10 もう一つの役目。~戦地を満たした光り~
場所:ポルール
語り:小鳥遊宮子
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空に浮かぶベッドの上で、私、小鳥遊宮子は、再建したばかりの第一砦が、濁流に飲み込まれる様子を、ただ唖然として眺めていた。
ポルールに押し寄せた濁流は、街を半分程飲み込んだ辺りで止まると、どろどろと沼地に引き返し始めた。
それは、自然に、と言うよりは、まるで生きているかのような動きだった。
泥が引いた跡には、沢山の兵士達が、重い怪我を負い倒れているのが見えた。
「ターク様ぁー! マリルさぁーん!」
必死に声を張り上げて、姿の見えなくなった二人の名前を叫ぶ。
焦りと不安が込み上げて、胸を押しつぶしてしまいそうだった。
私の横で、いつの間にか実体化したファシリアさんが、苛立った声をあげている。
「姉さん達、もういい加減にして!」
濁流が来た方へ飛び去ろうとするファシリアさんを、イーヴさんが呼び止めた。
「待ってくれ、ファシリア。まずはミヤコ君を安全な場所へ運ばないと……」
私の乗っているベッドは今、風になったイーヴさんが運んでいるのだ。
私は慌てて二人にお願いした。
「私を、ターク様の所まで運んでもらえませんか?」
私には、作戦会議の後、ガルベルさんにこっそり頼まれた、もう一つの役目があったのだ。
「ゼーニジリアスはきっと何か企んでいるわ。いざと言う時にはあれをお願いね」
ガルベルさんが私に頼んだ事。
それは、私がウィーグミンからの帰りに発動させた、ラストリカバリーだった。
確かにあれなら、こんな状況でも、皆を一気に全回復させられるかもしれない。
「だけど、あれは、どうやって発動すれば良いのか分かりません」
そう言った私に、「多分だけどね……」と、彼女はその方法を耳打ちした。
私を乗せたベッドが、ポルールの上空を移動し、街の中程で、倒れているターク様を見つけた。
起き上がろうと地面に手をついているところを見ると、どうやら意識はあるみたいだ。
緑の風を巻き上げながら、ベッドがゆっくりと降りて行く。
ポカンとした顔で私を見上げたターク様は、また泥だらけになってしまっていた。
不死身は少しかわいそうだと思っていた私だけれど、こんな事で、ターク様が急に死んでしまったらと思うと、やっぱり不死身のままで居てほしかった気もする。
今日は朝からすごくキリリとしていたターク様。第二砦の屋上から飛び降りた後ろ姿は、本当にカッコよかった。
第一砦の再建中は、歌を歌いながら、ターク様の勇姿を目をハートにして眺めていた。戦うターク様は、本当に生き生きとしている。
本当なら、死ぬほど怖い状況だったけれど、ターク様が守っていてくれるから、大丈夫だと思えた。
今までもずっとそうだった。彼が居たから、私は歌う事が出来たのだ。
ベッドの脚が地面につくと、私は胸の前に手を組み、祈るように目を閉じた。
――失敗したら、ものすごく恥ずかしいけど……やるしかないよね。
大きく息を吸い込んで、覚悟を決めた私は叫ぶ。
「ターク様ー! 大大大好きですーー!」
身体中に何かが駆け抜けて、ゾワゾワと鳥肌が立った。私を中心に広がった青い光が、キラキラと街全体を包み込んで行く。
――この澄み渡った春の湖のような輝き……! これだわ!
興奮ではぁはぁと息が上がって、私はベッドに座り込んだ。
そこら中に倒れていた傷だらけの兵士達が次々に立ち上がり、「うぉー!」と、歓声を上げる声が聞こえて来る。
「ミ……ミヤコ……?」
目の前には、ますますポカンとした顔で、私を見つめているターク様。
――あーん! 恥ずかしい! 本人を前に大声で愛を叫べだなんて、あまりにも発動条件が酷くないですか?
だけどあの日、あの宿屋を満たしたこの気持ちは、日に日に膨らみ続け、もう街一つを飲み込むくらいには大きくなってしまっていた。
ターク様が何か言おうと口を開いたその時、頭上から、「離せ! 離せ!」と声が聞こえて、銀髪の男の首根っこを捕まえたガルベルさんとカミルさんが地面に降り立った。
「ゼーニジリアスをひっ捕まえてきたわよ!」
「えっへへー! 僕のお手柄〜」
ターク様の足に巻かれていた拘束具を首に巻きつけられたその男は、この戦いを引き起こした張本人、ゼーニジリアスだった。
「わ、あんな凄い濁流を起こす人をガルベルさんとカミルさん二人だけで?」
私が驚いた声を出すと、ガルべルさんはゼーニジリアスをポイっとターク様の前に投げて言った。
「沼地も秘宝もアクレアも、ベッドに綺麗に浄化されちゃって、魔力が尽きたのね。最後の足掻きで濁流を起こして、ぶっ倒れてたから拾ってきたのよ」
「見つけたのは僕だからね!」
得意げな顔のカミルさんと、悔しそうな顔でガルベルさんを睨むゼーニジリアス。
「おぉ……。やったなカミル……。流石です、ガルベル様。でも……秘宝が浄化されたって……それじゃぁ……」
ターク様がたじろぎながらも立ち上がると、「おーい!」と呼び声がして、マリルさん、エロイーズさんにフィルマンさんやアグスさんまで、皆がこの場所に集まってきた。皆が皆、頭の天辺から足の爪先まで、見事な程に泥まみれだった。
「マリル……! 皆も無事だったか!」
「ターク様こそ、ご無事でなによりですわ。それにしても、わたくしの鉄壁を乗り越えるだなんて、なんて忌々しいドロなのかしら」
不機嫌そうにぼやくマリルさんを見て、ホッとした様子のターク様。
ガルベルさんも、ホッとしたように皆の顔を見ながら笑顔を見せた。
「イーヴとファシリアは精霊達を説得しに行ったからいいとして……他も皆んな無事なようね! 歌姫ちゃんのラストリカバリー、成功したみたいで良かったわ!」
「凄かったよね! 街中が愛に満たされたって感じがしたよ? 僕までキュンキュンしちゃったよ」
ニヤニヤしながら私を突くカミルさん。
――う……聞いてたんですね……!? 本当に本当に、からかうのはやめてください……!
私が真っ赤になって俯くと、ターク様まで赤くなって黙ってしまった。
「ミヤコ、本当に助かったわい。わし、ぎっくり腰が治ったみたいじゃよ」
フィルマンさんがそう言うと、「これだから隠居したジジイは使えないのよ」と、ガルベルさんが呆れたようにため息をつき、「ははは」と、アグスさんが笑った。
後半、フィルマンさんを見かけなくなったな、と思っていたら、ずっとギックリ腰で休んでいたらしい。
「とりあえず、ゼーニジリアスを第二砦の牢屋に突っ込んでから、みんな泥を流しましょう! ご馳走を用意するから楽しみにしてね! 色々気になるけど話はそれからよ」
ガルベルさんの提案に、皆が一斉に頷いて、私達は第二砦に向かって歩き始めた。
日は次第に傾いて、鉱山のゴツゴツとした岩肌が、夕焼けに赤く染まっていた。
公開処刑のような愛の告白で、宮子が発動したラストリカバリーにより、濁流に飲み込まれた人々は元気を取り戻しました。そして容易くガルベル達に捕まってしまうゼーニジリアス。とりあえず全員ドロドロなので、第二砦に戻ります。
次回、第二砦に戻り、泥を流したターク様がシャツに着替えると、彼の身体に異変が起きます。




