04 意地悪ですよね?~こうなるとは思ってたけど~
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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ターク様の入った湯には確かに加護の力が宿っていた。キラキラと発光し、美しく揺らいで、ズキズキと疼いていた痛みを和らげてくれる。毎日この湯に入っていたらかなりの効果がありそうだ。
アンナさんに言われた贅沢なゴイム、という言葉が脳裏に浮かぶ。
「まるで温泉ね。これは贅沢……」
「当然だ」
声に驚いて顔をあげると、目の前にターク様が立っていた。
――ぎゃー! なんでまたいるのー!?
叫びが声にならず口をパクパクさせると、ターク様は愉快そうにククッと笑った。どうやら意地悪をしにわざわざ来てくださったようだ。
「なんて顔してるんだ。おかしなヤツだな」
「なっ、なにか御用ですか!?」
「いや……、今夜は書類整理の予定だったが、やはり早く寝て魔力を回復させようと思ってな。お前にも加護を与えてやる。さっさと出てこい」
そう言うとターク様はくるっと背中を向けてベッドルームに戻っていった。
――ターク様、達也とはやっぱり別人ね。達也は絶対こんなことしないわ……。
ニヤリと不敵に笑うターク様と、いつもニコニコでフワフワだった達也をついつい比べてしまう。
「早く、出なきゃ!」
とにかくターク様を待たせてはいけないと、気を取りなおし、急いで寝巻きを着る。
――でも、加護を与えてやるって……?
最初の日にソファの上で、のそのそと密着してきたターク様を思い出すと、のぼせたように顔が熱くなった。
――治療とはいえ、あんなにキスされてしまうなんて……。
――昨晩も、ベッドに入ったとたん抱き寄せられて、おでこにキラキラの吐息をかけられたっけ……? どうしよう、恥ずかしすぎて無理!
こんなことなら、ヒールをかけてもらえばよかったと、今更ながらに後悔がおしよせてきた。
バスルームから出られずに、こっそりベッドルームを覗いてみると、ターク様のお怒りの声が聞こえてきた。
「遅い」
少し不機嫌そうな顔をしながら、あの派手なベッドに横になっているターク様。
被っていたシーツを持ちあげて、「ここへ来い」、という仕草をしている。
――やっぱり、また一緒に寝るんですか……?
心のなかで叫ぶも声にならず、また口だけが動いてしまう。
「ふふ。お前、時々口だけ動いてるな。そんなゴイム、聞いたことがないぞ」
ターク様は私の、驚いた顔が気に入ったらしい。とても恐ろしい薄ら笑いを浮かべてこっちを見ている。
いくら神々しく輝くイケメンでも、そんな怪しい顔をされると近づけません、と言いたくなる。
とはいえ、この部屋にはベッドがひとつしかない。昼間から正直、今夜はどこで寝ればいいんだろうと思ってはいた。
ターク様が治療をつづけるつもりなんだから、こうなるんじゃないかという予想も、もちろんしていた。
だけど、満身創痍だった昨日とは違い、今日はなんだかとても恥ずかしい……というより怖い!
「治癒魔法が嫌なら加護で治療するしかないだろ。早く来い。湯よりもっと贅沢な加護を与えてやる」
――これ、入って大丈夫なの?
正直逃げようかと迷ったけれど、この部屋から飛び出したっていく当てもない。またひどい目に遭うのもわかりきっているし、したがうよりほかに選択肢はないようだ。
――達也と一緒にお昼寝してると思うことにしよう。
「お、おじゃまします」
ドギマギしつつもターク様のとなりに横になると、「もっとこっちへ」と、彼の腕が私をグイッと引き寄せた。
近づくほどに癒しの光が濃くなり、まだ傷の残る身体を包み込む。
さっきはあんなに疲れた顔をしていたターク様なのに、いまはなんだか、慌てる私を見て楽しんでいるようだ。
「お前、昨日は腫れすぎてわからなかったが、よく見ると面白い顔をしているな」
「お、面白い!? ですか?」
「ほら、その顔、なんなんだ? 妙だな」
「あの……意地悪言って遊んでますよね?」
「怒るなよ。悪い意味ではないぞ。ゴイムは無表情なヤツばかりだからな、少し……驚いただけだ」
眠そうにとろけはじめた顔で、ターク様が微笑んでいる。
「もう少し見ていたいところだが、今日はあっちを向いていろ」
彼は私をくるっとひっくり返すと、背後から後頭部の傷に唇を付けた。
「早く所有者を思い出せよ」
「ひゃ……ひゃいっ」
背中に触れるターク様の身体が熱くて、心臓が飛び出しそうにバクバク鳴っている。
この音は彼に聞こえてしまっているだろうか?
――なんて心地いいの……? 苦痛も悲しみも全て溶けてしまう……。
ドキドキしているのを悟られないように、私は息をのんで、じっとしていた。私の髪に、「くー、くー」と、ターク様の寝息がかかりはじめる。
――寝るの早っ。やっぱりお疲れなんじゃないですか。
ターク様の光はくすぐったいし、明かりを消しても結構明るい。昼間もじっとしていた私は、なかなか寝付けそうになかった。
――ターク様を起こさないように、できるだけじっとしていよう。
このベッドからはやっぱり、達也と同じ香りがする。
ターク様の気配を背中に感じながら、私はまた、達也のことを思い出していた。




