06 妹弟子はカミル。~ポルールには戻れない~[挿絵あり]
場所:王都(訓練所)
語り:ターク・メルローズ
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「なにもせず待っていろよ」
その朝、私、ターク・メルローズは、それだけをミヤコに告げると、すぐに屋敷を出た。
訪れたのは王都にある剣術の訓練所だ。街に戻っているからといって、訓練を欠かすわけにはいかない。
その日の私は、久しぶりに体調がよかった。昨晩よく眠ったせいか、いつも石のように重かった頭がかなりスッキリして、魔力も多めに回復していた。
――ミヤコか……。あれは不思議なゴイムだな。
私が一人剣を振るっていると、一人の女性剣士が、私に駆け寄ってきた。にこやかな顔で大きく手をふりながら、結いあげた深い藍色の髪を風になびかせている。
彼女は、同じ師匠のもと、幼いころからともに剣の修行をしてきた、妹弟子のカミルだった。
彼女は王都の警備を任され街に残り、第三防衛隊の隊長をしていた。
戦地より比較的安全とはいえ、王都にも隣接するアーシラの森から、頻繁に魔物が近づいてくる。それらを撃退したり、増えすぎないよう事前に退治するのが彼女の役目だ。
「やぁターク、今日はずいぶん調子がよさそうじゃないか。なにかあったのか? わぉ、魔力がいつもより回復してるね」
いつもと違う私の様子に驚いた彼女は、すぐに私のステータスを確認してきた。
「勝手に見るな。昨日は久々によく寝たからな、少し多めに回復できただけだ」
「きみが? よく寝ただって? 僕はてっきり噂のゴイムを使ったのかと思ったよ。それで驚いたのさ」
少しオーバーなくらいの身振りで目を瞬かせ、彼女は驚きを表現している。こういうときの彼女は、とても面倒だ。
「使うって……。彼女はただのケガ人だぞ。私がゴイムを使わないことくらい、お前ならわかるはずだ」
「まぁね」
カミルの詮索するような視線を振り払うように、私は剣を振りつづけた。そんな私の一挙一動を、彼女は見逃すまいと見詰めている。
カミルの詮索は始まると止まらない。ムキになる性格のため、マリルと違ってはぐらかすのも難しい。こうやって忙しそうなオーラを出すくらいしか、対策が思いつかないのだ。
しかし、今日の彼女は、私のかまうなオーラにも、まったく動じる様子がなかった。不満そうに腕組みをしながら、じっと私を見ている。
「ふーん。そんな使えないゴイムに、きみの貴重な魔力や時間を使うなんてね。そのゴイムって記憶喪失なんだろ? もう記憶は戻ったのかい?」
「まだだ……」
「なんだそれ。じゃぁまだ所有者が見つからないんだね。帰りたくなくて、嘘ついてるだけじゃないの?」
疑わしいという目つきをする彼女に、私は背中を向けた。
「まぁ、所有者はすぐに見つかるさ。心当たりには手紙を出してあるし、使用人たちにも調べさせているからな」
「まったく、きみがそこまで世話を焼く必要があるの? きみは不死身の大剣士なんだよ?」
「そうは言っても、せっかく治療したものを、外に放り出すわけにはいかないだろ」
「きみってやつはさ。そんなのだれかに任せればいいだろ。だいたい、きみに、回復魔法は似合わないよ。きみは光の剣士だろ? どうして風属性魔法なんて取っちゃうかな?」
彼女の言うとおり、光の剣士である私が、風属性の回復魔法を習得しているのは、だれもが疑問に思うところだった。
専門外の属性魔法を習得することは、専門属性魔法の威力を下げると言われている。そもそも癒しの光を纏った私には、本来必要ない魔術だ。
「知るわけないだろ。イーヴ先生の指示で取ったんだよ」
私がそう答えると、彼女は両の手のひらを上に向け、呆れたように肩をすくめた。
「ターク。街のことは僕たちに任せてさ、さっさとポルールの戦いを終わらせてきてよ。きみは、この国の希望なんだからさ」
「わかってるさ……」
カミルの言うことは、まったくもってそのとおりだ。あまりにも耳が痛くて、剣を振る手も止まってしまう。
彼女から飛び出す言葉のひとつひとつが、刃のようにぐさぐさと、私の心に突き刺さった。何度はぐらかしたところで、彼女は私を見るたびに、何度でも同じことを言ってくる。
「でもまぁ……いまは心配ない。ポルールにはイーヴ先生とガルベル様がおられるのだ。私がいなくてもすぐに戦況は回復するさ」
情けないことに、いまの私は、そんなことを言うのが精一杯だった。
そもそも、「はいそうですね」と、戦地に戻れるなら、国の危機に呑気に屋敷に帰ってきたりはしない。
私の動きが止まると、彼女は透かさず近づいてきて、私の顔を覗きこんだ。
その輝くサファイアのような瞳は、私がなにかボロを出さないかと、ワクワクしているようだった。こんなやつに、嘘をついても余計面倒になるだけだ。
「あのさ、どうして街に戻ったのか、そろそろ教えてくれない?」
「前にも言ったとおりだ。私は療養中だよ。お前だから言うが、ほかのヤツには言うんじゃないぞ」
「なにが療養だよ。ふざけてるの? 不死身のターク君」
「ふざけてない。これもイーヴ先生の指示だ」
「なんでもイーヴ先生のせいにするの、やめてくれる?」
「あー、うるさいな、お前は」
しつこく詮索しておいて、教えても信じないとは困ったやつだ。私の不機嫌を察した彼女は、ようやく口を閉じ不満そうに唇を尖らせた。
私は大剣を背中に戻し、なんとなしに視線をしたに落とした。見ると、カミルの隊服は膝のあたりが破れ、血が滲んでいる。
「カミル、わざわざ私に話しかけてきたと思ったら、やっぱりケガしてるな」
「あ、やっと気付いてくれたの? 魔物の攻撃をかわしたら転んじゃってさ」
「お前、私に回復魔法が似合わないとか、どの口で言ってるんだ?」
私はため息をつきながら、カミルの膝にヒールをかけてやった。彼女は魔力は高いが、勢い任せな行動が多く、昔からケガが多い。
私の回復魔法は、実を言うと、カミルのために習得したものだ。しかし彼女は、この事実をまったく知らないのだった。




