01 二人の魔法合宿1~気を引き締めてがんばります~
場所:ガルベルの小屋
語り:小鳥遊宮子
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「素敵! ここが、ガルベルさんの山小屋ですか!?」
翌朝、ガルベルさんの箒で人里離れた山小屋に連れて来られた私、小鳥遊宮子は、小屋を覆い隠す大木の下で、ワクワクと胸を高鳴らせた。
ここはメルローズから少し北に向かった場所にある、モルン山の頂上付近のようだ。
――想像してたより大きいし、コテージみたいで素敵!
――あの林間学校の合宿所とは、古くなり方がぜんぜん違うわ!
御伽噺に出てきそうなその小屋は、急勾配の大きな三角屋根が可愛らしかった。
植物達に侵食された外壁は、所々剥がれた漆喰の下から、すっかり角の取れたレンガが顔を出している。
その自然な風化具合には、そこはかとない趣が感じられた。
丸い窓のついた緑の扉から、私の声が聞こえたのか、先に来ていた達也が、いつものようにフワフワの笑顔を見せる。
「みやちゃん、来たね!」
「達也、のどかでいいところだね」
今日の達也は、いつもの白衣姿ではなく、首周りにレースの飾りがついた白いシャツの上に、黒いベストと、大きな襟のついた黒いコートを着ている。
――達也も王子化してる……。
最近の達也の普段着はだいたい、アグスさんが若い頃着ていた服らしい。
今はひょろっとしているアグスさんだけど、若い頃は結構がっちりしていたようで、サイズがピッタリなのだとか。
――黒着ちゃうと、ターク様と間違えそうだけど、この立ち姿は、やっぱり達也だなぁ。
以前なら、達也が何色の服を着ていても、煌々と光っているターク様と、達也を見間違えることはまず無かった。だけど、ターク様は最近、屋敷ではあまり光っていない。
達也の白衣姿が、すっかり定着していたこともあって、服が黒っぽいと、うっかり誤認してしまいそうになる。
だけど、達也はいつも、肩足を軸に上半身を軽く傾けた、まるでモデルのような立ち方をしている。あれは、現在日本で洗練された、スマートなイケメンのポージングだ。
そのシルエットを見れば、彼が達也だと言うことは、遠目にもすぐに見分けがついた。
なぜなら、大剣士で英雄のターク様は、いかにも軍人という感じで、背筋が常に、ピンと伸びているからだ。
私がそんなことを考えていると、彼はニコニコしながら、私に手を差し出した。
「荷物貸して。運んであげるよ」
「そんなに重くないし、大丈夫だよ?」
「いいから、いいから!」
「ありがとう」
相変わらず、気の利く達也に、つい荷物を渡してしまう。
――そう言えば、日本ではいつも、達也に甘やかされてたっけ。
――二人になると、快適すぎて危険なんだよね。達也のペースに持って行かれないようにしないと……。
彼の傍に居ると、どんどん気が緩んでいきそうな気がして、自分の頬を軽くたたき、気を引き締める。
ここへは遊びに来たのではなく、魔法の訓練をしに来たのだから。
達也について小屋の扉を潜ると、「部屋を用意してるのよ」と、ガルベルさんが、私達を個室に案内してくれた。
「昔ここで、ひよっこ魔術師達を鍛えていたからね。ちゃんとした生徒用の部屋があるのよ」
小さなキッチンのあるリビングを横目に、二階への階段を登ると、シンプルなベッドが置かれた、小さな部屋が二つあった。
「みてみて、この部屋、景色が良いよ」
左手の部屋に入ると、大きな窓から明るい外の景色が見えている。
「わぁ! 遠くにメルローズの街が見えるね!」
「気に入ったの? じゃぁ、こっちはみやちゃんの部屋ね。で、あっちが僕の部屋。いいかな?」
達也にそう言われ、向いの部屋をのぞいてみると、その部屋は木の影のせいか薄暗く、さっきの部屋より狭く感じた。
「こっちの部屋の方が明るくて広いみたいだけど、いいの?」
「気にしなくて良いよ」
明らかに良い方の部屋を、私に譲ってくれる達也。
「わぁ! ありがとう!」
――って、あれ? だめだ、気が付くと甘えてるわ。
これはもう、簡単には治らない癖になっているかもしれないと、冷や汗をかきながらも、部屋の端にリュックを下ろす。
――それにしても、向かいの部屋って、隣の家に住んでるより近いよね……。大丈夫、かな?
一年前、ポルールから戻った私とターク様が、恋人になったことを、しぶしぶながらも認めてくれた達也。
だけど彼が、少しも私のことを諦めていないらしいことは、普段の会話からして明らかだった。
達也は私が、ターク様と別れ、日本へ帰りたいと言い出すのを、もう一年も待っているのだ。
そんな彼の気持ちを、受け取ることも、突き放すことも出来ないまま、私はただ、日々をやり過ごしていた。
「嬉しいな! 訓練が終わったら、いっぱい話そうね。僕、たまには日本の話がしたいよ」
リュックから荷物を出そうと、しゃがみ込んだ私の隣に、同じようにしゃがむ達也。
ターク様はめったに見せることのない、ニコニコの笑顔でこっちを見ている。
「そ、そうだよね。わかるよ」
私はそう言いながらも、達也をまともに見られなかった。
――ど、どうしよう。近いし、可愛いし、ターク様と同じ顔だし、邪険にできないし……。
よく、メイドの部屋に会いにきてくれる達也だけど、ターク様に仕えるメイド達に大人気の彼は、いつも彼女達に取り囲まれている。
達也とこんなふうに、二人になったのは、本当に久しぶりだった。
達也に浮気なんてあり得ないけれど、彼が大切な幼なじみなのは、今も昔も変わらない。
それに、この世界で懐かしい日本の話ができるのは、たった一人、達也だけなのだ。
――私も日本の思い出話で、達也と盛り上がりたいよ!?
――だけど、やっぱり困る!
そんなことを考えていた私の耳元に、突然、達也の手が伸びて来た。
「ターク君、これ、消していかなかったんだ」
「これって?」
「この傷……」
そう言って、うっすらと残る、古い傷跡を指でなぞる達也。
「ひゃ……!?」
思わず飛びはねるように後ずさりした私を見て、達也は目を丸くした。
「みやちゃん……そんなに、警戒しないで。僕、襲ったりしないからさ」
「達也……」
「だけど、みやちゃんの気が変わるのは、大歓迎だよ」
「……もう、私、達也の部屋にはいかないからね」
「えー!」
「私の部屋も、立ち入り禁止ね?」
「ひ、ひどい……」
幼なじみの彼に、こんなことを言うのはちょっと厳しいかもしれない。
だけど、ターク様がミレーヌといるところを見て、自分がどれだけ取り乱したか考えると、こんな状況は、きっと良くない。
とにかく、達也とはあまり、二人きりになってはいけない気がする。
ガッカリする達也を、「ごめんね」と思いながらも、部屋から追い出していると、階段の下から、ガルベルさんの呼ぶ声がした。
「二人とも~! さっさと降りてきてちょうだい」
「「はーい!」」
また声がそろってしまい、顔を見合わせた私達。長年二人で過ごしていた私達は、会話のテンポが、同じだった。
この合宿は、思った以上に気を引き締める必要があるようだ。
私はまた、両手で軽く自分の頬を叩き、達也に続いて階段を降りた。
魔法の訓練を受けるため、ガルベルの山小屋を訪れた宮子。先に来ていた達也に優しくされると、ちょっと警戒してしまいます。ターク様と似たような黒い服を着てきた達也ですが、ミヤコには達也とターク様の違いが、立ち姿だけではっきり分かるようです。
次回、第15章第2話 二人の魔法合宿2~魔法は愛よ!~をお楽しみに!




