05 そのまさかよ。~赤くなった水晶~
場所:ガルベルの小屋
語り:小鳥遊宮子
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ガルベルさんの山小屋に来て、三日目の朝。
窓から差し込む明るい光に顔を照らされ、私はベッドの上で、うっすらと目を開いた。
「きつい……」
ガルベルさんの魔法の訓練は、なかなかのスパルタで、二日連続、外がすっかり暗くなるまで続き、私も達也も、かなりヘロヘロになって小屋に戻った。
これで今日の訓練は終わり、かと思ったら、夜は夜で、魔導書片手に、小難しい魔法の解説を延々と続けるガルベルさん。
既に疲れていた私達は、うとうとしながら夜中までそれを聞き、各自の部屋に戻ると、倒れ込むように眠ったのだった。
――うぅ……。今日も訓練かぁ……。
――日本の思い出話に花を咲かせる余裕なんて全くないわ。
あんなに一日中訓練しても、全く疲れる様子のないガルベルさん。やっぱり彼女は、不死身なのかもしれない。
重い体を無理やり起こし、部屋の扉を開け廊下に出ると、達也も同時に向かいの扉を開け、廊下に顔を出した。
「おはよ、達也」
「うん、おはよ、みやちゃん」
そう言った達也が着ているのは、この世界に来た日に着ていた、オレンジの学校ジャージだ。寝ぼけ眼で、髪にはひどい寝癖がついている。
「ぷは。達也、王子様ファッションとのギャップがひどいよ」
「みやちゃんこそ、ほっぺに寝跡ついてるよ」
「えっ、やだ!」
そんなことを言い合いながら、朝食を摂るため階段を降りる。
昨日と同じなら、ガルベルさんが作ってくれたお料理が、テーブルに並べられているはずだった。
「あれ? 朝ご飯がない……。ガルベルさんはどこ行ったのかな?」
「変だね。昨日は朝早くから、早く食べろって急かしにきたのに」
昨日の不満を思い出したのか、達也がぼやくように言う。
少しキョロキョロと小屋の中を見回していると、バーンと扉が開き、彼女が小屋に入ってきた。
大量の食材が入った大きなカゴを胸に抱えている。
「お帰りなさい。こんな朝早くから、食材の調達ですか?」
私が尋ねると、彼女はそのカゴを椅子の上に置きながら言った。
「あなた達、これで、しばらく食いつないでいてちょうだい。私、何日か出かけるわ」
「「はい!?」」
何かの冗談かと思ったけれど、ガルベルさんは、ひどく顔色が悪く、ずいぶん慌てているように見えた。
「悪いけど、あなた達を屋敷に送ってあげる時間がないのよ。あ、山の中は魔物が出るから、勝手にウロウロしちゃダメよ。待ってる間、昨日と同じ魔法を練習しててね」
矢継ぎ早にそんなことを言うと、小屋を出て行こうとするガルベルさん。
こんな転送ゲートもない山小屋に、私達二人を残し、本当にどこかへ行ってしまうつもりのようだ。
だけど、それ以上に、ガルベルさんの顔つきがあまりに深刻で、嫌な予感が胸を騒つかせた。
「待ってください! 一体、何があったんですか? まさか、ターク様に何か……」
青い顔で彼女のローブをつかみ、引き留めた私から、彼女は気まずそうに目を逸らした。
「……そのまさかよ。今ね、セヒマラ雪山が噴火して、大変なことになってるみたいなの。タッ君はまた、行方不明よ」
「そんな……!」
目の前が暗くなるのを感じて、ふらりとよろけた私を、達也が慌てて支えてくれる。
――まさか、噴火だなんて、そんなこと……。
いろいろ聞きたいことはあるけれど、何も言葉が出てこない。
そんな私の代わりに、達也がガルベルさんに質問した。
「ターク君、ガルベルさんの水晶には映らないんですか?」
「ダメよ。水晶が赤くなっただけだったわ。とにかく、ちょっと行ってくるから。二人は大人しく待っててちょうだいね。さっき言ったことを忘れないで」
そう言って小屋から出ようとするガルベルさんの肩の上に、どこから出てきたのか、ライルが飛び乗った。
「ミヤコ。タークはきっと無事だよ」
「ライル……」
ガルベルさん達は、小屋を出ると、そそくさと箒にまたがり、飛び立ってしまった。
力が抜けたように、椅子に座り込んだ私の前に、達也が寄り添うようにしゃがみ込んだ。
「達也、どうしよう、ターク様が、私のせいで……私が、魔法を暴発させたばっかりに……」
「みやちゃん……。ターク君なら、ガルベルさんに言われなくても、きっとセヒマラに登ったと思うよ」
「うん……」
「大丈夫だよ。彼、不死身だし、信じて待とう。ね?」
――だけど達也、不死身って怖いよ。
ターク様の不死身が、時に恐ろしい事態を招く事を、達也だって、わかっていない筈はない。
何度も頭を振ってみたけれど、嫌な想像はなかなか振り払えなかった。
――こんな時に、山奥の小屋に置き去りにされるなんて……。
何も出来ない自分に失望する私を、達也は心配そうに見つめていた。




