10 闇に沈むセヒマラ雪山2~ガルベルのむちゃぶり~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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「隣国とは、平和条約を結んでるって話なのに、向こうから攻められてばかりなんですね」
達也が不思議そうに首を傾げると、ガルベルさんは、大きなため息をついて言った。
「えぇ、一応ね、何度か遣いを送ってクラスタルに文句を言ったんだけどね? 精霊の厄災は自然災害みたいなものだから、責任取れないって追い返されてくるのよ」
クラスタルというのは、ベルガノン王国の北側に位置する隣国だ。
今から二十二年前、ベルガノンを侵略しようと、軍隊を送り込んできたクラスタル。
一年続いた戦争の末、ガルベルさん達がそれを食い止めた頃、当時の王が亡くなった。そして、第一皇子だったノーデス殿下が新しい王となり、平和条約が結ばれたという。
ノーデス王は、とてもベルガノンに友好的で、それ以降両国は、それなりに仲良くやってきたらしい。
だけど、クラスタルの領地であるルカラから、ポルールに魔獣が押し寄せ、魔獣をけしかけていた闇魔道士の大半が、クラスタルの国民だったこともあり、両国の関係は、随分悪化してしまったようだった。
「あちら側の領地じゃ、私達には管理しきれないのに。もっと、気をつけて欲しいものだわ」
ポルールの一件以来、精霊が起こす厄災を未然に防ぐため、日頃から精霊達の多い地域を巡回し、知り合いの精霊を訪ねては、その様子を見守っているというガルベルさん。
だけど、隣国の雪山のことまでは、彼女も手が回らないようだ。
「やっぱり、また、精霊が闇に堕ちたんでしょうか?」
「そうね、雪山を守っていた、氷の精霊が闇に堕ちたってことなのかしらね」
ガルベルさんがそう言うと、ライルが首を傾げて言った。
「だけど、湧いてくる魔物たち、炎属性なんだよね。みんな、燃えてるし、火を吐いてくるんだよ……? 変だよね、雪山なのに」
「えぇ?」
「それにね、寒すぎてお魚が凍ってるんだよ。僕、もうあそこには行きたくないな」
ガルベルさんに様子を見てこいと言われたらしいライルが、不満そうにぼやいている。
寒がりの猫ちゃんを雪山に送るなんて、やっぱりガルベルさんは、なかなかにひどい。
――それにしても、雪山で燃える魔物かぁ……。
――今度は、氷の精霊と、火の精霊の痴話喧嘩かな……?
私がそんなことを考えていると、ガルベルさんが、くるっとターク様に向き直って言った。
「とにかく、まかせたわよ、タッ君。魔物を吐き出す闇のモヤを回収して、雪山を燃やしてる精霊に、落ち着くように言ってきてちょうだい」
突然、重大事件の全てを任されたターク様は、「え?」と、戸惑ったように聞き返した。
砦の防衛に呼ばれなかったことを不満げにしていた彼だけれど、まさか精霊の闇を沈めてこいと言われるとは、少しも思っていなかったようだ。
そんな彼に、ガルベルさんは「何をおどろいてるのかしら?」と、言いたそうな顔をしている。
「だって、私、この子達の訓練で忙しいし。それにね、今って、真冬なのよ? あそこ、氷点下六十度よ? お肌が乾燥しちゃうわ」
「はぁ……」
「あーぁ、そう言えば私、さっき、凄く魔力使っちゃったのよね。どうしてだったかしら?」
私の降らせた電撃剣から彼の街を救った件を持ち出して、得意げな顔でターク様を見つめるガルベルさん。
ターク様は少し体を硬らせながらも「それは、本当に感謝してます」と、改めて丁寧にお礼を言った。
「そうよね? それじゃ、この件はあなたにまかせたわ。とりあえず、あなたのベッドを持って行って、雪山の頂上に置いてくればいいんじゃないかしら」
ガルベルさんにそう言われ、ターク様はまた「え?」と、つぶやいて固った。
――ものすごい無茶振り。どうしよう、私のせいだわ……。
――いくらターク様が力持ちでも、あんな大きなベッドを担いで、一人で魔物だらけの雪山を登れだなんて……!
私が口をパクパクさせていると、声の出ない私達の代わりに、達也が立ち上がった。
「ちょっと待ってください。あのベッドを精霊の闇に放り込むなんて、絶対ダメです。メンテナンスが出来なくなるじゃないですか! それに、闇の魔力が集まりすぎて危険ですよ」
「そ、そうですよ。あのベッドが無いと、ターク様が不眠症になってしまいますよ」
達也の勢いに便乗し、私も頑張って声をあげてみたけれど、ガルベルさんは不満そうに顔をしかめた。
「じゃぁどうするのよ? のんびりしてると砦が破られちゃうわよ」
「アグスさんが、この一年で新たに集めた、シェンガイトで回収しましょう。どこかで闇の魔力を集めたいと言っていたところなんです」
「それもそうね。それで回収しきれるなら、ぜひそうしてちょうだい。頼んだわよ。タッ君」
「分かりました。行ってきます」
達也の提案で少しホッとしたのか、ガルベルさんの無茶振りを引き受けてしまったターク様。だけど、一人で真冬の雪山に登り、モヤを吐き出す精霊を見つけ出して鎮めてくるなんて、普通に考えてとても大変そうだ。
――まさか、私の落としたライトニングソードのせいで、ターク様がガルベルさんの言いなりになってしまうなんて……。
――もしかして、魔法合宿に賛成したのもそのせいですか?
戸惑いながらも、フラフラと立ち上がった私。
「待ってください、ターク様一人でなんて、危険すぎます。わ、私も行きます!」
力強くそう叫んでみたけれど、魔力を殆ど失った私が、ターク様の役に立つはずもなかった。
「絶対ダメだよ」
「ミヤコは、魔法の訓練があるだろ」
そっくりな二人から、口々に止められ、私がしょんぼりとソファーに座ると、ターク様は、すっくと立ち上がった。
「じゃぁ、砦が心配なので早速行ってきます。行くぞ、タツヤ。シェンガイトを用意してくれ」
「ちょっと、待ってください! そんな恰好で雪山に登ったら、死にますよ!?」
私はとっさにそう叫んで、出発しようとするターク様の腕をつかんだ。
ターク様はそんな私を驚いた顔で見下ろすと、「え?」と、小さくつぶやいたのだった。




