05 達也との思い出2~タッ君じゃ子供っぽい?~
場所:日本
語り:小鳥遊宮子
*************
中学にあがった達也は、バスケ部に入り、どんどん背が伸びた。身体つきが急に逞しくなって、もとからの顔立ちのよさもあり、しだいに女子からの人気が高まってきていた。
休憩時間になると、達也の周りにはいつも、たくさんの女子が集まってくる。達也はだれにでもやさしく、にこやかに対応していたので、その人数は日ごとに増えているようだった。
「タッ君、今日行けなくなっちゃった」
ある日、私は教室で、女子に囲まれている達也に話しかけた。達也がこっちを向くと同時に、その周りに集まっていた女子たちが一斉に私を振り返る。
――ひゃー! タッ君のファン、また増えてない!?
女子たちの迫力がすごくて、思わずちょっと逃げ出したくなったけれど、達也はいつもどおりフワッとしていた。
「あ、みやちゃん、どうしたの? なにか用事できた?」
「えっと……。歌の練習、私だけ遅れてるの。練習してから帰りたくて」
中学ではクラスもクラブも違う達也。だけど、私は小さいころと変わらず、毎日のように達也の部屋に遊びに行っていた。
お互いのクラブ活動のあとは、一緒に宿題やゲームをしてすごすのが、お決まりのパターンだった。
でもその前の週、風邪で三日ほど学校を休んだ私は、所属するコーラス部の練習が遅れていたのだ。
「なら、練習が終わるまで待ってるから、一緒に帰ろ」
「え、遅くなるよ?」
「余計に心配だから待ってるよ。あ、夕飯食べてから、僕の部屋で一緒に宿題やろうよ」
「あ、うん。じゃあ食べたらタッ君の部屋に行くね」
それは、小さいころからいつも一緒の私たちにとっては、いつもどおりの会話だった。
でも達也ファンの女子たちは当然ながら、私のことが面白くなかったのだろう。達也が席を離れた隙をついて、彼女たちは私を取りかこんだ。
「ぷぷ。タッ君だって。ダサいあだ名。そんな幼稚園児みたいな呼び方じゃ達也が可哀そうだよ」
「家が近いからっていい気になっててキモ」
口々に言いがかりをつけられたけれど、私は「ははは……」と、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
タイミングよくチャイムが鳴り、私はそそくさとその場から逃げだした。
――怖いよー! タッ君のファン!
△
「こんなにそばにいるのに
眩しくてきみが見えない~♪
伝えたい想いは言葉にしよう
目を細めてもいいから~♪」
放課後私は、予定通り音楽室で一人居残り練習をしていた。
――うーん、ここの音程難しいな。
楽譜とにらめっこしていると、ガラガラと教室の後ろの扉が開いた。振り返ると、バスケ部の練習が終わった達也が立っている。
肩にスポーツバッグを引っかけて立っている姿は、小さかったころの達也とは、まるで印象が違った。
――あんなに小さくて可愛かったのに、いったいいつの間に、こんなにかっこよく成長しちゃったのかな。
いつの間にか身長も追い越され、プニプニだった頬もシュッとして、あれあれ? と思うほどにスタイルがよくなっている。
いまの達也を見ていると、確かに、いつまでもタッ君なんて愛称で呼ぶのは、間違っているという気がしてきた。
少ししっくり来ないけれど、私は思い切って、幼なじみの呼び方を変えてみることにした。
「た……達也。もう終わったの?」
「え、どうしたの? 急に呼び方……。なんだかよそよそしくない?」
長年呼ばれ慣れた呼び名を、急に変えられた達也は驚いて、目をパチパチさせた。
「そんなことないよ。いつまでもあんな呼び方じゃ、タッ……達也が恥ずかしい……かなって……」
「みやちゃん、もしかして、あの子たちになにか言われた?」
達也は長い足で近くにあった椅子をひょいっと跨ぐと、向きが逆のままの椅子に腰かけた。背もたれの上で組んだ腕に顎を乗せ、下から私をのぞき込む。
心配そうな顔をして、少し首を傾げたその姿は、可愛いとかっこいいを見事に両立していた。
――か、可愛い……。こんなにかっこいいのに可愛いのはなぜなの? タッ君!
私は達也の可愛さに心のなかで悶えつつ、達也に心配をかけたくなくて、なにもなかったふりをした。
「全然、そんなんじゃないよ。前からちょっと思ってたから」
「それならよいけど……。僕のこと考えてくれたんならうれしいよ。みやちゃんの好きな呼びかたで呼んでね」
達也はそういうと、小さいころと変わらない様子で、にっこりと笑った。見た目の印象はずいぶん変わったけれど、やさしくてふんわりした雰囲気はいつもどおりだ。
達也の笑顔を見られれば、多少の嫌なことは我慢できる。
「もう少し練習してもいい?」
「うん、みやちゃんの歌聴きたいな」
達也は私の歌を、いつも静かに聞いてくれた。
大きな口をあけて歌う私を、やさしい眼差しで見詰める達也。
まるで春の木漏れ日を浴びているような、穏やかな時間。
私と同じ歌を口ずさむように、達也は時折、口を動かした。
△
夕飯のあと、私は約束どおり、達也の部屋に宿題をしに行った。
達也の部屋は、いつものようにきっちりと片付いていて、とても快適だった。
部屋の隅には、私専用のカゴが置かれている。そこには私が持ち込んだ、お気に入りのクッションやひざ掛けが、綺麗に収納されていた。
部屋の真ん中には、勉強机とは別に黒くて大きめの座卓がある。一緒に勉強しやすいようにと、彼が置いてくれたものだ。
テーブルのうえには、私の好きなミルクティー。彼のシックな部屋には不似合いな、可愛い花柄のコップに入っていた。
この、どこまでも気の利く達也の気づかいのせいで、私は誘われるまま、毎日この部屋に通ってしまうのだった。
教科書とノートを広げると、達也は少し、申し訳なさそうな顔で言った。
「やっぱり今日、僕のせいで、なにか嫌な思いしたんじゃない?」
「そんなことないってば。タッ……達也は、ちょっと心配性だよね」
「そうかな? 普通だと思うけど」
――小さいときは、私がお姉さんしてたのに、いまは完全に達也のほうが過保護なんだよね……。いつからこうなったんだっけ?
そんなことを考えながら、私は勉強にとりかかった。うつむいた私のおくれ毛が、サラサラとノートに落ちると、達也の手が耳元に伸び、髪を耳にすっとかける。
達也はいつだって、とてもナチュラルに私に触れた。長年一緒にいるのでこれくらいはもう慣れっこだけど、あまりにも自然なので少し複雑な気持ちになる。
――達也は、こういうことするから、女子がいっぱい集まってくるんじゃないの……。
私がじとっとした眼差しで達也を見ると、今度はフワフワの子犬みたいに可愛い表情で、私をのぞき込んでくる。
――か、可愛い……。やっぱりタッ君は悔しいくらい可愛いよ!
達也が可愛すぎて、慣れっ子と思いつつ、やっぱり悶えてしまう私。
「大丈夫? ちょっと顔赤くない? また熱が出たんじゃないよね」
そう言っておでこに手を当ててくる仕草も、すごくナチュラルだ。こんなことを皆にやってるのだとしたら、女子達が騒ぐのも無理はない。
――それにしても、ちょっとベタベタ触りすぎだからね?
私は達也の手をぐいっと押し返して言った。
「風邪はもう、全然平気だから」
「そう? ならいいんだけど」
「うん、ありがと……ほら、こっちばかり見てないで、宿題しよ?」
「うん、終わったら一緒にゲームしようよ」
「今日はもう遅いよ」
「えー、少しだけ! ね? お願い! みやちゃん」
達也は私を心配しては、なにかと甘やかす。そうかと思えば、子犬のように可愛く甘えてくる。
――う……! 可愛い。
私はまた、言われるまま、達也と一緒にゲームをしてしまうのだった。




