13 走り出したターク。~何日かかるんだ?~
場所:レムスルドラ
語り:ターク・メルローズ
*************
ポルールから転送ゲートを潜った私、ターク・メルローズは、セヒマラ雪山の麓の街、レムスルドラに出た。
山の上ほどでは無いが、この街は年中氷点下らしい。雪に覆われ、どこもかしこも真っ白だ。
麓と言っても、雪山と街の間には、強固な第三砦がある。
雪山から魔物が降りてきているようだが、夜の街は、静かなものだった。
住民たちは既に、どこか安全な場所へ避難したようだ。
「おーい! ターク、こっちこっち!」
転送ゲートの周りでキョロキョロしていると、カミルが私を迎えに来た。毛皮のマントに、もこもこの帽子をかぶり、マフラーもしているため、目しか見えない。
彼女の碧い瞳を囲む長いまつ毛が、白いトゲのように凍っていた。
私を砦に案内しながら、彼女は変らず、ジロジロと、観察するように私を見た。
「セヒマラを登るんだって? 大丈夫? って、大丈夫そうだね。防寒対策ばっちりだ。流石、ミヤコちゃん」
私とミヤコの、出かける前のやりとりを見てきたかのように、うんうんと頷くカミル。顔はよく見えないが、ニヤニヤと笑っているのが目元でわかる。
「だけど、これも持っていくと良いよ。炎属性防御のお守り」
彼女はそう言って、私の首に、何か引っ掛けた。
「なんだ? またペンダントか?」
「アグス様からだよ」
「そうか……。本当に魔物が燃えてるんだな」
「うん、不思議なことにね。だから僕が、万が一のために、消火活動に呼び出されてるわけ。って言っても、アクレアを連れてきたわけじゃないから、微力だけどね」
「いや、アクレアを連れてくるのは大袈裟だろう。洪水になってしまうぞ」
いつも自由に飛び回っているファシリアとは違い、アクレアはルカラ湖を守る精霊だ。カミルはいつも、アクレアを連れているわけではないようだった。
そうこう言ってるうちに、私たちは第三砦に到着した。
「ただいま、コルニス! 変わりはない?」
「おかえりなさい、カミル隊長! 現在のところ、状況に変化はありません!」
カミルの隊の男が、彼女に話しかけられ、ビシッと敬礼している。
彼女の隊の兵士は大体顔見知りの筈だが、この男には見覚えがなかった。と言っても、耳当て付きのモコモコ帽子に、眉まで隠すおかっぱ頭、丸メガネまでかけていて、ほとんど顔も見えないのだが。
「ターク、コルニスは見たことないかな? アーシラの森の調査を手伝ってもらった時はいなかったもんね」
「そうだな」
「彼は、ポルールに駆り出されていた、僕の隊の治癒魔道士の一人だよ」
「なるほど。カミルは手がかかるだろう。面倒だろうがよろしく頼む」
私がそう言うと、コルニスは丸いメガネをキラリと光らせ、声を張り上げた。
「お任せください! 大剣士様! カミル隊長は自分が命に変えてもお守りします!」
「お、おぅ……。お前も命は大事にな」
少し面食らったが、彼はなかなか気合が入っているようだ。これならカミルを任せておいても、大丈夫かもしれない。
「まぁ、イーヴ先生は砦の外で戦ってくれてるし、砦が破られない限り平気だけどね。出番もないし、僕は魔導砲を撃ってるよ」
「分かった。お前はケガするから、砦から出るなよ」
「コルニスが居るから、即死しなければ平気だよ?」
「馬鹿なこと言わずに気をつけろ」
「はいはい」
――こいつ、やっぱり心配だな。
△
呑気そうな顔をしているカミルに、「本当に出てくるなよ」と念を押し、私は砦の屋上に登った。
砦の向こう側には確かに、赤く燃える魔物がうようよと集まっている。
イーヴ先生がそれを、空からライトニングソードで丸焦げにしていた。
――魔物が可哀想だな。
つい今朝方、ミヤコに丸焦げにされたばかりだった私は、炭になった指の砕けた感覚を思い出し、ブルブルと身震いした。
風の精霊の力で空を飛び、雷の微精霊の力で魔道剣を出現させるイーヴ先生は、ガルベル様の言葉を借りれば「浮気者」だ。
精霊達は本来嫉妬深く、一人の人間が複数の属性を操ろうとすると、反発しあってしまう。
だが、イーヴ先生の場合、その威力は落ちるどころか、上がっているように見えた。
精霊達は、彼が多くを同時に愛し、また、愛されていることを、完全に容認しているのだ。
――自身のあふれる魅力一つで、精霊達を納得させてしまうんだからな。やはり、私の師匠は尋常じゃない。
そんなことを考えながら、稲光をあげるイーヴ先生を眺めていると、彼は手を止め、私の元にやってきた。
カミルに着せられたという毛皮のコートを羽織っているが、風に包まれた先生は、随分寒そうに見える。
「ターク、お前には知らせないつもりだったんだが、来てしまったんだな」
「ガルベル様に言われてきました。僕も騎士団の一員なんで、ちゃんと連絡下さいよ」
「すまなかった。だが、あのモヤは危険だ。ガルベル様に何と言われたか知らないが、あの中には入るなよ」
「周辺から回収するつもりなので大丈夫です。気遣いありがとうございます」
そう返事した私を、苦虫を噛みつぶしたような顔で見ているイーヴ先生。彼は私を、よほどモヤに近づけたくなかったようだ。
「本当に一人で登るつもりか? 私が途中まで、送ってやろうか?」
「大丈夫ですよ。先生はここをお願いします」
「そうだ、分かった。ウィンドクイックをかけてやろう」
「寒そうなんで、大丈夫です」
「う、そうか。確かにな、飛んでると寒くて仕方ないぞ!」
まるで、小さな子供を水辺で遊ばせる母親のような顔で、私を心配するイーヴ先生。
英雄になった今でも、私への子ども扱いは変わらないようだ。
苦笑いする私に彼は、「そうだ、これを持って行け」と言いながら、金の歯車が回るペンダントを差し出した。
――また父のペンダントか? もう三つ目なんだが……。
――先生も父さんも、いったい、どれだけ私が心配なんだ。
心で文句を言いながらも、私は先生に渡されたペンダントを首に引っかけた。幸運が訪れ、物理攻撃力が上がるらしい。
ありがたいとは思うが、首がじゃらじゃらだ。
美しい顔を鼻水で汚しながら、「気をつけていけ」と言う先生に敬礼する。
「任せてください。闇のモヤを回収し、モヤを出している精霊を……」
――ん? 精霊を、どうしたら……良いんだ……?
ここまで来てから気づいたが、私は、モヤを回収した後のことを、深く考えていなかった。
ガルベル様から、「落ち着くように言ってきてちょうだい」と、さも簡単そうに頼まれ、ベッドを持って行けとか、無茶を言われたせいか、そちらに気を取られてしまっていたようだ。
前回のポルールでは、ベッドに溜まっていた光の魔力を解放したことで、諸々全て浄化された。しかし今回は、私が直接、闇に堕ちた精霊を浄化しなくてはいけないのだろうか。
――いったい、何日かかるんだ? こんなことなら、ミヤコにキスしてから来ればよかった。
「どうした? ターク」
「なんでもありません。……行ってきます」
砦の上から飛び降りた私は、白く立ちはだかるセヒマラ雪山に向かい、真っ直ぐに走りはじめた。




