01 レムスルドラに来たマリル。~まぁ、ドロドロですのね~
場所:レムスルドラ
語り:マリル・フラン
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「マリルちゃん、来てくれたんだね。エロイーズちゃんも、ありがとう」
「えぇ。国家魔術機関からの要請ですもの。ベルガノンの英雄としては、断れませんわ」
「お迎えありがとうございます! カミルさん」
エロイーズを従え、極寒のレムスルドラに到着したわたくし、マリル・フランは、転送ゲートのある街の南の端で、カミルさんに出迎えられた。
「静かですわね」
「一応、みんな避難させたからね。居るのは砦を守る兵達だけだよ。あ、あと、タークは登山中」
「まぁ、ターク様がセヒマラ雪山に?」
「モヤを消してこいって、ガルベル様に言われたみたいでさ」
「ガルベル様は相変わらず、人使いが荒いですわね。あのモヤは危険ですのに」
まるでゴッドタウンのような、誰もいない街の路地を歩き、わたくし達は砦を目指した。
わたくしが頼まれたのは、万が一、雪崩が起きた時、砦や街を守るための燃える鉄壁だ。
闇のモヤから魔物が降りてきていると聞き、初めは皆、六メートルの巨大な魔物を想像したのだろう。
実を言うと、わたくしが出発する頃には、その心配は無さそうだと連絡が来たのだけれど、ターク様が来ていると聞いて、気がつくとわたくしはここまで来ていた。
と言っても別に、これはわたくしが、まだターク様に未練があるとか、そういうことではなく……。
ただ、あの日、濁流が押し寄せたポルールで、伸ばした手が私に届かず、「マリル」と叫んだ彼の、悔しそうな顔を思い出したのだ。
ターク様がそうであったように、わたくしもあの時は、本当に悔しかった。
わたくしが砦を守るのだと、意気込んで唱えたバーニングアイアンウォール。
強く高く大きく、そして熱いわたくしの鉄壁が、茶色い濁流に飲み込まれ、絶望に沈んだ所を、ミヤコさんのラストリカバリーに救われた。
今、英雄としてもてはやされていることは、決して悪い気はしないけれど、どうしても少し、心に引っかかってしまう。
瞬時にそんな負の感情を思い出したことで、わたくしは少し、不安になったのかもしれない。
――何となく、嫌な予感がしてきてしまったけれど、取り越し苦労だったかしら。
――だけど、何事もないならそれが一番ですわ。
砦についたわたくしを、兵達は、かしこまった敬礼で出迎えた。
「英雄マリル・フラン様に、敬礼!」
「ふふ。ごきげんよう」
砦の階段を登り、屋上に出ると、山から降りてきた魔物達と戦っている、イーヴさんと、彼の騎士団の騎士達の姿が見えた。
「まぁ、ドロドロですのね」
「うん、雪山から泥が流れてくるんだよね」
てっきり、騎士達は白い雪の上で戦っているのかと思っていたけれど、彼らの戦う足元は、黒い泥に覆われていた。
セヒマラ雪山を見上げると、燃える魔物達の降りて来た道が、何本も黒くはっきりと見えている。
そこだけ雪が溶け、流れ出した水によって泥流が起こり、麓まで流れて来ているようだ。
「泥にワァーム。最悪ですわね」
泥の中、近接戦でワァームやトカゲと戦う騎士達には、本当に頭が下がる。
この魔物達、イエティ以外は一見放っておいても、砦には影響がなさそうに見えるけれど、そのままにしておくと、壁面を登って砦を越えてしまうようだ。
街中を這い回られると、街が火災に襲われてしまうだろう。
一方、砦から放たれる魔導砲は、ズキュン、ズキュンと、降りてくるイエティを蹴散らしている。
魔導砲の威力は凄まじいけれど、イエティは大きく、数もなかなか多い。
「加勢して差し上げたいけれど、炎属性攻撃はあまり効果がなさそうですわね」
わたくしはそう言って、もう一度、高く立ちはだかるセヒマラを見上げた。
ターク様が精霊の闇のモヤを回収に向ってから、既に四十時間近くが経過し、夕暮れ時の今は、雪に覆われた山頂がうっすらと見えていた。
「一昨日は真っ黒だったんだけどね。かなりモヤの回収が進んで、山頂が見えて来たよ。おかげで魔物が減って、余裕が出て来た所だよ」
「だけど、ターク様、闇に堕ちた精霊の浄化は、どうなさるおつもりかしら」
「んー……」
わたくしの質問に、渋い顔で口をすぼめたカミルさん。
今頃ターク様は、闇に堕ちた精霊を、抱きしめているのかもしれない。
「だけど、それじゃ何日かかるか分かりませんわ。加勢を呼ばなくてはいけないんじゃありませんの?」
「加勢……。そっか、なるほどね」
カミルさんが何か思いついたようにそう言った時、突然大きな爆発音が鳴り、セヒマラ雪山の山頂から、真っ赤な炎と、真っ黒な煙が噴き出した。
「きゃぁ!? 何事ですの!?」
「ふ、噴火してる!」
次の瞬間、直径三メートルはありそうな巨大な岩が、砦目がけて飛んできた。
「バッ、バーニングアイアンウォール!」
咄嗟に叫んだことで、砦の前に巨大な鉄の壁が立ち上がる。飛んできた岩はその壁に直撃し、ガコーン! と、大きな音を立て落下した。
「マリルちゃん、最高! 砦が壊れるところだったよ」
「だけど、あまり長くは持ちませんわ! ミヤコさんがいれば助かるんですけれど」
「ミヤコちゃんはもう、あの力を失くしたみたいだよ」
「そ、そうなんですの!? ついに体を入れ替えたんですのね」
「魔力回復ポーションならいっぱいあるけど、たくさん飲むのキツイよね」
「頑張りますわ。それより、ターク様が心配です! お願いです、誰か様子を見てきてください!」
「そ、そうだね。イーヴ先生にお願いしてみるけど、大丈夫かな? 先生」
そうこう言っている間にも、巨大な噴石が、ガンゴンと鉄壁に直撃している。
雪山から砦までの間の泥沼に、ズドン、バシャンと、噴石の落ちる音が聞こえ、騎士達の悲鳴が轟いている。
――どうしましょう、このままでは鉄壁が邪魔で、騎士達が、逃げる場所がありませんわ。
――でも、今鉄壁を消せば砦が……。
戸惑う私の頭上を、イーヴさんが騎士達を抱えて飛び越えていった。
どうやら、彼らの避難は問題なさそうだ。
――だけど、戦うのを止めてしまったら、トカゲとワァームが……。
青ざめながら上を見上げると、燃える鉄壁を乗り越えた巨大なワァーム達が、わたくしの上に、降ってくるのが見えた。
「いやぁぁー!」
「マリル様、お任せ下さい! シャイニングシールド!」
ガチャガチャとなるエロイーズの大きな盾が、金色のまばゆい光を放ち、さらに大きくなって、落ちてきたワァームを跳ね返す。
砦の屋上に落ちてなお、くねくねと動きながら襲いかかってくるワァーム達の頭を、彼女の光る槍が、正確に貫いていく。
――眩しい……。強くなりましたわね、エロイーズ。
この一年で、光属性魔法を強化したエロイーズに守られながら、カミルさんが置いていったポーションをがぶ飲みし、わたくしは必死に、燃える鉄壁を維持した。
「今度は、今度こそは、負けませんわ!」




