04 気にならないの?〜 仕方のない恋敵〜
場所:タークの屋敷
語り:ターク・メルローズ
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ミヤコに黒焦げにされる少し前、シェンガイトのベッドを前に、私、ターク・メルローズは、タツヤと話をしていた。
あの、メルローズの街を輝かせたクリスマスイルミネーションとやらで、光の魔力を消費したベッドは光を失っている。
この一年、タツヤは魔力の研究やベッドのメンテナンスのため、しばしば私のベッドルームを訪れた。
と言っても私は多忙のため、留守のことが多い。
タツヤには、メイドに声をかければ、いつでもベッドルームに入って良いと言ってあった。
そんなわけでこの日、タツヤは、知らない間に、私のベッドルームに入り込んでいたのだ。
そしてどうやら、私が書斎でミヤコにプロポーズしているのを、聞かれてしまったようだった。
「ターク君、毎日みやちゃんにあんなことしてるの?」
呆れ顔で眉根を寄せるタツヤ。恩人にこんなことを思うのは申し訳ないが、ムカつく顔だ。
「タツヤ、ミヤコにプレゼントするなら、何がいいか教えてくれ。お前、詳しいだろ」
私がそう言うと、タツヤは思い切り顔をしかめ、口を尖らせてから言った。
「どうして教えると思ってるの? 僕、みやちゃんのこと、ぜんぜん諦めてないよ?」
「知ってる」
普通なら私だって、こんなことを、恋敵に聞いたりはしない。
だが、長い間私の中にいたタツヤに、今さら格好をつけても仕方がないのだ。
物心ついた頃から、ミヤコとべったり二人で過ごしてきたと言うタツヤは、本当に、ミヤコを喜ばせるのがうまかった。
「知ってるが、教えてくれ」
ミヤコを手に入れるため、プライドを捨てた私に、タツヤは露骨なため息をつく。
「ターク君? 必死過ぎ。気持ちは分かるけど落ち着いて?」
――落ち着けって? 私が焦るのは他でもない、お前のせいだ。
――今回のことだけじゃないんだぞ……。
ベッド脇の椅子に座っていた私は、テーブルに乗せた頭を腕で抱えこんだ。
そのまま、じとっとした目でタツヤを眺める。
定期的にベッドを点検しに来るタツヤは、毎度ミヤコに会うため、メイド達の部屋を訪れた。
そんな時、タツヤが手土産に持って来るのは、日本の食べ物を、こちらの食材で再現したオヤツだった。
大福とか大学芋とかプリンとか、とにかく見たことも聞いたこともない、甘いものばかりだが、食べるのが好きなミヤコが、喜ばないわけはなかった。
メイド達にチヤホヤされながらも、しっかりと、ミヤコの心をつかんで帰るタツヤ。こんなことを頻繁にされては、私に勝ち目はない。
タツヤは私に背中を向けたまま、もくもくとベッドを点検していた。
このベッドに一年溜め込んだ光の魔力は、街中を一カ月照らせる程の威力があった。
しかし、精霊達の遺跡にある魔道具は全て、闇の魔力によってのみ起動するようだ。
タツヤのしている研究は、私には正直、無駄に思えた。
「お前、意地をはらず、父さんの集めたシェンガイトを使って、日本へ帰ったらどうだ」
つい飛び出した私の言葉に、タツヤがムスッとした顔をする。
「君はさ、アグスさんとカミルちゃんの努力を、なんだと思ってるの?」
「……私は、不死身を治して欲しいと頼んだ覚えはない。それに、父さんには、無理をしてほしくないしな」
「ふぅん。何にしても、僕は、みやちゃんを置いては帰らないよ」
「ミヤコは渡さない。これ以上待っても無駄だぞ」
「ふられたくせに」
「ふられてない」
ピリピリした空気の中、タツヤがこちらを振り返る。ミヤコといる時は、怒っていてもどこかフニャッとしているタツヤだが、私の前では時々、おどろくほどに目つきが悪い。
「君はさぁ、そんな身体で、本当にみやちゃんを幸せに出来るとでも思ってるの?」
「どう言う意味だ……」
「結婚なんて言ってるけど、先のことなんか何も考えてないだろ」
「そんなことはない……。少なくとも私は、彼女より先には死なない。私は最後まで、ミヤコを守るつもりだ」
何か含んだような口調で「ふぅん」とだけ言うタツヤ。
――なんだ? 何が悪い!?
――間違ったことは言ってないだろ?
やり返したつもりが、余計にモヤモヤする結果になってしまい、私は再び頭を抱えた。
「タツヤ……私にも、プリンは作れるか?」
「はぁ? 君には無理だよ」
「たのむ……」
「まったく、君って、本当に仕方がないな」
タツヤはそう言うと、ベッドから離れ、私の前の椅子に座った。
「あのさ、ターク君。いくらなんでもね、子供が欲しいなんて、あんなプロポーズ、古すぎるよ。流石のみやちゃんもドン引きだと思うよ?」
「……?」
「プロポーズの言葉をあれこれ考える前に、彼女の気持ち、もっとよく考えてみなよ」
「んん……」
「それに、最近の日本では、女性の結婚適齢期は二十六歳くらいらしいよ」
「二十六!? それはもう、行き遅れじゃないか……?」
「そんなこと言ったら、日本の女性に怒られるよ」
「ふむ……」
「だからさ、君とみやちゃんじゃ、価値観がだいぶんずれてるってこと、覚えておいた方がいい」
「なるほど……」
「って、どうして僕が、アドバイスしなきゃいけないの!?」
「助かるよ。いい話を聞いた」
「プリンの作り方までは教えないよ?」
「わかった……」
思いのほか、適切なアドバイスをくれたタツヤは、また不満げに口を尖らせ、ベッドの点検を再開した。
「まったく、冗談じゃないよ。みやちゃんはどうして、ターク君なんか選んじゃったのかな? 僕はダメで君なら良いなんて、全然納得いかないな」
小さな声でブツブツとぼやくタツヤ。正直なところ、私にだって、彼女がなぜ私を選んだのか分からない。
私は一つとして、彼女にいいところを見せた記憶がないのだ。むしろ、ダメなところしか見せていない気がする。
――だが、彼女が選んだのは私だ。
――ここは、少し、余裕のあるところを見せておこう。
そう思った私は、意気込んで口を開いた。
「どうしてって、そりゃぁ……私とお前では、何か色々と違うんじゃないか? どっちでもいいって事はないだろう」
情けないことに、私の口から飛び出したのは、そんな、中身のない虚勢だった。
タツヤはまた、すこし呆れた顔をして、作業の手を止めると、私に向き直っていった。
「だいたいさ、ターク君。君は、みやちゃんの体がミレーヌちゃんのままで気にならないの? みやちゃんがこのままじゃだめだって言ってるのに、どうして平気なの? 僕はやっぱり、心も体も、みやちゃんがいいよ」
タツヤは未だに、ミヤコの体がミレーヌのままになっていることが、気に入らないようだ。
しかし、ミヤコの体についての私の見解は、タツヤとは違っていた。
私がミヤコに出会った時には、彼女は既に、ミレーヌの中に入っていたのだ。
私にとっては、今のままで、彼女はミヤコだ。
だが、ミヤコが元に戻りたいなら、それはそれで構わない。大切なのは体より中身の方だろう。
「体なんてどっちでもいいんじゃないか? 魔力があるかないかくらいで、後はほとんど同じじゃないか」
私がそう言うと、タツヤは手に持っていた道具を放り投げ、バタン、と仰向けにベッドに倒れた。
「もう! こんな適当なやつに負けるなんて悔しすぎるよ! 僕は五歳の時から、みやちゃんと結婚するつもりだったのに!」
顔を腕で隠し、悲壮感あふれる声で、そう喚いたタツヤを見て、私の不安は、加速していった。
――これは、明日の自分の姿じゃないか?
――このままでは私も、同じように喚くことになりそうだ。
すっかりやる気を無くした様子のタツヤを部屋に残し、私は外へ、ミレーヌを探しに出た。
ベッドルームでターク様のプロポーズを聞いてしまった達也と、本音駄々洩れの会話を繰り広げるターク様。一見認めてくれたようで、全く宮子を諦めていない達也にやきもきが止まりません。
次回、第14章第5話 本当のミヤコ?~白黒つける男になるぞ~をお楽しみに!




