09 闇に沈むセヒマラ雪山1~新たな災厄~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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――山で合宿!? 嫌な予感しかしない!
不安に身をすくませた私を見て、ガルベルさんはため息をついて言った。
「もちろん合宿よ。未知だって言ったでしょ? 街中で出来ないわよ。あと、拒否権は無いわ。そうね、明日の朝迎えにくるから、準備しておいてね」
――えぇっ!? 明日!?
色々と困惑している私をよそに、「よろしくお願いします」と、頭を下げる達也。
日本へ帰るため、ゲートを研究している達也が、魔法の訓練にやる気を出すなんて、とても意外だ。
改めてターク様を振り返ると、彼はコホンと、咳払いして言った。
「ミヤコ、確かに少し、訓練は必要かもしれないぞ。魔法を習うなら、先生はガルベル様が一番だ」
「そうよ。でも、そんなに気を張る必要はないわ。魔法をコントロールするための、簡単なイメージトレーニングだから」
ターク様にも背中を押されてしまい、仕方なく小さくうなずく私。
「ガルベル様、ミヤコをお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
立ち上がり頭を下げるターク様を見て、私も慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「まかせて。安心して街で過ごせるようにしてあげるわ」
そう言って、威厳たっぷりに頷くガルベルさん。
最近、歴史の本を読んで知ったのだけれど、彼女は本当に、この国で一番の大魔道師だ。
彼女は過去に、周辺諸国からのベルガノンへの侵略を、その魔力と指導力で、何度も何度も食い止めている。
今ベルガノンが平和なのは、この人のおかげと言っても過言ではないのだ。
少し困った所のある人だけれど、こんなすごい人に魔法を習えるなんて、よく考えると、幸運なことなのかもしれない。
ターク様が賛成なら、尻込みするわけにはいかないだろう。
覚悟を決めた私が、またソファーに座ると、いつからそこに居たのか、黒猫姿のライルが膝の上に飛び乗ってきた。
「わ。ライル! 元気だった?」
そう言って彼の頭をなでると、ライルは気持ちよさそうに目を細めた。
――かわいい。顎の下も触っていい?
私がライルの顎の下を、くすぐるかどうかで悩んでいると、ガルベルさんが神妙な声で言った。
「見てきたのね? ライル。それで、どうだったの?」
「うーん、イーヴと山の上を飛んでみたけど、結構モヤが濃くなってきてるからね。頂上の辺りはよく見えないよ」
「モヤって……。何かあったんですか?」
「なんかね、また精霊の厄災が起こってるのよね。イーヴが、タークは休ませておきたいって、うるさいから黙ってたんだけど」
「えぇ……!? 言ってくださいよ」
「言うつもりだったわよ。今からね」
ガルベルさんの言葉に、眉をひそめたターク様。
――精霊の厄災って、あれよね……?
闇のモヤに包まれ、真っ黒になったルカラを思い出すと、不安が胸に押し寄せてくる。達也とミレーヌも、緊張した様子で姿勢を正し、座り直した。
「魔物も湧いてきてね、雪山の頂上付近から、どんどん下りてきてるんだよね」
「わ、それって、一大事なんじゃ……」
「そうなんだよ。でも、前みたいに大きな魔獣じゃないから、砦は今のところ大丈夫だよ。イーヴの第一騎士団が出動してるしね」
「いや、それでなぜ私が呼ばれないんだ……」
「イーヴは何より君が大事みたいだね」
「困った先生だな」
「まぁ、今はカミルの第三防衛隊も出動してるし……」
「カミルが……? 雪山って、どこの雪山だ?」
自分だけ状況を知らされていなかったことに、不愉快そうな声を出していたターク様。カミルさんが現地にいると聞き、さらに、硬った顔をした。
ターク様は相変わらず、カミルさんが心配のようだ。
「えーっとね……」
ガルベルさんは、ローブの中から取り出した巻物状の地図を、テーブルに広げた。
そのセヒマラ雪山は、ルカラ湖と同じく、隣国クラスタルとの境の、クラスタル側にあった。
そして、その山の麓、クラスタルとの国境の上には、長い長い第三砦がある。
さらに、砦の手前には、ポルールよりもひと回り大きい、レムスルドラと呼ばれる街があるようだった。
もし、この第三砦が破壊されるようなことがあれば、レムスルドラは、第二のポルールとなってしまうだろう。
「クラスタルとは、平和条約を結んでるって話なのに、向こうから攻められてばかりなんですね」
ガルベルさんの説明を聞いて、達也が不思議そうに首を傾げた。
確かに、前回も今回も、厄災はクラスタルの領土から始まり、魔物達は、ベルガノンの砦を壊しにくる。
これは本当に、たまたまなのだろうか。
昨年捕まえたゼーニジリアスは、アグスさん達の質問攻めにも屈せず、未だに自分の素性も、納得のいく動機も、何一つ話そうとしなかった。
「なんだか、嫌な感じですね」と、ターク様が緊張した声を出すと、「本当にね」と、ガルベルさんが不満そうに答え、客室は重い空気に包まれた。




