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ターク様が心配です!~不死身の大剣士は寝不足でした~  作者: 花車
第12章 ドロドロの戦い

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09 沈みゆくターク。~死の淵で願う事は~

場所:ルカラ湿地帯

語り:ターク・メルローズ

*************


 泥沼に一人取り残された私は、自分の身体がゆっくりと泥に沈むのを、ただ上を向いて待っているしかなかった。


 足に巻きつけられた精霊用拘束具の効果は凄まじく、全く身体に力が入らない。


 何も見えない真っ黒な闇のモヤの中、既に顎まで泥に沈んでしまった。闇に汚染された泥は、黒ずんで生臭い。


 以前よく見ていた悪夢が現実になってしまったようだが、私は今、幸いな事に不死身ではなかった。


 いつまでも痛む肩の刺し傷が、私を不死身の絶望から救っている。



 ――あー……ミヤコ。最後に一目お前に会いたい……。



 突然訪れた人生最後の時間。

 私の頭に浮かぶのは、ミヤコの顔ばかりだ。




 後頭部が冷たい泥に沈み、「もうダメだ……」と、思ったその時、突然目の前のモヤが消え去り、私の目前に青空が広がった。


 ドス黒かった泥沼も毒気が抜け、黄褐色に色を変えていく。


 そして、空飛ぶ大きな四角い物体が、フワフワとこちらに向かってくるのが見えた。


 強烈な金色の光を放つそれは、みるみる闇のモヤを吸い込みながら、私の上まで移動してきた。



 ――なんだ……? 脚が四本ついてるな。



 唖然としながらその光景を眺めていると、それはゆっくりと私の横に降りてきた。



「ターク様! 大丈夫ですか!?」



 闇のモヤを消し去って、光を失った薄黒(うすぐろ)い物体。


 その上から何故か、ミヤコがひょっこりと顔を出した。



「ミヤコ……!?」


「ターク様、捕まって下さい!」



 そう言って手を差し伸べるミヤコに、なんとか手を伸ばそうとするが、全く腕が上がらない。



「ダメだ、全然身体に力が入らないんだ」


「あっ大丈夫ですっ。すぐにガルベルさんが引き上げてくれますから」



 ミヤコがそう言って体を引くと、空に浮いているガルベル様らしい影が見えた。逆光で黒くなってよく見えない。


 途端に体が軽くなって、ズポッと泥から引き上げられた私は、ミヤコの乗った四角い物体の上にふわりと降ろされた。



 ――なんだ……これは? まさか、ベッドか?



 見た事もない大きな鉱石の塊に、美しい宝石で飾られた豪華な背もたれが取り付けられている。


 その見事な飾りの中に、よくみると動いている金の歯車。これは、明らかに父さんの手によるものだ。


 ポカンとしている私に、ミヤコが突然抱きついてきた。



「ターク様! 間に合って良かったです!」


「わ、おい、汚れるぞ?」



 離れようにも身体に力が入らない私は、ミヤコに押し倒され、ムギュムギュと頬ずりされた。



「うふふ、ドロドロですね!」


 泥に汚れた顔を涙に濡らし、ミヤコが笑う。


 ――会いたかった。本当に!



 身体が自由に動いたなら、きっと彼女を抱きしめてしまっただろう。今はこの拘束具に、僅かながらに感謝の気持ちが芽生える。


 だけどきっと、この手に彼女を抱きしめたなら、この世界の幸せを全て手に入れたような幸福感で、心が完全に満たされたはずだ。



 ――ダメだ……涙が出る。



 必死に堪えてみても、努力虚しく溢れ落ちる涙を、動けない私は隠す事も出来ない。


 ミヤコは私が固まっているのに気づくと、親指の先で、私の涙を拭い、足に絡みついた拘束具を外してくれた。



「ありがとう。本当に死ぬかと思った」


「いえいえ! このベッドのおかげですよ! あれ? ターク様、肩に傷が……。癒しの光、消えちゃったんですか?」


「あぁ、シュベールに返したんだ」


「わぁ、それはホッとしましたね」


「あぁ、まぁ、そうだな」



 有難い加護を失って、ホッとしてしまう私の気持ちを、目の前にいるミヤコが肯定してくれる。



 ――お前が居てくれる事がやっぱり一番ホッとするよ。



 思わず彼女に手を伸ばしそうになった私の顔に、突然ばしゃっと水がかかった。


「なんだ?」と、改めて空を見上げると、ガルベル様の箒の後ろにカミルがまたがっている。


 彼女はニヤニヤと笑いながら、私にアクアボールを投げつけた。



「ターク! 泥を流してあげるよ!」


「やめろ、ミヤコが風邪をひくだろ」


「大丈夫、ファシリアが乾かしてくれるよ」



 そう言って両手を上に掲げたカミルの頭上に、池が作れそうな程の巨大なアクアボールが見る見る出来上がっていく。



「バカ、カミル、ミヤコがいるんだって!」


「そーれ!」


「ひゃぁ、冷たい! あはは!」



 カミルが降らせたのは、広範囲にキラキラと輝きながら降り注ぐ雨のようなシャワーだった。


 泥の大地に大きな虹が架かり、謎のベッドの上でずぶ濡れになった私達は、顔を見合わせて笑った。



「心配かけるんじゃないわよ」


 ガルベル様のヒールも降ってきて、私の肩の傷が治る。


「ぐすっターク……」



 何処からかイーヴ先生の鼻をすする音が聞こえて、ファシリアの放った温風が、私達をカラリと乾かした。



 ――こんな沼地の真ん中で、ミヤコとベッドの上にいるなんて、全く変な気分だな。



 闇のモヤが消えた沼地からは、魔獣の姿もすっかり消えて、我に返った闇魔導師達が、人間の姿に戻り、呆然と立ち尽くしていた。



 ――あんな巨大な魔獣まで浄化してしまうとは、このベッドはいったい何なんだ?



 視界が開けた今なら、逃げ去ったゼーニジリアスを容易に捕まえられそうだ。奴を捕まえ、シュベールを解放し、あの腰にぶら下がっていた精霊の秘宝を手に入れなくては。



「ガルベル様、私はゼーニジリアスを追います。ミヤコを安全なところへ……」



 顔を上げた私が、そう言いかけた時、突然グラグラとベッドが揺れ、泥の大地が盛り上がり始めた。





「ひやぁ!」


 叫ぶミヤコを慌てて引き寄せると、私達を乗せたベッドは、十五メートル近くも持ち上げられ、泥の波に乗るように、ゴゴゴ……と音を立てながら、第一砦に向かって流れ始めた。


 必死にベッドに捕まっていると、イーヴ先生の風が、フワリとベッドを浮かせ、ベッドは泥から引き揚げられた。私達はそのまま、空飛ぶベッドに乗って第一砦に戻った。


 大きな泥の波を食い止めようと、マリルが砦の手前で鉄壁を出しているのが見える。


「ダメだ、鉄壁より泥の方が背が高いぞ! マリルが危ない!」


 私はベッドを飛び降りると、マリルめがけて必死に走った。


「マリル!」


 泥が鉄壁を超え、頭上の光を遮ると、マリルは青ざめた顔で私を振り返った。


 私が彼女に手を伸ばすと、彼女も私の方へ手を伸ばす。


 お互い必死だったが、結局手は届かないまま、私達は濁流に飲み込まれた。



「ターク様ぁー!」



 恐怖に強張(こわば)った顔で、マリルが流されていく。


 私は第一砦の壁に打ち付けられ、更に流れてきた何かに押しつぶされて、口からドバッと血を吐き出した。


 不死身じゃないというのは、思った以上に死と隣り合わせらしい。



「かはっ……マリル、どこだ……!」



 再建したばかりの第一砦が泥にさらわれ崩れていく。砦の中にいた兵士達も泥に飲み込まれていく。



 ――くそ……ゼーニジリアス……! あいつ、絶対許さない!



 強い怒りが胸を貫いたが、 私の身体は、また動かなくなってしまった。




 泥沼に沈みながら「宮子に会いたい」と願うターク様の元に、謎のベッドに乗った宮子が現れます。


 彼女を抱きしめたいのをギリギリこらえ、ゼーニジリアスを追いかけようとするターク様ですが、泥沼が濁流に代わり、ポルールに押し寄せると、彼は流されてしまいました。


 次回は宮子の語りです。流されたターク様をベッドの上から探し出した宮子は……。

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― 新着の感想 ―
[一言] みやことガルベル様達に救われたターク様でしたが今度はマリルを救うために!! 果たして次はどうなるのか!? もう続きを読むしかないっ!! ( *˙ω˙*)و グッ!
[良い点] 怒涛の展開ですね! 死の淵で会いたいと思っていた宮子に会えるなんて感動的(T ^ T) でも、みんな最後は大ピンチで終わったので、続きが気になります!
[良い点] ターク様が急遽不死身でなくなり、痛い思いをだいぶなさっているのが、慣れるまで時間がかかりそうです。敵の力が圧倒的になったようで、そこは厄介ですね。 [一言] ゼーニジリアスらの猛攻が落ち着…
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