06 連れ去られたターク。~ドロドロじゃないの~
場所:ルカラ湿地帯
語り:イーヴ・シュトラウブ
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第一砦が建て直され、ついに魔獣が居なくなったポルールの上空で、私、イーヴ・シュトラウブは、拳を掲げ喜びのポーズをした。ファシリアが私の周りを楽しげに飛び回っている。
マリル君とミヤコ君は抱き合って喜び、それを見たタークもエロイーズ君と共に拳をぶつけ合って喜んだ。フィルマン様が勝利の雄叫びを上げ、カミルとアグス様が拳を突き上げると、兵士達も歓声をあげる。
しかし、箒にまたがり、砦の上から沼地を見下ろしていたガルベル様だけは、深刻な顔で黙り込んでいた。
沼地にかかっていた黒いモヤが、半日の間にかなり大きくなって、第一砦に迫っていたのだ。
「沼地が真っ黒だわ……」
闇に汚染された沼は黒くなり悪臭を放ち、モヤが大きくなった事で、大量の魔獣が新たに湧き出して、第一砦に群がってきていた。
せっかく立て直した砦を壊されてはたまらないと、ガルベル様が魔獣に攻撃を開始すると、私とタークも砦の外に出て戦いを再開した。
「このままではポルールが闇のモヤに飲み込まれるわ!」
「とにかく砦を守りましょう」
しかし、ここは泥沼で、街の中とは違い足元が非常に悪い。飛んでいる私と、ガルベル様は問題ないが、タークは泥に足を取られてしまう。
「ターク、大丈夫か? 変に深いところがあるからな、気を付けるんだぞ!」
私が空からそう声をかけた瞬間、タークはボチャンと泥の上に倒れ、「うわぁ」と声を上げて、そのまま足を引っ張られるように、泥の上を滑り始めた。
「ターーク!」
私は慌てて追いかけたが、伸ばした手が届く事は無く、タークはそのまま闇のモヤの中に消えてしまった。
「ターーーーーク!」
私はモヤに向かって必死に叫んだか、タークからは返事がない。私の喚く声を聞いて、「何が起きたの?」と近づいて来たガルベル様に、アタフタしながらも状況を説明した。
どうやらタークは、泥の中に潜んでいた闇魔導師に精霊の拘束具をはめられ、身体に力が入らなくなったようだ。
「しまった」と言う顔で落胆するガルベル様。
「闇のモヤが濃くてとても探しに行けないわ」
「うぐぅ……ターーク! ターーーク!」
涙を流しながら喚く私を、ガルベル様はイライラと怒鳴りつけた。
「うるさいわねイーヴ、静かにしないと寝かしつけるわよ!」
「うっ……しかし、ガルベル様……タークが……タークがぁっ……」
「落ち着きなさいったら」
闇のモヤは普通の人間なら少し吸い込んだだけでも気を失ってしまう。この中に飛び込んだりすれば、泥沼に沈むだけなのは明白だ。しかし、ファシリアと契約した私なら、モヤへの耐性は多少上がっているはずだ。
「ちょっと行ってきます!」と飛び出しかけた私の首根っこを、ガルベル様が捕まえた。
「ダメよ、イーヴ。精霊の拘束具は貴方にも効くんだから。こんな何も見えない中に飛び込んでどうするの? ゼーニジリアスの思う壺よ」
「ぐ……ぐふぅ……離してください……ターーーーグゥウゥ……」
「本当にバカね」
ガルベル様が呆れた声を出した時、ファシリアが突然、モヤに向かって叫んだ。
「もういい加減喧嘩はやめて! アクレア姉さん、ゾルドレ姉さん!」
「姉さん?」
目を丸くして聞き返した私に、ファシリアはやり切れないといった顔で答えた。
「二人は私の姉さんよ。五年前からずっとニジルを取り合って喧嘩してるの」
「ニジルって……まさかゼーニジリアスの事か?」
「そうよ、あのたらし男、両方の姉さんと契約して……アクレア姉さんはショックで闇に堕ちちゃうし、ゾルドレ姉さんはニジルの言いなりなの!」
「なんてことなの。ドロドロじゃない」
不愉快そうに顔を歪めたガルベル様。私はファシリアのこれまでの言動を思い返し、なんだか妙に納得した気分になっていた。
「こんな事になるまで黙っていてごめんなさい。何度も姉さんを闇から救おうとしたけど、ニジルに邪魔されて出来なかったのよ」
そう言って、苦々しい顔で俯くファシリア。だが彼女はずっとシュベールの面倒も見ていた。手に負えなかったのは仕方がないことだ。
「貴女のせいじゃないわ、ファシリア。イーヴ、急いでアグスの所に行って相談してきてちょうだい。彼ならきっと何とかしてくれるわ」
「ぐふぅ……分かりました!」
私は鼻水を垂らしながらも、急いでポルールへ飛び帰った。
突然泥の上をすべるようにモヤの中に引きずり込まれてしまったターク。泣き叫ぶイーヴを見て、ファシリアは「喧嘩はやめて、姉さん!」と言い始めます。どうやら、この闇のモヤはゼーニジリアスをめぐる姉妹喧嘩が原因のようです。
次回は宮子の語りです。連れ去られたタークを助け出すため、宮子達はアグスの秘策を求め廃坑に入ります。




