05 冬が来る前に1~誇らしい英雄達の石像~
場所:ポルール
語り:小鳥遊宮子
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一年後。
私、小鳥遊宮子はターク様と二人、転送ゲートでポルールの東の端に出た。
ここから岩山に刻まれた急な階段を少し昇って行くと、斜面に建てられた立派な鉄の扉がある。
そこはアグスさんの第二研究室に続く通路になっていた。
扉の前に座っていたアグスさんは、鉱夫のように真っ黒な顔をしていた。
「おぉ、タークよく来たな」
「父さん、またシェンガイト集めですか? 僕のためにあまり無理はしないで下さいよ」
「ははは! お前を元に戻すまで、私は諦めないぞ」
白い歯を見せて笑うアグスさん。彼は今もここで、ターク様から精霊の力を取り除く研究に没頭している。
「僕は父さんにもらったベッドがあれば十分ですよ」
その時、アグスさんの後ろの扉が開いて、カミルさんがひょっこり顔を出した。
「アグス様、実験は失敗でした。ゼーニジリアスのやつ、またドロドロになっちゃってますよ」
「なんだと!?」
「今日は諦めて、ルカラに行きましょう。皆待ってますよ! とりあえず顔を洗ってきてください」
「あぁ、そうだな」と、返事をしながら、よいしょ、と立ち上がったアグスさんの背中を押し、扉をくぐったカミルさんは、振り返って私達にウインクをした。
「二人とも、先に行ってて! 研究熱心な二人は僕が連れて行くからさ」
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この一年で復興が進んだポルールの街は、既に精錬所や鍛冶屋などの工場がたくさん出来ていた。
随分活気の出てきた街の風景を眺めながら、私の手を引きゆっくりと歩くターク様。
街の真ん中まで来ると大きな広場があり、そこにはイーヴさんとガルベルさんの石像が建てられていた。沢山の人がその周りで寛いでいる。
「わー! 立派ですね」
「師匠が英雄になると言うのは、思いの外嬉しいものだな」
「ガルベルさんの像は王都にもあるから二つ目ですよね?」
「あの人の像は国中にあるぞ。目障りだな」
「あはは……」
そんな事を言いながら、第一砦まで歩いてきた私達。砦の塔の螺旋階段を登ると、屋上にはイーヴさんがいた。
「お! 来たな、ポルールの戦いの英雄たち!」
背景に薔薇が見えそうな、キラッキラの爽やかな笑顔を見せるイーヴさん。
「英雄は先生ですよ。先生の石像の周りで女性たちが失神してました」
「私の像などどうでも良いぞ! 私はただただお前達が誇らしい。見ろ、あの山の上の土台を。あそこに誰よりも大きなお前たちの石像が立つぞ!」
「フィルマン様の石像より大きいのは流石に困りますよ」
ターク様がそう言って、二人で見上げた山の上には、彼と私の石像を建てるための、特大の土台が用意されていた。
――ひゃぁ……これはもう、ミレーヌは体を返してくれないだろうな……。
そんな事を考えていると、キラキラと淡く光る緑の風が吹いて、私の髪をフワッとかき上げた。
「シュベールを連れて来たわよ」
風の中からファシリアさんの声が聞こえ、金色に輝く癒しの精霊が姿を見せた。
長い間闇に堕ちていたと言う彼女だけど、その美しさは言葉では言い表せない。
――なんて神々しいの!? ターク様に癒しの光を授けた精霊さん、やっと会えたわ!
ターク様のように光り輝くその姿に、私はただただ感嘆のため息を漏らした。
「シュベール! 元気そうだな」
「うふふ、私まで来ちゃって良かったのかしら、可愛い坊や」
「当然だ。会えるのを楽しみにしていたぞ」
シュベールさんが嬉しそうに空中を一回りすると、金の光の微粒子がサワサワと舞い散る。
砦の上からルカラ湿地帯を見下ろす私達。
闇はすっかり浄化され、黒ずんでいた泥は茶色くなって、何処までも泥の海が続いている。
「特等席は空いてるかしら?」
後ろからの声に驚いて振り返ると、マリルさんとエロイーズさんが階段を登って来た所だった。
「マリルさん! 元気でしたか?」
「えぇ! 元気に決まっていますわ。なんて言ってもわたくし、英雄ですもの」
「大活躍でしたもんね。マリルさん達の石像は、この砦の前に建つそうですよ」
「あぁー! マリル様のこの可憐な姿が石像に! 楽しみすぎます」
キラキラと瞳を輝かせるエロイーズさんと、得意げに胸を張るマリルさん。彼女はすっかり、誇りと自信を取り戻したようだった。
「みんなー! お待たせ!」
カミルさんが元気よく現れて、白衣姿のアグスさんと達也、ミレーヌとアグスさんのゴイム達も姿を見せた。
空に大きな気配を感じて上を見上げると、箒に跨ったガルベルさんと、彼女の魔法で空に浮いているフィルマンさんが、沼地を見下ろしている。
「それじゃぁ行くよーー!」
カミルさんが両手を上に掲げると、彼女の身体が青く輝き始め、沼地の水分がグングンと空中に吸い上げられ始めた。
彼女の頭上に、透明で巨大なウォーターボールがどんどん出来上がっていく。
その大きさは、前に泥まみれになった私たちにシャワーを降らせててくれた時とは比べ物にならないくらいに大きかった。
泥の中から姿を見せた大地の精霊ゾルドレが地面の形を整え、大きな穴が現れると、カミルさんは大声で叫んだ。
「そぉれぇーー!」
空中に出来上がったウォーターボールを、バシャーンと穴に投げ込む彼女。
それを何度か繰り返すと、泥の大地は乾き、大きな湖がそこに出来上がった。
最後にシュベールさんが湖の周りを飛び回り、茶色い大地は緑の草原に姿を変えていく。
「素晴らしい景色ですわ」
「えぇ……本当に……」
ふんわりと薄い霧のかかった空に、大きな虹がかかり、美しく澄んだ湖に逆さまに映し出されている。
程よく湿り気のある冷たい空気が肌に心地良かった。
「父さん、懐かしい景色が戻って来ましたね」
「あぁ。本格的な冬が来る前に、お前にこの景色を見せておきたかったんだ」
満足そうに笑顔を見せたアグスさんは、ぐしゃぐしゃとターク様の頭を撫で回した。
第一砦に集結した英雄達。復興に沸くポルールには彼らの石像が次々に建てられているようです。そして、精霊達と力を合わせ、ルカラを元の姿に戻したカミルさん。彼女はどうやら、更なる力を手に入れたようです。
次回、美しい姿を取り戻したルカラ湖の周りで、英雄たちはピクニックを楽しみます。




