12 シェンガイトを取りに。~どこがフワフワなんだ?~
場所:ポルール
語り:ターク・メルローズ
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ミヤコにしばしの別れを告げ、屋敷を出た私、ターク・メルローズは、転送ゲートをくぐり、ポルールに来ていた。
父が新たに集めたと言う、シェンガイトを受け取るためだ。
父の第二研究室の前まで来ると、タツヤとミレーヌの会話が聞こえてきた。
「タツヤさん、私もガルベル様の小屋へついて行きます!」
「ミレーヌちゃん、お願いだよ。僕の代わりに、アグスさんを見ていて欲しいんだ。今はカミルちゃんもいないし、彼、一人にすると心配だからね」
「確かに、アグス様は心配ですけど……」
不満げな声を出すミレーヌを、タツヤがなだめている。
未だ父は、周囲から心配に見えるらしい。
――タツヤがこんなに父さんを慕っていたとはな……。
そう思いながら、開いていた扉を潜り、私が顔をのぞかせると、タツヤがハッとしたようにこちらを振り返った。
――なんだ? 本当は、ミヤコと二人になりたいだけか?
部屋の真ん中には、乱雑に書類や魔道具が置かれた、大きな研究机があり、その周りには、小さな丸い椅子が、いくつか並べられていた。
私は、タツヤの態度に少しイラッとしながら、椅子の一つに腰掛けた。
「まさか、お前まで魔術の訓練を受けるなんてな。何のつもりだ。日本へ帰るのはやめたのか?」
私がそうたずねると、タツヤは飄々とした顔でこう答えた。
「そんなわけないだろ。異世界転送ゲートの研究をするなら、大魔導師様のありがたい話を聞くチャンスを、逃すわけにいかないってだけだよ」
「なるほどな」
そう言いながら、私はチラッとタツヤのステータスを盗み見た。
――魔法魔法って、タツヤに魔力なんかあったのか?
――何!? 千四百!?
目を見開いた私を見て、タツヤが得意げな顔をする。
「研究してたらどんどん上がっちゃってさ。あれ? もしかして僕、ターク君の最大魔力、抜いちゃったかな?」
「バ、バカを言うな。私の最大魔力は今、千六百だ……」
「あー、本当だ。でも、訓練したら勝っちゃいそうだよね?」
「ふ……ん。私には魔力なんて、大して必要ないからな。私の強みは、力だ」
「ふーん、ターク君って、ちょっと、脳筋だもんね」
「なんだ? それ、どう言う意味だ!?」
意味はわからないが、確実に悪口を言われたのを感じ、私はムキになってガタっと立ち上がった。
しかし、ミレーヌの顔色が変わったのを見て、動いた椅子の位置を確認し、座り直す。
――くそ、タツヤ、何てムカつく顔なんだ。恩人なのに。
ミヤコがタツヤのことを、「フワフワの子犬みたいな、やさしい男の子なんです」とか言っていたが、多分それは、ミヤコの前だけだ。
こいつはどことなく、わりと意地が悪いし、少なくとも私よりは色々と、自分の利害を考えて行動しているように見える。
「まぁいい。私は急いでいる。早くシェンガイトを持ってきてくれ」
「せっかく来たのに、ゼーニジリアスを見ていかなくていいの?」
「あいつか……。大して興味もないが、見るくらいは見てやろう」
△
ゼーニジリアスの入った透明のカプセルは、研究室の、さらに奥の部屋にあった。
カプセルの上下には、いくつかのメロウムが埋め込まれている。
――わ。少し気分が悪いな。
カプセルの中で、ぐったりしている男を眺めながら、泥に沈み、死を覚悟した瞬間を思い出し、ゲンナリと気分が沈む。
――今はあんな状況では死ねない。死ぬのはミヤコと結婚してからだ。
――いや、ミヤコが悲しむといけない。ミヤコが死ぬまでは死ねない。
――だが、それだと、私が寂しいんじゃないか?
自分が不死身だということを忘れ、いつ死ぬのがいいか考えるなんて、私は随分おめでたい。
「こいつ、結局何者なんだ? 未だに口を割らないのか?」
私が気を取り直してたずねると、タツヤはウンザリしたような顔をした。
「ぜんぜんダメ。アグスさんがあの手この手で素性を吐かせようとしてるんだけど。何にも言わないよ」
「随分口が硬いな」
「アクレアが言うには、最初はニジルって名乗ってたらしいんだよね。それで、ルカラ湖の畔に屋敷を建てようとしてたって」
「ニジル……? そう言えば、ファシリアがそんなふうに呼んでいたな。いや……もっと前に、どこかでその名を聞いたような……」
「え? 本当に!? 思い出して!?」
「いや、何だったかな」
「もう、何だよ……」
タツヤが、「何だよ」の後に、小さく「脳筋」とつぶやいた気がして、私はまた、イラッとするのを感じながらその場を離れた。
△
「もう行く。シェンガイトはどこだ」
「これだよ。すごい高級品だから、失くさないように気をつけてね」
タツヤはそう言って、沢山の細かいシェンガイトの粒が入ったケースを私に渡した。
「少しずつこのケースから取り出して、闇を吸ったら、すぐこっちの封印ケースに入れて。あんまりまとめて入れないで、小分けにしてね」
「なんだ? 面倒だな」
「ファシリアから聞いた話だと、闇の魔力があんまり集まると、良くないものが寄ってくるらしいからね」
「うん?」
「闇の大精霊の呪いだよ。要するに、精霊の秘宝になっちゃうってこと」
「それは、もっと面倒だな。分かった。気をつけるよ」
私はシェンガイトと封印ケースを、背負っていた大きなバッグに入れた。
ミヤコに色々持たされ、バッグにあまり隙がない。
「ずいぶん大荷物だね」
「あぁ。ミヤコの心配が詰まってる」
「ふぅん。あ、そうだ。これを持って行ってよ」
タツヤが私に手渡したのは、金の歯車が回る、小さな魔道具がついたペンダントだった。
自分と同じ顔の男からアクセサリーを渡され、思わず口元を引き攣らせたが、タツヤはまるで、いつも通りだ。
「なんだ?」
「モヤに近づくなら、その鎧は脱いだ方がいいだろ。だから、状態異常を防ぐペンダントだよ」
「おぉ。なるほど。助かるよ」
「メロウムの拘束にも多少効果あるよ。だけど、あれには気をつけて」
「あぁ……随分やさしいな」
「当然だろ。君に何かあったら、みやちゃんが泣くからね」
「なるほど……徹底してるな」
「でもそれはアグスさんからだよ。言うなって言われたけどね」
「まぁ……見たらわかるんだがな」
「剣もこっち使えってさ。光転送しないやつ」
「おぉ……」
私はペンダントと大剣を受け取ると、室内をキョロキョロと見回した。
「それで、父さんはどうしたんだ? 姿が見えないな」
「アグスさんは、疲れたみたいでね、今寝ちゃってるよ。君がくるのを楽しみにしすぎたんじゃない?」
「うん……? なんだそれ、大丈夫なのか?」
「無理する人だから、心配ではあるけど、まぁ、今は大丈夫だよ」
「……そうか。ミレーヌ、すまないが、私からもよろしく頼む」
「うーん、分かりました! 任せてください!」
さっきは不満そうにしていたミレーヌだったが、私が頼むと、やさしい顔でにっこり笑ってくれた。
「タツヤ、信じてるぞ……」
「何のことかな」
――こいつ、本当に、どこがフワフワなんだ?
眉を顰めてタツヤを軽く睨み、私は研究室を出た。
「さむっ」
真冬のポルールは氷点下二十度だ。
しかし、これから登るセヒマラ雪山は、氷点下六十度だと言う。
ミヤコに着せられた毛皮のマントを深く羽織り、私はまた、転送ゲートを潜った。




