えば、かえって闇が深まってしまいそうだ。
――いっそ、キスでもして、さっさと帰るか?
――いや、それはちょっと、お互いにダメージが大きいな。
とりあえず腕の力を抜き、体勢を変えて彼の顔を眺めてみる。
しかし、やはり、キスは無理だった。
私に顔を見られた精霊の方も、ひどく引きつった顔をしている。力が入りすぎたせいか、怯えさせてしまったようだ。
――これではダメだ。悪化しかしない。
その時私は、また不意にミヤコの顔を思い出した。
私がどんな話をしていても、「聞いてますよ」と言うように、私の顔をじっと見ているミヤコの顔だ。
彼女は決して、話を邪魔せず、いつも欲しい時に欲しいだけ、やさしい相槌を返してくれるのだ。
私は彼女に誘導されるように、気がつくと色々な話を彼女にしていた。
そうして話しが終わった後は、いつもおどろくほどに、気分が晴れているのだった。
彼女のように上手くはできないが、真似事くらいは出来るだろう。
「話してみろ……聞いてやるから」
私は出来るだけ黙って、彼の話を聞くことにした。私が聞く姿勢を見せると、ファトムは私の腕の中で大人しくなり、ポツポツと、自分のことを話しはじめた。
彼の話はこうだった。
昔……まだ彼が、微精霊から小さなか弱い精霊になったばかりの頃。
この雪山に住む、氷の精霊セリスも、同じようにか弱い精霊だった。二人は恋人で、長い間、一緒に暮らしていたらしい。
しかし、十二年程前、精霊達の間で、とても重大な事件が起こった。
全ての属性の魔力を持ち、「白の大精霊」と呼ばれていた精霊が、突然その力を投げ出したのだ。
「エディアだぁ。あいつは突然オレ達のとこにやってきたぁ……オレを愛してると言っていたがぁ、見覚えのないやつだったなぁ……」
白の大精霊が投げ出した力は、各地の精霊達に授けられた。ファトムとセリスも、その時に強大な力を手に入れたと言う。
しかし、それが元で、二人は一緒に暮らすことが出来なくなったらしい。強すぎる炎と氷の力が、お互いにお互いを傷つけてしまうからだ。
「セリス……あぁ、可愛いセリスゥ……せっかく二人で、仲良く暮らしてたのにぃ……」
泣く泣くとなりの山へ引っ越し、セヒマラ雪山を眺めては、一途にセリスを想っていたファトム。そんな彼に、ネドゥは近づいた。
「オレはぁ、セリス以外に興味なんてぇなかったんだぁ……。だけど、ネドゥは落ち込むオレに、毎日会いに来てなぁ……。会えないセリスは忘れて、自分にしろって言ったんだぁ……」
しかし、そんな矢先、セリスは、突然この雪山から姿を消してしまった。
セリスがいなくなったことに気づき、ますます悲しみに暮れるファトムを、ネドゥは懸命に励ましたという。
「こんなにやさしい人間はぁ、なかなか居ないと思ったんだぁ……」
まさか、それが、ネドゥの仕業だとも知らず、ファトムは彼女を愛してしまったようだ。
弱みを作ってそこにつけ込むとは、かなり非道な女だ。
「あいつならぁ、この有り余る炎の力を、正しく使ってくれると思ったんだがなぁ……」
「正しく……か」
――愛したからと言って、自分の力の使い道を、人に委ねてしまうとはな。
――結果、自分の吐き出したモヤから魔物があふれ、その魔物が火を吹いてるんだぞ? 分かってるのか?
言いたいことは色々あったが、私はそれを、ぐっと飲み込んだ。
彼が何年も恋人に会えずにいたことを思うと、切なさが胸を抉ったからだ。
上手く相槌が出来たのかは分からないが、ファトムはよく喋り、いくらかスッキリしたようだった。
精霊達も困ったものだが、許せないのはやはり、人間を愛してしまう精霊達を、騙して売りさばく精霊狩りだろう。
――闇に苦しむ精霊達のためにも、精霊狩りは、全員捕まえてしまわなくては。
悲しみに震えるファトムを抱きしめながら、私はそんな決意を固めていた。
モヤの中で見つけた、精霊ファトムの闇を鎮めようと、彼を抱きしめたターク様。強引に押さえつけ、癒しの光で浄化を試みた彼ですが、まずはファトムを落ち着かせることが大事だと気付きます。そんな時に思い出したのは、やはり宮子の顔でした。
次回、第十六章第三話 全てを抱えて。~お前らいい加減にしろ~をお楽しみに!




