06 醜い嫉妬心。~幼なじみは警戒できない~
場所:ガルベルの小屋
語り:小鳥遊宮子
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ガルベルさんが飛び出して行ってしまってから、どれくらい時間が経っただろうか。
ダイニングのテーブルに突っ伏したまま、しばらく固まっていた私だけれど、あまり達也に心配をかけてはいけないと、とりあえず顔を洗い、服も着替えた。
私が動き出したのを見て、達也もホッとしたように、自分の部屋へ着替えに戻った。
とりあえず、朝ごはんの準備をしなくてはと思うけれど、なんだか頭が回らない。
――あぁ。本当に、魔法がないと、私役に立たない。
今だって、もし、私がミレーヌの体に入っていたなら、きっとガルベルさんは、私を小脇に抱えて飛び立っていたはずだ。
「それなのに」、「こんな時に」と、考えはじめると、やっぱり何もかも、自分が落としたライトニングソードが原因だという気がしてくる。
――あんなに頭に血がのぼることなんて、今までなかったのに。
――あれが嫉妬心っていうやつなのかな。
ターク様と恋人になるまで、私は幸い、嫉妬に苦しむことはなかった。
ターク様には婚約者のマリルさんがいたけれど、私はいつだって真剣に、彼の幸せだけを願っていたのだ。
それなのに今は、彼が他の女性と、少し話をしているだけで、途端に冷静さを失ってしまう。
「ターク様が幸せなら、相手は私じゃなくてもいいですよ」なんてことは、今の私には、絶対に言えないのだった。
大切な人の幸せを願うばかりではいられない、それが恋というものなのだろうか。
ターク様はよく、私を見ては「心が広い」と言うけれど、このことに関して言えば、私は呆れるほどに、心が狭かった。
――怒りにまかせて、あんな攻撃魔法を発動したなんて、私、本当に最低だわ……。
――あぁ、やっぱり、居ても立っても居られない! なんとか山を降りられないかな?
――雪山には登れなくても、せめて、レムスルドラまで行きたい。
突然立ち上がった私を見て、達也が慌てた顔をする。
「みやちゃん、どうしたの? まさか、山を降りるとか言わないよね」
「あ、えーっと……。ダメかな?」
「ダメっていうか、無理だよ。わかってるよね」
「そ、そうだよね」
ガルベルさんの小屋があるモルン山には、かなり凶暴な魔物が出る。
その出現頻度は、アーシラの森が平和に感じるくらいだ。
ガルベルさんの小屋の周辺や、魔法の訓練に使っている草原は、魔物よけの結界が施されていて、魔物が入ってくることはない。
だけど、結界の外に目をやると、大きな魔物がウロウロしていて、私達は今日まで、何度も冷や汗をかいたのだった。
山を降りさえすれば、麓の街に転送ゲートがあるかもしれない、と思うものの、結界の外に出るのはとても危険だ。
「待つしかないよ、みやちゃん」
「うん……、ごめん。わかってる」
ソワソワする私を、心配そうに見ている達也に、なんだか申し訳ない気持ちがわいてきて、私はダイニングの椅子に座り直した。
そんな情けない私のお腹から、キュルキュルと音が鳴ったのを聞くと、達也はすっくと立ち上がった。
「お腹すいたね。僕がブランチ作ってあげるよ」
そう言って、黒いベストの上に、エプロンをつけた達也。
ガルベルさんが持ってきた、カゴの中身をテーブルに並べ、食材を確認しはじめた。
「何作ろうかな? 玉子にパンに、干し肉、木の実、パスタ……。
保存食っぽいのばっかりだね」
「キノコと豆は沢山あるよ? と言うか、ダイニングで落ち込んで迷惑かけちゃったし、私が作るよ」
私がまた、むくっと立ち上がると、「いいから、いいから」と、肩を押され、椅子に座らされた。
「でも……」と、もう一度立ちあがろうとすると、「任せて? お願い」と、またしても押し戻される。
「もう、どうして?」
「だって、作ってあげたいからさ」
――そうですかっ。
私が諦めたのを見ると、達也は、なんだかとても張り切った様子で、腕まくりをはじめた。
こんな風に彼に甘やかされる感覚は、なんだかとても懐かしい。
だけど、ターク様と同じ顔の達也に、世話を焼かれてしまうのは、今となってはかなりむず痒かった。
ターク様だってすごく優しいけれど、言っても私はターク様のメイドだ。彼の世話を焼くのは、私の仕事であり、幸せでもある。
――ターク様に会いたい。
小さくため息をついた私に、達也はエプロンのポケットから、黒い液体の入った小瓶を取り出して見せた。
「ね、キノコとチーズのバター醤油炒めなんてどう? きっとパンにも合うよ」
「え? 醤油!?」
「僕の作った醤油」
そう言って、小瓶をチャプンと揺らし、ニヤリと笑う達也。
「えぇ!? どうやって?」
「ふふ、秘密~」
――達也ったら、ニヤニヤしちゃって。
――また食べ物で、私を釣ろうとしてるの?
また少し警戒を強めた私を見て、困ったように笑いながら、キノコとチーズをきざみはじめる達也。
彼は、こっちの世界のよく分からない食材で、なんでも作ってしまえるようだ。
私もお料理は好きだけれど、達也には絶対に、勝てない気がした。
――達也さん。いつからそんなに、優秀になったんですか? ターク様みたいに、もっと隙を見せてください。
――あぁ、でも、まだ、少し寝癖が残ってるわ……。
少し無頓着なターク様なら、寝癖なんてよくあることだけど、達也の寝癖は、なんだか希少な気がする。
子供の頃の、あどけなかった達也を思い出し、つい口元が緩んでしまう。
――一緒にお昼寝した後、跳ねた寝癖が可愛かったっけ。
小さな寝癖一つで、警戒心がどこかへ逃げてしまった私。
キッチンに立つ彼の後ろ姿を眺めていると、「出来たよ」と、料理がテーブルに並びはじめた。




