07 あぁ、日本!~白いご飯と秋刀魚と肉じゃが~
場所:ガルベルの小屋
語り:小鳥遊宮子
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「美味しそう! あれ、いつの間にお豆のスープまで?」
「ふふ。食べよ、みやちゃん」
達也が作ってくれたブランチがテーブルに並び、私達は向かい合って座った。
食欲をそそるバター醤油の香りが鼻をくすぐると、日本にいた頃の思い出が、懐かしく胸に蘇る。
こちらに来てからの食事は、本当に素朴な素材の味わいを活かした料理がほとんどだった。
それはそれで美味しいのだけれど、時々達也が食べさせてくれる、日本の味の破壊力と言ったら、それはもう、半端じゃない。
彼は私の、食べ物の好みも、完全に把握しているのだ。
「わ、美味しい! ちゃんとバター醤油の味がするよ!? 達也、天才!」
「良かった。だけど、やっぱり、パンばっかりだと、白いご飯が食べたくなるんだよね。こればっかりは、日本に帰らないと食べられないかも」
「確かに!」
ホカホカの白いご飯を思い出すと、また郷愁の念がわき起こり、頭の中をいっぱいにする。
「達也は、ご飯と一緒に何が食べたい?」
「秋刀魚と、肉じゃが、お味噌汁……かな!」
――白いご飯、秋刀魚、肉じゃが、お味噌汁……。あぁ、日本。
――想像すると、よだれが出ちゃう!
遠い目をした私を見て、達也はまた、満足そうにニヤニヤと笑った。
こんな悪い顔をする達也は、日本では、見たことがない。
「ふふ。夜はもっと美味しいの作ってあげるね」
「嬉しいけど、次は私に作らせて?」
「だーめ。みやちゃんに食べてもらいたいもの、まだあるから。ね? お願い」
「うーん……。ありがとう」
「やったね」
そう言って、今度はニコニコと笑いながら、小さくガッツポーズをする達也。彼に「お願い」と言われると、抗えないのは昔からだ。
気がつくと、私は、彼のペースにのまれ、まるで、達也の部屋にでもいるような、寛いだ気分になってしまっていた。
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達也の美味しい料理のおかげで、かなり元気を取り戻した私。
ターク様はものすごく心配だけど、こんな場所で、いつまでも落ち込んでいたって仕方がない。
今は魔法の訓練を頑張って、ターク様が戻ってきたら、これ以上迷惑をかけないようにしたい。
達也と二人で小屋から出ると、魔物封じの結界の向こうに、オークらしい魔物が、ウロウロしていた。
巨大な身体で、豚のようなくちゃくちゃの顔。手には大きな斧を持っている。
「ガルベルさんがいないと、かなり怖いね。本当に大丈夫かな」
「みやちゃん、オークと目があっちゃうよ。早くあっちいこ」
普段から虫も殺さない達也は、私以上に青い顔をしている。
「そだね。なんだか、天気もあやしいし、ちょっと練習したら、小屋に戻って、魔導書で勉強しよっか」
そんなことを言いながら、草原に移動した私達。空はどんよりと曇って、そのうち雨が降りそうだった。
日差しがない分、昨日までよりかなり寒い。震える手で杖を振り、私は昨日教わった魔法を放った。土属性魔法の初歩の初歩、マッドボールだ。
「マッドボール!」
簡単な呪文を唱えると、小さな泥団子が現れ、前方に飛び出していく。
――相変わらず、地味っ!
全く攻撃力が無さそうなこの魔法は、攻撃と言うよりは、目潰し的な補助魔法らしい。ちょっとした嫌がらせ程度には使える……かもしれない。
かなり地味ではあるけれど、何がどれだけ飛び出すか分かりにくい歌とは違い、呪文で発動する魔法は安全だ。
私の場合、歌の方が気持ちが乗っているせいか、大幅に魔法のランクや威力がアップし、魔力消費も減るけれど、やりたいことを素早く正確に微精霊に伝えることが出来ると言う点で、呪文はかなり優れていた。
少し離れた場所で、達也も闇属性のダークボールを唱えて放っている。
先日豆の木やキノコを枯らしたあの魔法だ。
これは、一見マッドボールと変わらない初歩の魔法に見えるけれど、相手の生命力を奪い取るという、恐ろしい魔法だった。
奪われた生命力は、ヒールでは回復できず、基本的に、自然回復を待つしかない。
こんな凶悪な魔法を、悪気なく使えるようにするのは、かなり難しいように思えた。
「あぁ。草の陰にいた、てんとう虫みたいなのが死んでる……」
魔法を放った達也が、枯れた草の上にかがみ込んで、悲しそうな声を出している。
「達也……。そんなに落ち込んでたら、闇堕ちしちゃうんじゃない?」
「だけど、闇属性魔法って、怖いのばっかりなんだよね。唯一やってみたい重力魔法は難易度が高いし、僕も、キノコが生えるとか、そういうのが良かったな」
「ダークアローは? あれ、かっこよかったよ」
「ほんと? じゃぁそっち練習しよう」
ダークアローは、その名の通り、矢の形をした魔力の弾丸を前方に飛ばす魔法だ。
術者の横に、黒い魔法の弓が現れ、矢が自動で放たれる所が、見た目にカッコいい。
昨日練習した時は、矢が一本ヒョロヒョロと飛んで、それが地面に落ちると、黒いモヤが立ち上がった。
このモヤは、一見、精霊の闇に似ているけれど、眠りの追加効果がある、まったく別のものらしい。
「ダークアロー!」
「って、えぇ!?」
達也が呪文を唱えると、彼の周りに三張りの黒い弓が出現し、矢の形をした魔力の弾丸が、昨日とは比べ物にならない威力で前方に飛びだした。




