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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第16章 燃ゆる雪山

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02 炎の精霊ファトム。~ダメージが大きいな~

 場所:セヒマラ雪山

 語り:ターク・メルローズ

 *************



 セヒマラの山頂付近で、私、ターク・メルローズが、闇夜の中モヤを回収しはじめてから、どれくらい時間が経っただろうか。


 朝になってようやくはっきりと、そのモヤを確認した時には、あまりに広範囲に広がるそれに、正直言ってうんざりした。


 しかし、(あきら)めることなくさらに一日作業を続け、次の朝には、かなりモヤを減らすことが出来た。


 モヤの中から()いてくる魔物達は、私に襲いかかってくるものもいるが、大体は砦を目指し、山を下っていってしまう。


 モヤの中で、闇魔道士から指示を受けていると考えて間違い無いだろう。


 私は早急に、このモヤを回収し、モヤを吐き出す精霊と、魔物を操っている闇魔道士を見つけ出す必要があった。


 そして何より、精霊を闇に()とし、その力を使って魔物に炎属性を付与している誰かが、このモヤの中に、(ひそ)んでいるはずだった。



 闇に染まったシェンガイトを封印ケースにしまうと、新しい石をいくつか取り出し、モヤに入り込まないように気を付けながら、私は少しずつ山を登っていった。


 昼になった頃、モヤが他の場所より濃く見える場所を見つけ、私はそこに近づいた。


 濃いモヤの真ん中には、もくもくと闇のモヤを吐き出す、一人の干からびた精霊が横たわっていた。



「お前、どうしたんだ? なぜ、そんなに闇を吐き出している?」



 私が質問すると、精霊は黙ったままゆっくりとこっちを向いた。その表情は気怠(けだる)げで、少しの生気(せいき)も感じない。



 ――男……か?



 知り合いの精霊が女性ばかりのせいか、なんとなくまた女性だろうと思っていた私は、その精霊の姿に、少しだけおどろいた。


 短い髪に、しっかりした眉、かくばった顎。痩せ細り、黒ずんでいるが、元は(たくま)しい精霊だったのだろう。



「なんだぁ? お前、このオレを、どうするつもりだぁ」


「どうって、魔物が湧いて迷惑だからな。浄化してやる」


「やめろぉ。オレはこのまま、悲しみに沈んでいたいんだぁ。あっちへいけぇ。邪魔するなぁ」


「そうもいかない」



「はなせぇ……!」と、じたばたする精霊を腕に抱え込み、私は岩影に座り込んだ。


 男を抱きしめるのは趣味ではないが、女じゃなくて助かった気もする。


 私の光が体を包み込むと、精霊はさらに暴れ、ギャーギャーと(わめ)きはじめた。



「やめろぉ! まぶしいのはいやだぁ! 闇に堕ちさせてくれぇ!」


「いいから、何があったのか言ってみろ。名前はなんだ? どうして闇を吐き出している。誰に力を投げ出した?」



 私は腕に力を入れ、彼を締め上げながら、矢継(やつぎ)ぎ早に質問した。


 精霊の名はファトム。となりの山に住んでいた火の精霊らしい。


 彼は、五年程前から自分の山に来るようになった人間の女に騙され、力を投げ渡してしまったと言う。



「いったい、誰なんだ? その女は」


「ネドゥだぁ……。五年間、あいつはずっと、オレのそばにいたぁ。だが、オレは少しも気がつかなかったんだぁ。あいつは、オレの恋人のセリスを人間に売った、精霊狩りだったんだぁ……」



 悲しげにそう言って、涙を流すファトム。彼が泣くと、新しいモヤがもくもくと立ち上がった。



 ――精霊狩りだと……? オゾの仲間がまだ居たのか。


 ――しかし、こんなに闇が深くては、浄化が進みそうにない。


 ――どうにか、(はげ)まして元気づけなくては……。



 しかし、落ち込んだ精霊を元気付ける役目に、私が適しているとは考え(にく)い。


 一言でも余計なことを言えば、かえって闇が深まってしまいそうだ。



 ――いっそ、キスでもして、さっさと帰るか?


 ――いや、それはちょっと、お互いにダメージが大きいな。



 とりあえず腕の力を抜き、体勢を変えて彼の顔を眺めてみる。


 しかし、やはり、キスは無理だった。


 私に顔を見られた精霊の方も、ひどく引きつった顔をしている。力が入りすぎたせいか、怯えさせてしまったようだ。



 ――これではダメだ。悪化しかしない。



 その時私は、また不意にミヤコの顔を思い出した。


 私がどんな話をしていても、「聞いてますよ」と言うように、私の顔をじっと見ているミヤコの顔だ。


 彼女は決して、話を邪魔せず、いつも欲しい時に欲しいだけ、やさしい相槌(あいづち)を返してくれるのだ。


 私は彼女に誘導(ゆうどう)されるように、気がつくと色々な話を彼女にしていた。


 そうして話しが終わった後は、いつもおどろくほどに、気分が晴れているのだった。


 彼女のように上手くはできないが、真似事(まねごと)くらいは出来るだろう。



「話してみろ……聞いてやるから」



 私は出来るだけ黙って、彼の話を聞くことにした。私が聞く姿勢を見せると、ファトムは私の腕の中で大人しくなり、ポツポツと、自分のことを話しはじめた。



 彼の話はこうだった。



 昔……まだ彼が、微精霊から小さなか弱い精霊になったばかりの頃。


 この雪山に住む、氷の精霊セリスも、同じようにか弱い精霊だった。二人は恋人で、長い間、一緒に暮らしていたらしい。


 しかし、十二年程前、精霊達の間で、とても重大な事件が起こった。


 全ての属性の魔力を持ち、「白の大精霊」と呼ばれていた精霊が、突然その力を投げ出したのだ。



「エディアだぁ。あいつは突然オレ達のとこにやってきたぁ……オレを愛してると言っていたがぁ、見覚えのないやつだったなぁ……」



 白の大精霊が投げ出した力は、各地の精霊達に授けられた。ファトムとセリスも、その時に強大な力を手に入れたと言う。


 しかし、それが元で、二人は一緒に暮らすことが出来なくなったらしい。強すぎる炎と氷の力が、お互いにお互いを傷つけてしまうからだ。



「セリス……あぁ、可愛いセリスゥ……せっかく二人で、仲良く暮らしてたのにぃ……」



 泣く泣くとなりの山へ引っ越し、セヒマラ雪山を眺めては、一途にセリスを想っていたファトム。そんな彼に、ネドゥは近づいた。



「オレはぁ、セリス以外に興味なんてぇなかったんだぁ……。だけど、ネドゥは落ち込むオレに、毎日会いに来てなぁ……。会えないセリスは忘れて、自分にしろって言ったんだぁ……」



 しかし、そんな矢先(やさき)、セリスは、突然この雪山から姿を消してしまった。


 セリスがいなくなったことに気づき、ますます悲しみに暮れるファトムを、ネドゥは懸命(けんめい)に励ましたという。



「こんなにやさしい人間はぁ、なかなか居ないと思ったんだぁ……」



 まさか、それが、ネドゥの仕業(しわざ)だとも知らず、ファトムは彼女を愛してしまったようだ。


 弱みを作ってそこにつけ込むとは、かなり非道な女だ。



「あいつならぁ、この有り余る炎の力を、正しく使ってくれると思ったんだがなぁ……」


「正しく……か」



 ――愛したからと言って、自分の力の使い道を、人に(ゆだ)ねてしまうとはな。


 ――結果、自分の吐き出したモヤから魔物があふれ、その魔物が火を吹いてるんだぞ? 分かってるのか?



 言いたいことは色々あったが、私はそれを、ぐっと飲み込んだ。


 彼が何年も恋人に会えずにいたことを思うと、切なさが胸を(えぐ)ったからだ。


 上手く相槌が出来たのかは分からないが、ファトムはよく(しゃべ)り、いくらかスッキリしたようだった。



 精霊達も困ったものだが、許せないのはやはり、人間を愛してしまう精霊達を、(だま)して売りさばく精霊狩りだろう。



 ――闇に苦しむ精霊達のためにも、精霊狩りは、全員捕まえてしまわなくては。



 悲しみに震えるファトムを抱きしめながら、私はそんな決意を固めていた。



 モヤの中で見つけた、精霊ファトムの闇を鎮めようと、彼を抱きしめたターク様。強引に押さえつけ、癒しの光で浄化を試みた彼ですが、まずはファトムを落ち着かせることが大事だと気付きます。そんな時に思い出したのは、やはり宮子の顔でした。


次回、第十六章第三話 全てを抱えて。~お前らいい加減にしろ~をお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[一言] ターク様は精霊を救う為に鎮めることを願い行動ってみやこの影響ですね(* ᴗ͈ˬᴗ͈)” 何とか、頑張って彼を救って欲しいですね! 俺も花車様の話に癒しをもらって…。 いつもありがとうございま…
[良い点] キスはお互いにダメージが大きいな……。笑 確かにっ! 笑ってしまいました(๑>◡<๑)笑笑 精霊だった人間だって、闇堕ちしますよねぇ。 共感しちゃいます。
[良い点] 精霊は純朴なので、悪意の面では遠く人間に敵いませんね。可哀想に。この世から悪い人間がいなければなぁ、とありがちなことを思ってしまいました。ファトム、愛嬌あるのに、それを一切理解しないターク…
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