08 [番外編]ミレーヌ。〜彼女はそれに、気付かない〜
ただ今続編を執筆中ですが、なかなか終わりが見えないので、番外編を一つアップします。
ポルールの坑道の奥にある、第二研究室で、達也を想うミレーヌを書いてみました。
続編にもすこし関係のあるお話です。
場所:ポルール(第二研究室)
語り:ミレーヌ・ジルバータ
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ミヤコが突然体に入って来たあの日、私、ミレーヌ・ジルバータは消えたいと願っていた。
自分の体に溢れる魔力を、他人に利用される日々が、本当に苦痛だったのだ。
だけど、異世界から来たというミヤコが気になって、消えきれなかった私。
ミヤコの体の中で息をこらし、私はずっと、彼女の様子を、心模様を見ていた。
ミヤコの中には、幼なじみとの思い出が、沢山詰まっていた。
彼女にいつも、優しく微笑みかける、タツヤさんとの思い出だ。
ずっと、一人きり、奴隷として売り買いされる日々を送ってきた私には、それは本当に、眩しい記憶だった。
――日本……。本当に、こんな世界が……?
――いつも大切な人がそばで自分を思ってくれているなんて、なんて幸せ。
――本当に羨ましい。
だけど彼女は、タツヤさんに恋をしている訳ではないらしい。
小さくて可愛いお隣の男の子の面倒を、得意げに見ているうち、懐かれてしまったと思っているようだ。
タツヤさんの猛アタックで、ずるずると長い時間一緒に過ごし、彼が優秀に育ちすぎた為に、いつの間にか立場が逆転した二人。
ミヤコを自分の元に繋ぎ止めようとするタツヤさんに、甘やかされ続けた結果、恋はしないまでも、ミヤコはかなり、彼に依存している。
だけど、最近は彼の優秀さや人気ぶりに圧倒され、引け目を感じる事が増えたようだった。
そんな彼女は、ターク様をあんなに心配する割には、あまり、タツヤさんの心配をしない。
彼が山で行方不明になった時は、流石に心配し、毎日泣いていたけれど、彼がターク様の中に入っている事が分かってからは、なんだか安心してしまっているようだった。
『達也なら、心配ないかな。優秀だし、なんでも上手くやるから』
確かに、彼女の記憶の中のタツヤさんは、だいたいいつも、完璧だった。
優秀で人気者で、気が利いてカッコよくて優しくて……。
彼には、心配になる要素が、殆ど無かったのだ。
そして、ちょっと心配なターク様に出会った彼女は、彼ばかり気にかけるようになってしまった。
タツヤさんでは満たされなかった世話焼きの本能が満たされ、幸せを感じてしまったのかもしれない。
――だけどこれじゃ、タツヤさんがあまりにも可愛そうだわ。
私が自分の体を飛び出し、ミヤコの体で、タツヤさんの研究を手伝うようになって、一年以上が経とうとしていた。
一人、ポルールにある、第二研究室の片付けをしていた私は、左耳の横にある、彼女の古い傷跡に手を触れた。
小さい頃、木のぼりをして降りられなくなったタツヤさんを助けようと、無理をして作ってしまった傷のようだった。
ミヤコは気付いていないけれど、彼女の記憶の中のタツヤさんは、彼女の髪を触るふりをして、事あるごとに、この傷に触れた。
それはもう、酷く切ない顔をして。
「ミレーヌちゃん、まだ起きてたんだ。よかったら、紅茶でも淹れようか?」
「あ、いえ、それなら私が……」
「いいから、いいから。座ってて」
不意に、研究室に戻ってきたタツヤさん。彼は、ミヤコの記憶通り、いつだって、とても優しい。
ターク様から出てきたばかりの頃は、ミヤコをターク様に取られてしまった事で、相当落ち込んでいるようだったけれど、そんな時でさえ、彼は私を心配し、色々と気を遣ってくれた。
「あったかいです」
「うん、だけど、夜の研究室は冷えるからね。無理しないで、それ飲んだら切り上げてね?」
「分かりました」
そう言って、再び紅茶に口をつけようとした私の耳元に、彼の手が伸びてくる。
「あ、ごめん……。つい、癖で……」
「やっぱり、この傷が、気になりますか?」
「君は、そういうの、気付いちゃうんだよね」
「ミヤコは、こんな小さな傷、少しも気にしてないですよ」
そう言った私を見て、切なそうに笑うタツヤさん。
――もう、そろそろ、元の体に戻ろうかな?
――いや、でもなぁ……。
彼の辛そうな顔を見るたび、私の心は揺らぐ。
「タツヤさんは、まだ寝ないんですか? 部屋に戻ったのかと思ってました」
「今日はまだ、やりたい事があってね。僕、諦め悪いんだよね」
――あー、本当に。
実らない片思いに、胸を焦がす私。だからこそ分かる、彼の、ミヤコへの執着。
――ミヤコ……。本当に気付かないの? タツヤさんが、ターク様より危ういって事。
「あまり、無理しないで下さいね」
「うん、ありがとう」
――はぁ! 白衣姿がすっかりさまになって、眩しいわ!
タツヤさんは、全ての傷を覆い隠すように、フワフワした優しい顔で笑う。
また研究机に向かった彼を眺めながら、私はとても、心配になった。




