08 無言の逃走。~達也さん、全自動ですか?~
場所:ガルベルの小屋
語り:小鳥遊宮子
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「ダークアロー!」
達也は呪文を唱え、カッコよく杖を持った腕を掲げた。
すると、彼の周りに三張りの黒い弓が出現し、矢の形をした魔力の弾丸が、昨日とは比べ物にならない威力で前方に飛びだした。
その矢が魔物払いの結界を越え、太い木の幹に突き刺さると、直径十センチほどの穴が三つ空く。
「すごい! 弓が三張りでたよ? 昨日は一張りだったよね?」
「こ、こわい……。どうしてこんな、急激に強化されてるの? 危なくて使えないよ」
急に弓の数が増え、飛距離や威力も上がったダークアローに、達也は戸惑った顔をした。
――確かに、戦う予定もないのに、こんな攻撃魔法、こわいだけだよね。
――火や水属性なら、便利な生活魔法が色々あったのに。
――達也に闇属性魔法は、やっぱり可哀想かも。
だけど、小さなキノコや泥団子しか出せない私に比べると、達也の魔法は、何だかすごい。
このダークアローも、三張り以上は初級じゃなくて中級魔法のはずだし、そもそもダークボールは、威力が低いとは言え、分類的には上級魔法のはずだった。
――やっぱり、達也は何やらせてもすごいな。
そんなことを思いながらも、しょんぼりする達也を励ましていると、何かスカートを引っ張られたような感じがして、私はふと、足元を見た。
――小さい……ゴブリン!?
私の、地面スレスレの長さがあるスカートを引っ張っていたのは、身長三十センチほどの、小さな悪魔のような魔物だった。
緑の体に吊り上がった目、口元には鋭い牙。おどろくほどの悪人顔で、小さいけれど普通に怖い。
「ひゃっ!」と、叫んだ瞬間、ゴブリンがスカートに入り込み、私の脛にかじりついた。
「いやぁ! 痛い! 痛い!」
あまりの痛さに、草の上にころがり、ジタバタと足を振るけれど、ゴブリンはなかなか離れようとしない。
「みやちゃん!? どうしたの?」
「足、噛まれてる!」
「えぇ!?」
達也は慌てた顔で、ジタバタする私のスカートをめくった。
――ぎゃぁ!
違う意味で叫びそうになったけれど、今はそれどころじゃない。
足にしがみついているゴブリンを見つけると、達也はそれを鷲掴みにした。
「枯れろ」
唸るような低い声で、達也がそうつぶやくと、ゴブリンの体が、しおしおと縮み、みるみるうちに、ミイラのようになっていく。
力なく私を放したゴブリンを放り投げ、達也が私を抱き上げた。
それはまるで、重力を失ったかのように、軽々と。
――え、達也さん、これ、重力魔法出てませんか?
おどろきに口を開いた私を抱えたまま、達也は小屋に向かって走り出した。
「まずい、完全に結界きれてるよ。これ!」
走り出した達也の前にオークが飛び出してくると、彼の周りに三張りの弓が出現し、放たれた矢がオークを貫く。
――達也さん!? 詠唱は? 杖は?
――魔法、全自動ですか?
あまりのことに、脳内つっこみが全部敬語になってしまう。
達也は、何匹も出てきた魔物をダークアローで次々と倒しながら、ガルベルさんの小屋に駆け込んだ。
「だぁっ。なんだよ、なんで結界切れてるの!? 焦った……」
背中で扉を閉めながら、怒った声で叫ぶ達也。
はぁ、はぁと息を切らしつつも、私を椅子に座らせると、「待ってて。扉に封印かけれるか試してみるよ」と入り口に戻った。
――封印って、あの時の……?
先日、ガルベルさんがターク様を閉じ込めるのに使った封印魔法は、確かに闇属性だった。
だけど、彼女は呪文を唱えたわけでもない。一度見たことがあるだけで、出来るものなんだろうか?
首を傾げながら眺めていると、達也が無言で扉に手をかざしただけで、あの時と同じように、扉に黒い魔法陣が現れ、扉全体が黒く光りはじめた。
「封印出来たみたい」
「達也、凄すぎ。ガルベルさんみたいだよ?」
「なんだろうね。自分でもおどろいたよ。だけど、君を守れるなら、闇属性も悪くないな」
「ありがとう、すごくカッコよかったよ!」
「ケガする前に気付ければもっと良かったんだけど。とにかく、傷口を洗おう」
この間まであんなにラストリカバリーを暴発していたのに、今は何の治癒魔法も使えない私。
幸い、土属性魔法には「キュアフラワー」という範囲回復魔法があるのだけれど、中級以上の魔法で、今の私には使えそうになかった。
また達也に抱き上げられ、お風呂場に向かう。今度は少し重そうに、達也は私を持ち上げた。
「どうやら、魔力使い切ったみたい」
「ごめん、重いね。自分で歩くよ」
「大丈夫、任せて」
達也は少しふらふらしながらも、洗い場で私の足を洗うと、今度は階段を登り、私をベッドまで運んだ。
「大丈夫? 魔力切れきついんじゃ……ポーション飲む?」
「ううん、どこにあるかわかんないし、後でいいよ。それより、足かなり痛そうだね」
「こんなの全然平気だよ」
そう言いながら、改めて噛まれた後を見てみると、ギザギザの歯や、牙が刺さった深い跡がつき、皮膚は青紫に変色して、結構大きく腫れている。
食いちぎられなかったのは幸いだけど、なかなかにズキズキしていた。
――情けない。何にも出来ないし、結局達也にも迷惑かけてばっかり。
達也はベッドの傍に座り、傷に薬を塗って、包帯を巻いてくれた。
あまりに器用で手際が良く、ただただ感心してしまう。
だけど、その顔色はかなり悪く、体がふらふらと前後に揺れていた。
「一応処置したけど……油断……できない……な……」
そう言いながら、達也は気を失ったようにバタッと突っ伏してしまった。
「達也!? 大丈夫?」
慌てて声を掛けたけれど、反応がない。顔を近づけてみると、スゥスゥと寝息が聞こえてきた。
「寝てる……」
急に魔力を使い切って、疲れてしまったのだろうか。彼は突然、私の膝の上に頭を乗せたまま、完全に寝てしまった。
――この足じゃ運ぶのも無理だし、起こすのも可哀想かな。
――まぁいいや、私も寝よう。
達也を起こさないよう、ゆっくりと体を倒した私。
だけど、横になると、またターク様のことが心配になってくる。
――眠れない……。まだ夕方だし。
私はそのまま、長い間じっとしていた。
いつまでも眠れない私の耳に、「おいで、おいで」と、不気味な声が聞こえはじめていた。




