11 二人の出発準備。~あたたかくして行ってください~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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「あぁ、やっぱり、もっと、暖かい服はありませんか? 手袋、二重にしませんか?」
その夜、すぐに雪山へ出発すると言うターク様を引き止めた私は、彼のクローゼットをひっくり返していた。
いつものマントで大丈夫だと言うターク様に、フカフカの毛皮のマントを羽織らせ、モコモコの帽子を被せながらも、まだまだ心配が止まらない。
――どうしてこんなに、薄い服ばかりなの?
だいたいいつも黒い鎧姿の彼。そんな彼のクローゼットは、何着か貴族っぽい服はあるものの、ほとんどが薄手のシャツばかりだった。
「もっと、セーターとか、耳当てとか、防寒着っぽい服は無いんですか? 私、今からでも買いに行ってきます」
オロオロしながらクローゼットを飛び出そうとする私の腕を、ターク様がつかむ。
「ミヤコ、そんなに心配しなくても大丈夫だ。私は不死身だからな」
「だけど、登山は準備が大事なんですよ? 手ぶらで行こうなんて、舐めすぎじゃないですか?」
「しかしな、あまりグズグズする訳には……」
「もう少しだけ待ってください!」
私が出した大きな声に、ターク様はおどろいたように眉を上げ、少し身を引いた。
――もう、ターク様。不死身だからって、適当すぎますよ?
ガルベルさんが言っていた通りなら、セヒマラ雪山の気温は氷点下六十度だ。
ターク様は大丈夫だと言うけれど、私は彼が、冷やせば普通に冷たくなるということを知っている。
引きとめずこのまま行かせれば、生きたままカチンコチンに凍り付いて、氷像になってしまう気がしたのだ。
――そういえばターク様、相変わらず、お屋敷の外ではあまり眠れないみたいだけど、大丈夫かな?
この一年、ターク様は部屋で寝ることの方が少ないくらい、外泊が多かった。
それと言うのも、新しく王様から与えられた領地に転送ゲートがなく、移動に時間がかかってしまうからだ。
何日か外泊して帰って来たターク様は、だいたいいつも、フラフラになっていた。
ガルベルさんのかけた暗示が解けたとはいえ、ターク様は元々、不眠症なのだ。
「ターク様、こんな時間から行って、雪山でいったい、どうやって寝るつもりですか?」
「一日二日寝なくても何とかなる。最高で十五日寝なかったこともあるしな。魔物もいるし、寝る方が危ないだろ」
「そ、そんな過酷な……」
「それに、ポルールだって、真冬は氷点下だぞ。動いていれば、意外と大丈夫だ」
「おかしいです。どうしてそんなに平気そうなんですか? ちょっと、私には理解できませんね……。せめてこれを持って行ってください」
私が自分の部屋から持ってきたのは、この世界に来た日、達也を探しに山に登った時、背負っていたリュックだ。
「リュックに水筒が入ってたので、温かいお茶を入れておきました! 飲み方は、蓋をコップにして、こうですよ? こう! 聞いてますか?」
「ふむ……聞いてるぞ……」
「あ、保温シートもありますよ。疲れた時、雪の上に直接座るよりは、これを敷いた方が温かいはずです。おやつや非常食も入ってますし……念のためにと思って、お鍋なんかも……」
そう言いながら、リュックから取り出した登山グッズを、次々にターク様のバッグに詰める私。
「ミヤコ、もう本当に行かないと……」
パンパンになっていくバッグを眺めて、困った顔をするターク様。「めんどうだな」と思われているのが、ひしひしと伝わってくる。
「あっ、待ってください。もしかして、モヤの中にまた、メロウムを持った闇魔導師がいるんじゃ……」
メロウムは、精霊の力を持つ者を強力に拘束する、あの緑の石の名前だ。
もし、一人で行って、またターク様が動けなくなったらと思うと、もう、不安で仕方がない。
私が青い顔でオロオロするのを見て、ターク様は私を抱き寄せた。
「まぁ、無いとは言い切れないが、気をつけるよ」
「やっぱり誰か、ついて行ってもらった方が……」
「いや、あのモヤに近づいて平気なのは私くらいだ。必ず無事に帰るから、そんな顔をするなよ。離れたくなくなるだろ」
「わ、分かりました」
ターク様に耳元で囁かれ、ドキーンと胸が鳴った私。
だけど、魔力が殆どなくなった体からは、ラストリカバリーは発動しなかった。
――そうだ、もし、今プロポーズされたらどうしよう? 体は元に戻ったし……。
――結婚は、日本にいる両親に承諾してもらわないといけない、なんて言ったら、ターク様怒るかな。
だけど、ターク様は、すぐに私を抱いていた腕を離した。
「さぁ、本当にもう行くぞ。砦がこわれると厄介だ」
「は、はい。本当に、本当に、気をつけて行ってきてくださいね」
「あぁ、お前も、あまり危険な真似はするなよ」
「分かりました」
「お前も色々と、自分の準備があるだろう。見送りはいらない。行ってくるよ」
「あ、は、はい……。ターク様……」
ターク様は私の頭をぽんぽんとなで、ほんの少し微笑みを浮かべると、荷物を背負って部屋を出て行ってしまった。
――いつもなら、出かける前にはキスしてくれるのに。
――やっぱり、電撃剣のこと、怒ってるのかな?
最近、グイグイ迫られすぎたせいか、ターク様のあっさりとした態度に、急激に不安になる私。
ふと気になって、クローゼットの姿見で、改めて自分の姿を確認してみると、なんだか少し、いつもより肌の艶が悪い気がする。
――ターク様の光で、いつもお肌ツヤツヤだっだからな……。
――あ、よく見るとこんなところに、子供の頃作った傷跡が……。
少し懐かしい自分の体。目立つ程ではないけれど、ヒールでは治らない古傷が、左耳の横に残っている。
向こう水な行動をして、ヘマをしてしまった、これは言わば「おバカの勲章」だ。
――ま、まさか、こっちの体が気に入らないとか……?
……なんて、思ってみたりもしたけれど、よく考えると、ターク様は元々、強い責任感を持った仕事人間だ。
お仕事モードに入った彼は、私なんて、眼中にないのだ。
――引き止めて、悪いことしちゃった。
――あぁ……ターク様。どうかご無事で!
手を合わせ、しばらく神頼みをした私は、ひっくり返したクローゼットを片付け、メイド用の自分の部屋に戻った。
部屋中が、ターク様にもらった、バラの香りに包まれている。
――良い香り。
――このお花、お手入れをサーラさんにお願いしないと。
明日から私は、ガルベルさんの小屋で、達也と一緒に魔法の訓練をするのだ。
――これ以上、ターク様に迷惑はかけられない。
――魔力が上がってしまう前に、魔法の正しい使い方を覚えておかないとね。
――着替えと、本と……あと、何がいるかな?
空になったリュックに、詰められるだけ荷物を詰めた私は、明日に備え、眠りについた。
いつもの姿で雪山に出かけようとするターク様を呼び止め、登山グッズっを持たせようとする宮子。ターク様は一応受け取ってくれたものの、お出かけ前のキスもせず、急いで出かけてしまいました。そして、それぞれ別の場所で頑張ることになった二人は、それぞれの厄災に見舞われます……。
次回、第14章第12話 シェンガイトを取りに。~どこがフワフワなんだ?~をお楽しみに!




