09 彷徨える宮子。~お豆の歌を歌いながら~
場所:モルン山
語り:名城達也
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――あれ? 僕、どうしてこんな体勢で寝てるんだっけ?
――やわらかい……。って、うあぁ! みやちゃんの膝の上!?
自分がとんでもない場所で爆睡してしまったことに気付いた僕、名城達也は、飛び上がるように体を起こした。
あれからどれくらい時間が経ったんだろう。まだ日があったはずの外が、すっかり暗くなっている。
――勢いで魔力を使いすぎたみたいだ。次から気をつけないと。
そう思いながらも、さっき自分が使った魔法の数々を思い出すと、僕はなんだか、胸が熱くなった。
精霊は僕の願いを、正確に感じ取り、それを口に出さずとも、全て叶えてくれたのだ。
確かに僕は、闇の精霊に愛されているみたいだ。それも、勝手に願いを読み取っては、勘違いで魔法を暴発させる微精霊達じゃなく、何かもっと理性のある、すごい精霊に……。
さっき魔法を使った時、僕の頭に響いた、ノーラそれが彼女の名前だと思う。
――みやちゃん、大丈夫かな?
みやちゃんの顔をのぞき込んでみると、彼女はすやすやと寝息を立てていた。傷からばい菌が入って、熱が出たりするのを心配していたけれど、今のところ、大丈夫そうだ。
とりあえず、キッチンに降りた僕。夕飯の支度をしようか、と思ったけれど、さっきの騒ぎで、思いの外服が汚れていることに気付いた。
ダークアローでやっつけた魔物の中に、変な汁を飛ばしてくる奴がいたのだ。
――軽く体を流して、着替えてからにしよう。
風呂場で体を流していると、ダイニングの方でガサゴソと人の気配がした。みやちゃんが起きてきたのかもしれない。
歩けるみたいで良かった、と思いながら、急いで体を流し、服を着る。
「みやちゃん? すぐ夕飯作るね。……あれ?」
ダイニングに戻ってみたけれど、彼女の姿がみあたらない。
部屋を見にいくと、扉が開けっぱなしになっている。
中をのぞいてみても、彼女の姿はなかった。
――嘘だ……。どうして?
大慌てで階段を駆けおり、玄関に目をやると、扉が少し開いていた。
――確かに封印したのに!
――いや、そう言えばあの封印、掛けた側からは普通に開くんだった。
――でも、まさか、どうして外に?
頭が真っ白になるのを感じながら、僕は外に飛び出した。小雨が降っていて、とても冷たい。
魔物も絶対いるけど、黒いのが多いし暗くてよく見えない。下手に声をあげると、やられてしまいそうだ。
必死に走って草原に出たけれど、彼女の姿が見えない。まさか、こんな夜中に、一人で山に入ってしまったのだろうか?
オロオロしながら彼女の痕跡をさがして戻ると、地面のぬかるみに、彼女の足跡を見つけた。小屋から真っ直ぐに、森に入ってしまったようだ。
僕は意を決して、彼女の後を追い、山に入った。
山の中は、思った通り、魔物だらけだった。だけど、魔物達は、僕をみても動こうとしなかった。
よく見ると、豆のツルに足を絡め取られ、身動き出来ないようだ。
しばらくツルをたどっていくと、僕は彼女を見つけた。彼女は豆の生える歌を歌いながら、山の中を真っ直ぐに進んでいる。
「みやちゃん、どこいくの? まさか、ターク君に会いにいくつもり?」
話しかけても、彼女は返事もしないし、こっちを向こうともしない。
それどころか、歌を歌い続け、僕を豆のツルに閉じ込めようとしているようだった。
「心配なのは分かるけど、僕に黙って行くなんて、あんまりだよ。そんな足で、山を降りられると思ってるのか!?」
流石に少しイライラして、僕が大きな声を出すと、彼女はゆっくり振り返った。
その瞳は、ぼんやりとして、意識があるのかもよく分からない。まるで、誰かに操られているようだ。
「み、みやちゃん?」
僕が彼女を捕まえようと足を踏み出すと、彼女は突然僕を引っ張った。足がツルにひっかかり、僕はみやちゃんと一緒に地面に倒れた。
倒れた先は、急な下り坂になっていた。二人で抱き合ったまま、僕達はゴロゴロと転がり、最後に大きな段差で飛ぶように地面に投げ出された。
「いったぁ……何するの? みやちゃん」
「危ない。危ないよ、達也、魔物がいたよ」
ぼんやりした顔のまま、みやちゃんがつぶやいている。どうやら、魔物から僕を助けようとしたらしい。
「まだいる。いっぱい」
「大丈夫、僕に捕まってて」
僕はみやちゃんを抱き上げ、山の中を魔物を避けて移動した。さっき少し寝たけど、魔力は少ししか回復していない。
――ポーション探して飲むんだった。
慌てて飛び出したことを少し後悔したけれど、今更言っても仕方がない。出来るだけ魔法は使わず、彼女を小屋に連れて戻りたい。
だけど、僕達は、結構な段差を転がり落ちていた。
足をケガしたみやちゃんと一緒では、元きた道には戻れない。
しかも、魔物を避けながらでは、思った方向にも、なかなか進むことが出来なかった。
真っ暗な中をウロウロしているうち、僕は完全に、帰り道を見失った。
体を流している間に、宮子が小屋から出て行ってしまい焦る達也。宮子は豆の生える歌で魔物を足止めしつつ、森の中を一直線に進んでいました。なんだかぼんやりして、様子のおかしい宮子と共に、達也は山の中で帰り道を見失ってしまうのでした。
次回、第十五章第十話 おとなしくして。~僕はそろそろ限界だよ~をお楽しみに!




