06 ありあまる魔力。~彼女は自由!~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
*************
「ターク様の街に……私、なんてことを……」
ガルベルさんの出した巨大なシールドが消えると、私、小鳥遊宮子は、その場に倒れ込んだ。
あの稲光をあげる沢山の剣は、イーヴさんがポルールで放っていたライトニングソードと同じようだったけれど、その攻撃範囲の広さは、イーヴさんのそれを、遥かに上回っていた。
――まさか、あんな強烈な攻撃魔法が、私から飛び出すなんて……。
あまりのショックに、まだ目の前がチカチカしている。いっきに魔力を使い切ったらしく、体に力が入らず、顔が上げられない。
「みんな無事!? 一体何があったの!?」
領主用の出入り口から飛び出してきた達也は、地面にへたり込んでいる私とターク様を見て、急に声を荒げた。
「ターク君、みやちゃんに何かした?」
――達也、何かしたのは私だよ!
そう思うものの、口を動かす気力もなく、声が出ない。
ターク様もしゃがみ込んだまま反応がないし、ミレーヌも口を開けたまま固まっている。
「え、本当に何があったの? 外がすごく光ってたみたいだけど」
「とにかく、移動しましょ」
ガルベルさんはそう言うと、私とターク様を小脇に抱えた。体が重力から解放され、フワフワする。
「わ!? 僕は自分で歩けます」
そう言ってジタバタするターク様を抱えたまま、階段をのぼり、書斎に移動するガルベルさん。
「あなた歌姫ちゃんを刺激するから。しばらく避難しててちょうだい」
ターク様を彼のベッドルームに閉じ込めると、彼女は出入り口をパパっと封印してしまった。
扉に黒い魔法陣が現れ、扉全体が黒く光っている。
――ターク様をあんなに簡単に……。
唖然とする私を抱えたまま、客室に入った彼女は、私をソファーに降ろすと、「さぁ、あなた達もこっちへきて」と、達也とミレーヌを呼んだ。
二人が顔を見合わせながら、ソファーに座ると、ガルベルさんは腕組みをして、早速ミレーヌに迫った。
「ミレーヌ、あなたいい加減、歌姫ちゃんに体を返しなさい。危険すぎるわ」
「え!? で、でも……」
急に自分に火の粉がふってくるとは思っていなかったらしく、目を丸くするミレーヌ。
「危険って、封印されていた私の魔力を解放したのは、ミヤコ達じゃないですか」
彼女はそう言うと、ひどく不満そうに顔を顰めた。
「なら、あなた、ゴイムのままでいたかったの? じゃぁ、元の体に戻ってから、私がもう一度、封印してあげましょうか?」
「い、いやです!」
震える声でそう叫んだミレーヌを見て、達也が庇うように体を前に出した。
「ガルベルさん、あんな危険な封印を、また彼女にしようなんて、あんまりですよ」
「タツヤ、本当に、さっきの見てなかったの? 街が一つなくなるところだったわよ?」
「だけど、ミレーヌちゃんはゴイム制度の被害者なんですよ。頼むにしても言い方ってものが……」
頑張ってガルベルさんにくってかかるタツヤ。私達の体の入れ替えを望んでいるはずの彼だけど、ミレーヌを困らせたくはないようだ。
そんな二人に、ガルベルさんはさらに語気を強めた。
「ミレーヌが被害者ですって? タツヤ、ミレーヌはね、被害者じゃなくて当事者よ。あなた、自分の魔力が怖くて、自分からゴイムになったんじゃないの? 違う?」
ガルベルさんにそう問い質されたミレーヌは、見開いた眼でガルベルさんを見ながら、ゴクリと喉をならした。
「え? そうなの? ミレーヌちゃん」
達也にそう聞かれても、何も言い返さないミレーヌは、暗にガルベルさんの発言を、認めているように見えた。
――自分からゴイムに……?
彼女が自分の魔力を疎んでいるのは、ゴイムとしてひどい扱いを受けたせいだと思っていたけれど、彼女はその前からずっと、強すぎる魔力に悩んでいたのだろうか。
「分かるわよ、ミレーヌ。だけど、いつまでも自分の魔力からは逃げられないわ。力を持て余したからって、他人に放りなげたのでは、やってることが精霊達と変わらないわよ?」
ガルベルさんは、今度は宥めるように、うつむいたミレーヌに話しかけた。
――ミレーヌが、私に力を投げ出した? シュベールさんや、アクレアさんみたいに?
――私が今、ミレーヌに魔力を返したいと思ってるみたいに?
――そうだったの?
ずっと、ミレーヌが身体の交換を嫌がっているのは、青薔薇の歌姫が有名になりすぎたせいだと思っていた私。
だけど今なら、ミレーヌがこの有り余る魔力を恐れているということが、痛いほどにわかる。
ミレーヌは、うつむいたまま、肩を小さく震わせた。
「……ガルベル様は良いですよね。あなたは英雄だもの。国の為に、人のために、正しく魔力を使える人だわ。だけどもし、こんな強大な力を持った人間が、欲望に負け、自分の為だけに魔力を使ったら? あなたは、奴隷だった私に、強大な魔力を持たせることが、恐ろしくはないんですか?」
押し殺したような声で、そう言ったミレーヌ。彼女は自分を制することに、自信がないらしい。
それはそうだ。あんなひどい目に遭えば、普段はやさしいミレーヌでも、世の中を恨みたくなることだってあるかもしれない。
――でも、私の方が絶対危ないよ!? 怒りに任せて街を破壊しちゃうよ?
ソファに転がったまま、また青くなる私。今すぐどこか、誰もいない山奥にでも引っ込みたい気分だ。
いったい、このあり余る魔力は、どこから湧いてくるんだろうか。
あんな極大魔法を使った後にもかかわらず、減った魔力が、もう回復しつつあるのが恐ろしい。
「え? 私が世のため人の為に正しく魔力を使える英雄ですって!? そうよね? そうなのよ。それ、もっと言って!? さっきも私、街一つ救ったのよ! 賞賛が足りないわ!」
恐怖に震える私達をよそに、瞳をキラキラ輝かせて立ち上がったガルベルさん。ミレーヌに言われたことが、よほど嬉しかったらしい。達也が呆気にとられつつも、ガルベルさんにパチパチと拍手を送っている。
「恐れることはないわ、ミレーヌ! 自分の体だもの。あなたなら少なくとも暴発はしない。安全なのは私が保証するわ!」
「でも、私……」
「大丈夫! 魔力なんて自分の好きなことに、自由に使えば良いのよ! 誰になんと言われようとね!」
「自由にですか?」
「そうよ! その為にタッ君が、頭の固い貴族達に頭を下げて、ゴイム達を解放してまわってるんでしょ!? あなた達は、自由なのよ!」
大きな声でそう言って、両手を高く掲げたガルベルさん。
そんな彼女を見て、ミレーヌは瞳を輝かせた。
「分かりました。ガルベル様。私、自分の魔力と向き合ってみます!」
「良く言ったわ、ミレーヌ!」
――おぉ……。ガルベルさん、すごい……。何もかも、お見通し?
こうして、私が一言も発せず転がっている間に、ミレーヌは元の体に戻る決心をしたのだった。
ターク様を簡単に監禁し、すごい勢いでミレーヌを説得するガルベル。ミレーヌが体の交換を嫌がっていた本当の理由は、自分の強すぎる魔力を恐れての事だったようです。
次回、第14章第7話 焦ってはいけない。~プロポーズはお預けだ~をお楽しみに!




