08 覚悟しててね!~どら焼きと魔法合宿~
場所:タークの屋敷(客室)
語り:小鳥遊宮子
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私、小鳥遊宮子が、ターク様を連れ客室に戻ると、ガルベルさん、達也、ミレーヌの三人は、楽しそうにお菓子を囲んで談笑していた。
――こ、これは!
こんがり焼き上がった皮に、たっぷりと詰められた餡によって、ぷっくりと盛り上がった可愛らしいフォルム。
甘くて懐かしい香りが鼻をくすぐる。
ソファーテーブルの上に並べられていたのは、なんと、どら焼きだった。
「達也、すごい!」
私はパタパタとテーブルに駆け寄り、そこに手をついて瞳を輝かせた。
「みやちゃん、やっときた! 君の好きなの、作ってきたよ」
そう言って、いつものように、フワフワと笑う達也。こんな異世界に居ても、彼が笑っているところを見ると、日本にいるみたいにホッとしてしまう。
「わー! 美味しそう。ありがとう。大好物だよ!」
「前にみやちゃんが、そこの庭に生やした豆で作ったんだよ」
「えっ!? あんな種類もよくわからない豆で?」
「皮を剥いてみたら、見た感じ小豆っぽかったからさ。味も結構似てるんだ」
「すごい! 達也、流石だね」
そう言って、ようやくソファーに座った私に、「早く食べてみて?」と、ニコニコの笑顔を振りまく達也。
――あいかわらず、達也は可愛い!
いけないと思っていても、ターク様と同じ顔でフワフワされると、ついつい顔が緩んでしまう。
「ターク様、これ、どら焼きって言うんです。日本で人気の、和菓子ですよ」
となりに座ったターク様に、どら焼きを紹介する私。彼に日本の文化を知ってもらえるのは、何だかとても嬉しかった。
「和菓子……大福の仲間か?」
「そうです! 大福の説明、覚えてくれてたんですね! 流石です、ターク様!」
「まぁな……」
「わ、美味しい! 甘さ控えめですよ」
私に促され、どら焼きを口に運ぶターク様。
「うん……うまい」
「あー、幸せ!」
テンションが上がった私を見て、達也はまたニコニコしている。彼は本当に、器用で頭が良くて、何でもできてしまう。
――異世界にきて、まさか、どら焼きが食べられるなんて!
そのあまりの美味しさに、「達也、やっぱり天才なの?」と、目を輝かせた私に、「たまたまだよ」と、余裕な顔をする達也。
そんな達也をチラリと見て、「タツヤさん、とても熱心に研究されてましたよ?」と、裏情報を漏らしてしまうミレーヌ。
彼女は失敗作のどら焼きを、そうとう食べさせられたらしい。
「ミレーヌちゃん、言わないでって言ったのに……」
ガクッと肩を落としてしまった達也を見て、私も少し、申し訳ない気分になった。
――そ、そうよね。材料も道具も何もかも違うし、レシピだってないのに、いくら達也でも、簡単なはずないよね。
「達也、本当に、ありがとう。懐かしい気分になれたよ」
そう言った私に、俯いていた顔を上げ、達也は珍しく、ニヤリと笑った。
「ふふふ。みやちゃん、そろそろ日本に帰りたくなったかな?」
「た、達也……ごめん」
即答する私に、達也はまた、ガクッとなる。
私だって、日本に帰りたくないわけではないけれど、今帰ってしまうと、二度とこの世界には、戻ってこられないかもしれないのだ。
「いいよ。だけど、また、美味しいの作ってくるから、次は覚悟しててね」
「本当に、ありがとう」
そう言いながらも、飲み込めなくなったどら焼きが喉に詰まり、慌てて紅茶を手に取る。
――やっぱりこれ、達也のアピールだった?
――もしかして、ターク様、また機嫌損ねてる……?
冷や汗をかきながらチラリと隣のターク様を見ると、彼はおどろくほどの仏頂面で、どら焼きを頬張っていた。
――あふん。申し訳ないけどかわいい……。
こんな状況でも、ターク様の不機嫌顔に、ついついときめいてしまう私。
「良いもの食べさせてもらったわ。タツヤには本当に、いつも感心するわね」
大きなどら焼きを五つも食べて、ガルベルさんは、満足そうにそう言った。こんなにナイスバディなのに、意外とよく食べることにおどろいてしまう。
「さて、そろそろ本題に移って良いかしら?」
「あ、はい、なんでしょうか?」
私は二つ目のどら焼きを手に持ったまま、となりに座る彼女に向き直った。
「歌姫ちゃん、タツヤ。私、あなた達に、魔法の訓練を受けてもらおうと思うのよ」
「「え? 訓練ですか?」」
タツヤと声がそろってしまい、どちらからともなく顔を見合わせる。
体が元に戻り、魔法はあまり、成長しない方が良いだろうと思っていたのだけれど、訓練なんかして大丈夫なのだろうか?
だけど、彼女が言うには、それは魔力を持つものなら誰でもするような、初歩的な訓練なのだという。
「今後のためにも、少しはコントロール出来るようになった方がいいわ」
「確かに……。って達也もですか?」
「念のためね。あなた達、色々と未知な部分が多いから、確認しておきたいこともあるし」
そう言って、私の顔をじっと見るガルベルさん。どうもこの、魔力ゲージが気になるようだ。
――達也と一緒に魔法の訓練か……楽しそうだけど……。
振り返ってターク様を見ると、彼はさっきよりひどい仏頂面で、どら焼きをもぐもぐしている。どうも何か、引っかかっているようだ。
しばらく顔を眺めて待っていると、「行きたいのか?」と、ぼやくようにつぶやくターク様。
――え? 行くって、どこへ? お庭でするんじゃないの?
ポカンとする私をチラリと見ると、ターク様は身を乗り出し、ガルベルさんに話しかけた。
「訓練ってことは、ガルベル様の山小屋合宿……ですよね?」
「え!? 山で……合宿?」
その言葉を聞いた途端、私の脳裏に嫌な思い出が次々と蘇った。
達也と再会した今でも、達也が行方不明になった、山の合宿所での出来事は、心に深い傷跡として刻まれているのだ。
――嫌な予感しかしない!
不安に身をすくませた私を見て、ガルベルさんは「ふん……」と、困ったように息を漏らした。
達也が作ってきたどら焼きに盛り上がった宮子でしたが、どうやらこれは達也からの、「一緒に日本へ帰ろう」というアピールのようです。達也の気持ちを受け止められない宮子は、冷や汗をかきつつどら焼きを飲み込みました。そんな二人をガルベルは山小屋での魔法合宿に誘います。そして、ターク様にも新たな試練が……。
次回、第14章第9話 闇に沈むセヒマラ雪山1~新たな災厄~をお楽しみに!




