06 冬が来る前に2~こんな日がずっと続けばいい~
場所:ルカラ湖
語り:小鳥遊宮子
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私達は砦を降り、出来上がったばかりの湖のほとりに集まった。
澄み渡ったルカラ湖の中には、清らかに青く輝くアクレアの姿も見えた。カミルさんのシャワーが見せた虹に魅せられたと言う彼女は、カミルさんの協力ですっかり元気を取り戻し、彼女と契約を交わしたようだ。
カミルさんのウォーターボールのサイズがとんんでもない事になっていたのは、彼女の元々の素質に精霊の力が追加されたためだった。
「カミルさん、素晴らしい眺めですね! 今日は呼んでいただいてありがとうございます」
「ううん、ミヤコちゃん! ターク! 来てくれて嬉しいよ」
そう言って元気一杯の笑顔を見せてくれるカミルさん。彼女は王都の防衛やアグスさんの研究の助手、ポルールの再建にも関わっていて、王都とポルールを行ったり来たり、本当に忙しそうだ。
「青薔薇の歌姫の人気はますます凄いことになってるね。魔力不足が解消されても、君の歌は皆の癒しだよ」
「ありがとうございます!」
「タークも領主の仕事と奴隷達の解放活動、頑張ってるみたいだね」
カミルさんにそう言われ、「あぁ。ほどほどにな」と、答えたターク様。
彼は相変わらずのワークホリックだ。今回英雄になった事で更に増えた領地を治める傍ら、奴隷やゴイム達を解放するため毎日走り回っている。
そんな彼を、カミルさんは好奇心に満ちた瞳で眺め回した。
「ターク、本当に顔色がいいな。ミヤコちゃんと居るのがそんなに幸せなの?」
ニヤニヤと笑いながら、からかうようにそう尋ねたカミルさんに、「当然だ」と真顔で答えるターク様。私は顔を赤くして、俯くしかなかった。
カミルさんは「タークって時々、素直すぎてからかい甲斐がないよね」と、ぼやくように肩をすくめた。
そんなカミルさんに、ターク様はさらに真顔で続ける。
「カミル、ずっと父さんを見ていてくれてありがとう」
驚いた顔で一瞬固まったカミルさんは、直ぐに酷く顔を引き攣らせて言った。
「わ、気持ち悪い! タークのそう言うところ、本当苦手」
「な……! お前……! 気持ち悪いって言うな」
ムッとした顔のターク様を見て、カミルさんは「ぷはっ」と楽しそうに笑った。
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草原にテーブルを出し、ガルベルさんは魔法でたくさんの料理を並べてくれた。
アグスさんとイーヴさんが、精霊達と一緒ににこやかに食事を楽しんでいる。
ガルベルさんとイーヴさんは今、ファシリアさん、シュベールさんと共に、ウィーグミン領の北にあるスクアナの森を調査しているらしい。
ウィーグミン伯爵に幻術をかけた闇魔導師を探し出し、浄化させたシュベールさんが言うには、あの森の精霊の秘宝も、飽和に近い状態なんじゃないかと言う事だった。
人々が闇に堕ちるのを防ぐため、また、森を正常な状態に保つため、四人は日々忙しく活動しているようだった。
そんな近況をアグスさんに報告しているイーヴさん達と少し離れた場所で、達也はゴイムだった少女達とミレーヌに取り囲まれていた。
「タツヤ様、あーん」
「ずるぅい! ユナのも食べて、タツヤ様! あーん」
「待って待って、ニナちゃん、ユナちゃん。僕、順番に食べるから、ね?」
「こっちにもあーんして下さい、タツヤ様」
「ミアちゃんまで!?」
「タツヤさん、お茶をどうぞ」
「ミレーヌ、ありがとう! だけどもう、僕、お腹がたぷたぷだよ!?」
相変わらずモテている達也を見て、「あの子本当に日本へ帰る気があるのかしら」と呟いているガルベルさん。
「だけど、タツヤはタツヤで逞しいよね」
ガルベルさんの肩の上で、ライルがそんな返事をしている。最近のライルは、ずっとガルベルさんと一緒にいるようで、屋敷で見かけることも無くなってしまった。
――また気まぐれに遊びに来てね! ライル。
そんな事を思いながら、お皿にもりもりとお料理を取る私を、ターク様は「よく食べるな……」と、感心した顔で見ている。
「何にしても、私の可愛いタッ君が二人居るなんて最高ね!」
「タツヤは頑張ってるよ。実験が成功する日もそう遠くないはずだ」
「タツヤ君は、アグス様に似て天才肌ですね。流石、もう一人のタークです」
「はっはっは。そうだな」
イーヴさんのおかしな相槌に、アグスさんは嬉しそうに笑った。
――この人達、本当に達也が日本に帰ったら、ものすっごく泣きそうだわ。
△
湖のそばに日傘付きのテーブルを置いたマリルさんは、セバスチャンさんに食事を運んでもらい、美しい食器で優雅に草原での一時を楽しんでいた。
――流石、マリルさん。大自然の中でも華やかだわ! 絵になるなぁ。
なんて思いながら、その様子を遠目に眺めていると、傍に付いているエロイーズさんの、大きな声が聞こえてきた。
「あぁー! マリル様の石像! 想像しただけで興奮しちゃいます。十六歳にして、英雄で大魔導師で国家魔術師だなんて、本当にマリル様は凄すぎます!」
彼女が興奮で身を屈めたり伸ばしたりする度に、大きな盾がガチャガチャと音を立てている。
マリルさんはそんな彼女を得意げな顔で見ながら「ふふん」と鼻を鳴らして言った。
「いったい、何回同じ事を言えば気がすむのかしら? エロイーズ。もう一回言ってみなさい」
「はい! 十六歳にして、英雄で大魔導師で国家魔術師だなんて、本当に本当に、マリル様は凄すぎます!」
「うふふ。もう一回聞いてあげてもよろしくてよ」
「はい! マリル様は十六歳にして……」
いつまででもマリルさんを褒めていられそうなエロイーズさんと、とても満足げなマリルさん。
そんな二人を、「マリル、楽しそうだな……」と、苦々しい笑顔を浮かべながらターク様は眺めていた。
△
「ターク! ミヤコ! ちょっとこっちへこんか」
地面に大きなシートを広げ、目の前に並べられた食事をどんどん平らげていたフィルマンさんに呼ばれ、私達は彼の傍にちょこんと座った。
「見てみろターク、スアの実を持って来てやったぞ」
そう言って、小さな包みをターク様に差し出すフィルマンさん。
「わ! フィルマン様、ありがとうございます」
「あっこれ、美味しいやつですよね!」
「がっはっは! そうじゃ。食べれ食べれ。シュベールが復活して以来、アーシラの森に行けばスアの実はいくらでも取れるからの」
久しぶりに食べるスアの実にご満悦のターク様。
「今日はいい日だな。こんな日がずっと続けばいい」
「そうですね、ターク様!」
幸せそうに笑う彼が可愛くて、私は笑顔でそう答えた。
ルカラ湖に集まり楽しいひと時を過ごした英雄達。
次回はいよいよ前編の最終話です。
前編の後はいくつかサイドストーリーを挟み、14章から後編が、スタートします。ターク様を引き継ぎよろしくお願いします。




