09 [番外編]アグス。~研究は失敗続き~
現在続編の執筆が19章まで来ています。そろそろ完結までエタらずに書けそうな気がしてきました。報告がてら、アグスさんの語りで、番外編をお送りします。
続編投稿開始まで、ぜひブクマしてお待ちください。十三章までの感想やレビュー、評価もお待ちしてます♪応援していただけると、きっと頑張れると思います。
続編の進捗状況は、Twitterの、固定ツイのリプにて報告しています。https://twitter.com/koeda25032839
場所:ポルール(第二研究室)
語り:アグス・メルローズ
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いよいよ冬が近づいたポルールは極寒だった。
真冬ともなれば、熱湯が一瞬で凍るほどに街は冷え込み、全てが雪に埋もれてしまう。
カミルの力で、美しい姿を取り戻したルカラ湖も凍りつき、緑の平原も白一色になった。
しかし、コルク色の岩肌が剥き出しの第二研究室は、暗く長い坑道を奥へ奥へと進んだ先にあるため、意外なほどに暖かい。
以前は坑道にあふれていた魔物達も、イーヴの率いる第一騎士団にすっかり退治され、最近はかなり、安全に移動出来るようにもなっていた。
私、アグス・メルローズは、日本から来たタツヤと共に、ここ数ヶ月、この研究室にこもっている。
今私が行っているのは、ゼーニジリアスから、精霊の力を取り除く研究だ。
この一年、私は思いつく限りの実験をゼーニジリアスに対し、これでもかと繰り返した。
しかし、それらは一つとして、うまくいかなかった。
精霊ゾルドレと契約していた大地の力は、彼女が一方的に契約を解除したらしく、ある日を境に急に消え失せた。
しかし、水の精霊アクレアが投げ出した水の力は強大だ。カミルがあっという間に湖を作ってしまったことを考えても、このままこいつに持たせておくのは、危険すぎるだろう。
精霊を拘束する石、メロウムで動けないままにしておかなければ、何をするか分からない。
精霊の力というのは非常にやっかいなものだ。
タークが身にまとう光を、闇で一気に消し去る計画も、必ず成功するとは限らない。
少しでも何か間違えれば、タークを闇に突き落としてしまう可能性だってあるのだ。
その上、闇のモヤの回収となればまた危険が伴う。あれは魔物を生み出すだけでなく、少し吸い込んだだけで、意識を失ってしまう危険物質だ。
――本人が自分の意思で、誰かに愛のある譲渡のキスをする。それが、今はっきりわかっている、唯一の方法だ。
――精霊の力は一度受け取ってしまうと、簡単に消せるものではないな……。
しつこさには自信のある私だか、最近はほんの少し、気が滅入っていた。
「アグスさん、今日はずいぶん顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
考えこむ私に、タツヤが心配そうに話しかける。
彼は今十九歳だ。今は見た目もタークと同じだが、普通の体を持つ彼は、この先、当たり前に歳をとっていく。
しかし、タークはどうだ。
今までは順調に成長してきたが、これから先、あいつはずっと、今のままだろう。
今は、のほほんとしているように見えるタークだが、あいつはいつか、間違いなく辛くなるはずだ。
「あぁ。平気だよ」
タツヤにそう返事をしながら、私は壁際の道具棚の上に飾られた、妻の遺影を見上げた。
彼女が死んでしまって以来、この曇った心が、完全に晴れたことは一度もない。
愛するものが先に逝ってしまう悲しみは、経験しないと分からないものだ。
――サエラ……。君がいてくれたなら、こんな時、なんて言っただろう。
「アグスさん、少し休憩しましょう。ターク君は不死身のことなんて、たいして気にしてないですよ」
タツヤはそう言うと、温かい紅茶を私のテーブルに置いた。外よりずいぶん暖かいと言っても、室内の気温は五度程度だ。タツヤのやさしい気遣いが疲れた身に染み入ってくる。
「タークは、自分のことを深く考えようとしない。実際に体験するまで、危機感を持たないだろうな。だが、実際のところ、あいつは、人一倍孤独が苦手じゃないか」
「それは、確かに。彼、あぁ見えて人懐っこいですからね。人に会うのが好きですよね」
「あぁ。それに、ひどく一途だ。あいつがイーヴみたいなやつなら、私だってここまで心配はしないさ」
「みやちゃんが居なくなったら、彼は千年でも独り身を貫きそうですよね」
タツヤはそう言うと、困ったように眉尻を下げた。
「やはり、早めになんとかしてやらないといけないな」
「でも、今はあのベッドで、かなり強力に力を吸い取ってますからね。ターク君の寿命は、減ってるんじゃないですか?」
「そうかもしれんが、違うかもしれん。わからんな。今のところ、あれはただの、安眠ベッドだ。下手な期待はさせられない」
「アグスさんの努力は、きっと報われますよ」
しばしばこうして落ち込む私を、タツヤはいつも、やさしい言葉で励ましてくれる。
しかし、闇の魔道具である異世界ゲートを、他の属性の魔力で動かそうとする彼の研究もまた、随分と険しい道を辿っていた。
肩を並べてため息をつく私達は、まるで仲のいい親子のようだ。
――それにしても、長年想っていた女性を、タークに持っていかれてもなお、研究を続けるタツヤの執念は、タークの斜め上を行っているな。
――タークも何とかしてやりたいが、タツヤもどうにかしてやりたい。
――しかし、彼の願いが叶ってしまったら、毎日会えなくなってしまうんじゃないか?
いつかタツヤが、ここから居なくなってしまうかもしれないと思うと、私の胸は寂しさに、ギュウギュウと締め付けられた。




