02 このままじゃ危ない?~ガルベルの不安~
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場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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「あ、ここは狭いですから、客室でお茶を淹れます」
私はそう言って、ガルベルさんを近くの客室に案内した。
長い足を組んで、ソファーに腰掛けた彼女は、相変わらず、美しい。
――これで六三歳?
――もしかして、ガルベルさんも、不死身なのかな?
そんなことを考えながら、ティーカップに紅茶を注ぐ私に、ガルベルさんは、ため息混じりに言った。
「あなたのラストリカバリー、街でずいぶん噂になってるわよ」
「……なんとも、お恥ずかしいです」
そう言いながら、私はガルベルさんの正面に座った。
ターク様に迫られるたび、街中に轟いてしまう私のときめき。
当然ながらそれは、前々から噂の種になっている。
あれが発動すると、街中の人が全回復するのだから、もちろん、喜ばれてはいるのだけれど、はっきり言って、もう、顔を上げて外を歩けないくらい恥ずかしい。
私が顔を赤くして俯くのを見て、ガルベルさんは呆れた声を出した。
「婚約発表の前に、子供が生まれるんじゃないか、なんて言ってる人も居るみたいよ? 良くないと思うわ、そういうの。火炙りにされちゃうわよ?」
――ひぇえ! 火炙りって何!?
あまりに空恐ろしくて、口をぱくぱくさせる私。
出来ちゃった婚なんて、日本なら今どき大した騒ぎにもならないけれど、この世界でそれは、思いの外一大事らしい。
「タ、ターク様は、そんな、無責任なことは……それに、彼、多忙過ぎて、普段はほとんどお屋敷に居ないですし……」
「まぁ、タッ君は仕事バカだものね。分かってはいるんだけど」
「そうなんです」
「だけど、歌姫ちゃん。その魔法の暴発、そろそろ止めないと危険だわ」
彼女が言うには、先日、私が「王都に届いたかも?」と、思っていたラストリカバリーの青い輝きは、ガルベルさんの山小屋から見ると、巨大なドーム状に広がり、実際に王都の端に届いていたらしい。
美しい春の湖のような輝きを放つラストリカバリーは、水属性の最上級魔法だ。歌で発動する特殊な術では、ほとんど魔力を消費しない私だけれど、あれを放つと、一気に全ての魔力を消費し、私はへたへたと座り込んでしまう。
そして、その威力が大きくなるにつれ、消費する魔力も増え、私の最大魔力量もどんどん増えていた。
「前よりずいぶん威力が上がってるじゃない? ラストリカバリーだけなら良いけど、あなた、たまに他の魔法も暴発させてるわよね?」
「そ、そうなんです……」
実を言うと、この一年、私の魔法は何度も暴発していた。
うっかりお風呂で口ずさんだ「故郷の小舟」の歌で、水属性の足止めスキルが発動し、お屋敷の床をびしょ濡れにしてしまったのは半年前のこと。
先月は、無意識に歌っていた「心の種」の鼻歌で、天まで届きそうな大きな豆の木が、お屋敷の庭に生えてしまった。
それ以外にも、数々の予想を超えるハプニングを、私はしばしば起こしてきたのだ。
これらの魔法は、私の想いや願いを感じ取った微精霊達が、何かの間違いで発動させているという。
ターク様は、「気にするな」と言ってくれるけれど、ただでさえ忙しい彼に、迷惑ばかりかけてしまうのは、本当に心苦しかった。
「ガルベルさん、何か、魔法の暴発を止める、いい方法を知りませんか?」
ガルベルさんは、詠唱なしで自在に魔法を発動させる。
それは、一見便利そうに見えて、実はとても、制御が難しいはずだった。
私がたずねると、ガルベルさんは、うんうんと、頷いた。
「私レベルになるとね、それはもちろん、制御できるわよ? だけど、それには、訓練が必要だわ。あなた、もっと、魔法をよく知る必要があるのよ」
「そ、そうですよね。みなさん、訓練されてますもんね……」
「そう。だけどそれ以上に、あなた、心と体がバラバラのままでしょ? 一番の原因はそれだわ。早くミレーヌと、体を交換することね」
「やっぱり……そうですよね」
魔法が発動するたび、何となく感じる、心と体のずれ。
それは、初めのうちはほんの小さな違和感だったけれど、最近はかなり、はっきりと感じるようになってきていた。
十二歳でゴイムになるまで、様々な属性の魔法を簡単に使えたというミレーヌ。
だけど、物心ついた頃から奴隷だった彼女が身につけていたのは、ほとんどが生活魔法だった。
彼女は、私のように、魔法を暴発させることはなかったし、その威力も普通程度だったようだ。
この体に入っているのがミレーヌなら、何も問題は起きないはずなのだ。
「だけど、体の交換は、ミレーヌが嫌がってまして……」
「そんな呑気なこと言って、もっと、思いもよらない魔法が飛び出したらどうするの?」
「そうですよね……」
「もう一度、真剣に頼んでみた方が良いんじゃない? あなたは確かにベルガノンを救ったけど、このままじゃ逆に、ベルガノンを滅ぼしかねないわよ」
「えぇ!? そこまでですか?」
「そうよ。一緒に頼んであげるから、ミレーヌの所へ行きましょうよ」
「わ、分かりました」
ガルベルさんに促された私は、重い腰を上げ、立ち上がった。
街に魔力があふれている今となっては、私が魔力を失ったところで、困る人は特にいない。
魔力が足りなければ、街で普通に売っている、魔力回復ポーションを飲めばいいだけだ。
ターク様はきっと、何も気にしないだろうし、私達の体の入れ替えを望んでいる達也は、すごく喜ぶだろう。
私とターク様を結び、英雄にしたこの力だけど、今となっては危険なだけのようだった。
――少し寂しいけど、仕方ないかな。ミレーヌ、納得してくれるといいけど。
――そろそろポルールの石像が完成するはずだけど、歌姫騒ぎは随分落ち着いたし、大丈夫かも……?
「じゃぁ、ターク様に声をかけてから出かけますね」
私達は、領主用の入り口に向かうため、庭を歩きはじめた。
そして、達也がクリスマスツリーに見立てた大きな三角の木の側まで来たとき、私たちはふと、足を止めた。
――あれ? ターク様だわ。
噴水のある広場の隅の壁際で、ふんわりと微弱な光を纏った彼の、後ろ姿が見える。
さっきと同じ、黒い王子様ファッションのまま、誰かと話をしているようだった。
「タ……」と、声を上げかけた私は、突然口を押さえられ、木の影に引きずり込まれた。
突然訪ねてきたガルベルに、魔法の暴発を心配された宮子は、ミレーヌに体を交換してもらうため、ガルベルと共に出かける事にしました。そんな時、庭で見かけたターク様。彼はいったい何をしているのでしょうか。そして、突然木の陰に引きずり込まれた宮子の運命は?
次回、ひどすぎます。~どっちでもいいターク様~をお楽しみに!




