07 焦ってはいけない。~プロポーズはお預けだ~
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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ガルベル様によって、ベッドルームへ閉じ込められた私、ターク・メルローズは、封印の魔法陣が黒々と光る扉を眺めながら、しばらく呆然としていた。
暴発のショックに打ちのめされ、涙を流すミヤコの姿が、目に焼き付いている。
――まさかミヤコが、あんなに怒るとは……。
――いや……ミヤコにもおどろいたが、ガルベル様のあのシールドはいったいなんだ? ポルールで、あんなすごい魔法を使ってるところ、見たことないぞ……?
フラフラと立ちあがった私は、とりあえず、バスルームに入り、すすけた顔を洗った。
鏡を見ると、電撃で一度逆立った髪がボサボサになっている。服も焦げてボロボロだ。
私は髪を整え、クローゼットに移動して、いつもの黒いシャツに着替えた。
――もう、ミヤコの機嫌はなおっただろうか。
――やはり、体はどうあれ、とにかく結婚したい、というのは、焦りすぎだったようだ。
私がソワソワしながら待っていると、コンコンとノックの音が響き、封印されていた扉が開いた。
「ターク様……?」
「……ん? ミヤコか? 扉の封印はどうしたんだ?」
「あの封印、かけた側からは簡単に開くみたいです」
「そうか……」
扉の隙間から姿を見せた彼女は、確かにミヤコのようだったが、彼女はミレーヌの服を着ていた。
「その服……」
「はい。私、ミレーヌに体を返してもらいました」
「本当か!?」
「あのままじゃ、危険すぎるので、ガルベルさんが説得してくれて、ミレーヌも承諾してくれました」
「そうか。よかったじゃないか」
少し恥ずかしそうに、いつまでも扉の影にいる彼女。
「どうした? こっちへ来い」
「あ、はい……」
寄ってきた彼女を軽く引き寄せ、頭をなでてみると、白い頬がわずかに赤くなった。
――よかった。もう怒ってないようだな。
――しっかり、ミヤコだ。
普段は穏やかな宮子も、たまには怒ることもある。いままでだって、彼女はときどき怒っていた。
しかし、彼女は、機嫌を治すのがとても早い。しばらくすれば、すっかり忘れてしまったかのように、ケロッと元に戻っているのだった。
そんな、どこかあっけらかんとした彼女だが、別段忘れっぽいというわけではない。
だれになにをしてもらったのと、感謝の気持ちのほうは、ずっと忘れずに持っているのだ。
そんな彼女の寛容で寛大な性格が、彼女の愛らしさを、こんなふうに、何倍にも引きあげているのかもしれない。
――やはり、ミヤコはホッとするな。
いまの彼女の姿を見て、彼女がなにも変わっていないことに、私は安堵のため息をもらした。
体が変われば、なにか変わってしまうかもしれない。自分で思っていた以上に、私はそれを、不安に感じていたようだ。
――はじめて触ったな……。
思いがけない感動が、胸にあふれてくる。どっちでもいいなんて言いながら、結局のところ、私もこの結果を望んでいたようだ。
彼女の気持ちを理解していなかったのはもちろんだが、私は自分の気持ちすら、なにひとつ理解していなかった。
「さっきは、焦がしてしまってごめんなさい。街も危うく焼け野原になるところでした……。ミレーヌから話を聞きました。私、勘違いしてしまって……」
「いいんだ、もう、済んだことだ。それより、その体、調子はどうだ?」
「とてもいい感じです!」
「そうか。本当によかったな。不思議だが、私も、しっくりくる気がするよ」
「ふふ。ありがとうございます!」
そう言って、にっこり笑ったミヤコは、いつもどおり、とても愛しい。
――私はなにを心配していたんだ?
――キスしようか? いや、焦ってはいけない。
――最初のキスは、皆が帰って、落ち着いてからだ。
そんなことを考えていた私に、ニコニコしながらミヤコはいう。
「魔力は消えましたが、これで思う存分、好きな歌を歌えます!」
「あぁ。そうだな。楽しみだ。これからはもっと、いろいろな歌を聞かせてくれ」
私はそう言って、あらためて彼女の顔を眺めた。いつもジワジワとあふれていた魔力がなくなり、やはり少し、静かに感じる。
しかし、気になってステータスを見てみると、彼女にはしっかり、魔力ゲージが存在した。
「しかしミヤコ。お前、魔力ゼロというわけではないんだな」
「え?」
私に言われ、はじめて自分のステータスを確認した彼女は、そのゲージを見て、おどろきの声をもらした。
「わ、最大魔力、八百ってなってますね」
「ミレーヌが入っている間に、魔力があがったみたいだな」
「私の身体でも、魔力があがるんですね」
「そうみたいだな」
「これ、あまり、あがらないほうがいいですよね……?」
困ったように、眉尻を下げてそう言う彼女。
「まぁ、大丈夫じゃないか? 自分の体なら、そうそう暴発はしないだろう」
内心に、少しヒヤッとするものを感じながら、私はそう、返事をした。
――しかしこれ、すぐにあがってしまいそうだな……。
彼女の場合、歌を歌ってなにか魔法が発動すれば、簡単に魔力があがってしまうだろう。
出会ったころ、九千ほどだった彼女の最大魔力は、ミヤコが歌うたびに跳ねあがり、この一年で、ニ万を超えていた。このままでは、ガルベル様を超えてしまう勢いだったのだ。
それが、八百まで下がったのは、一安心には違いないが、平穏な期間は、そんなにつづかないという気がした。
だが、せっかく歌が歌えると喜んでいる彼女に、いますぐそれを伝えるのは気が重い。
――まぁ、最大魔力があがったからと、使える魔法が初歩的なものなら、問題は少ないだろう。
――あの強力な魔法はきっと、ミレーヌの高い素質と、ミヤコの豊かな感性の、相乗効果によるものだろうからな。
多少の不安はあるものの、いまはとにかく、ミヤコの希望が叶い、体が戻ったことが嬉しかった。
もう、それを理由にプロポーズを断られることもないはずだ。
――だが、プロポーズはしばらくお預けだ。
――慌てることはない。私は不死身だからな。二十六歳なんて、明日くらいに感じる筈だ。
「あ、そうだ、ターク様。みんな待ってるので、こっちに来てもらえますか?」
黙って考え込んでいた私の手を取り、ミヤコは私を、扉のほうへ引っ張った。
ガルベル様が、なにか話があると言っていたらしい。
今回の件で、彼女はすっかり、私の恩人になってしまった。
彼女がミヤコを、木の影に引き留めたりしなければ、あんなことにはならなかっただろう、とは、思うけれどだ。
そして、焦っていた私に、適切なアドバイスをくれたタツヤにも、私はあらためて、感謝しなければならないだろう。
しかし、この二人が恩人であるという事実は、はっきり言ってとても厄介だ。
嫌な予感を感じながらも、私はミヤコに手を引かれるまま、部屋を出た。
寝室に閉じ込められ、ソワソワしながら扉が開くのを待つターク様。
彼は自分が、自分の気持ちに無頓着であることに、ようやく気が付いたようです。
自分の体を取り戻した宮子に、キスしたいと思うターク様ですが、状況が状況だけに、焦ってはいけないと自分を戒めました。
ちなみに、日本の結婚適齢期26歳というのは、達也が時間稼ぎのために、適当に言ったことです笑 ターク様、騙されてます!
次回、第十四章第八話 覚悟しててね! ~どら焼きと魔法合宿~をお楽しみに!




