03 浄化された闇。~もう一つの願い~
場所:メルローズ本邸
語り:カミル・グレイトレイ
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タークとイーヴ先生がポルールへ行ってしまい、王都に取り残された僕、カミル・グレイトレイは、頻繁にアグス様の研究室に顔を出し、助手をするようになっていた。
メルローズ本邸の最奥にある扉を開くと、特殊な薬剤の混ざり合った独特な匂いが漂って来る。
僕が闇に侵されて四年、アグス様は定期的に僕の診察をし、シェンガイトが闇に染まる度、新しい石に変えてくれた。
彼は僕から受け取った闇に染まったシェンガイトを、彼の作った特別な保管ケースに、もういくつも溜め込んでいる。
肌身離さず身につけるように言われたその石を、僕はいつも、結い上げた長い髪の中に隠していた。
アグス様はこの二年程で、さらに二人の奴隷少女をゴイムにした。少しでもミアの負担を減らそうと、アグス様なりに考えた結果らしい。
彼は、その魔力で魔道具を開発しては金策に走り回り、シェンガイトを買い集めた。
僕は、日ごとに顔色が悪くなるアグス様がいつも心配で仕方なかった。彼はきっと、ターク以上に寝不足だ。
「アグス様、大丈夫ですか?」
僕が心配に沈んだ声で話しかけると、アグス様は切羽詰まった顔で頭をかきむしった。アグス様の低い声が、焦りに震えている。
「カミル、このところシェンガイトがなかなか手に入らなくなってきているんだ。このままだとお前の闇の行き場がなくなってしまう」
「そんな……もしかして、お金が集まらないんですか?」
「いや、金はある。……が、市場に出回っているシェンガイトはもう殆ど買い占めてしまったからな。一刻も早く採掘場を再開しなくては……」
「ポルールですか……」
ポルールの戦いが終われば金策が厳しくなるからと、先延ばしにしてきた問題に、僕達はついに行き着いてしまった。
シェンガイトが無くなれば、僕は闇に堕ちてしまうだろう。
「カミル、シェンガイトがなくなる前にファシリアの所へ行ってこい。彼女なら、きっと、お前の闇を根本から払う事が出来るはずだ」
ファシリアがシュベールの闇を取り払った話を僕から聞いたアグス様は、会う度にそればかり言うようになった。
だけど僕は迷っていた。
僕がこの闇を失ったら、誰がこの先、シェンガイトに闇を込めるんだろうって。
△
そんな時、イーヴ先生とタークがポルールから帰ってきたんだ。
何も知らされていなかった僕は、アグス様の研究室を出た所でタークに出くわした。
久々に会ったタークは、また少し逞しくなっていた。泣き虫でサボってばかりだった頃の、あのふにゃっとした雰囲気はもう残っていなかった。
目つきがキリリとして、前より迫力があるように見える。
――やっと僕のライバルらしくなってきたな。
僕はちょっと焦りながらも、「やぁ、久しぶり!」なんて、元気いっぱいに挨拶してみた。だけど、僕を見たあいつは、ひどく険しい顔をして言ったんだ。
「カミル、父さんの研究室に何の用だよ」
その声はまるで不満そのものみたいに低く尖っていた。どきりとして思わず髪に手をやった僕を、タークは苛立った顔で睨む。
「はっ……えっ? 大した用じゃないよ?」
「だから、何の用だよ?」
「ちょっと、……装備品の相談に、ね?」
僕の動揺に気付いたタークは、髪を弄る僕の腕を掴んだ。後ずさった僕は通路の壁際に追いやられていく。
何を怒っているのかと思ったら、急に伏せ目になった君は、今にも泣きそうな曇った声を出したんだ。
「まさか……。父さんはお前にまで何かしてるのか?」
タークの父親嫌いはここ数年で、ずいぶん悪化してしまったみたいだ。
最近はミアがすっかり魔力タンクらしくなって、それをアグス様が時々戦地に連れていくものだから、無理もないとは思うけど。
だけど、アグス様は、ずっと君のために苦悩の中這い回ってるんだ。
「アグス様は良い人だよ。タークはちょっと、疑心暗鬼が過ぎるんじゃない?」
「カミル、本当に何でもないのか?」
「いいから腕を離してよ」
黙って僕から離れたタークの脇をすり抜け、僕はその場を離れた。
――僕の心配してるふりなんかして、本当は自分が泣きたいだけなんじゃないの? だけど、君には素敵な婚約者が居るだろ。泣くならマリルちゃんの所でどうぞ。
△
タークの顔を見てから、僕の心の中で闇が疼き始めていた。シェンガイトがいつもより早く闇に染まり、溢れ始めている事に、僕は気づいていなかった。
だからその後、イーヴ先生の家で行われた、タークの為の祝賀会で、僕の闇は暴走したんだ。
「僕のために死ね! ターク!」
タークに斬りかかった僕は返り討ちに遭って気を失った。いや、実際は悔しくて気を失ったふりをしたんだけど。
「カミル。目を覚まして」
タークはいつも、躊躇なく僕にキスをする。僕の髪を触りながら、当たり前みたいに、ひどく優しく……。張り合ってるのはいつも僕だけだ。
――もう! 勝手はよしてよ……!
君の光が僕に流れ込んで、僕の闇は完全に浄化されてしまった。タークの、幼馴染への愛のせいで。
「治ったか?」
目を開いた僕に、君はにっこり笑いかけた。
――だけど、そうだ……。この笑顔が見たくて、僕は……秘宝に手を出したんだ。
秘宝を手に願いを叫んだあの日、僕が叶えたかったもう一つの願い。
それが、突然叶ってしまった。
鉱山が閉鎖されていることでついにシェンガイトが手に入らなくなり、焦るアグスとカミル。王都に戻ったターク様は、父の研究所から出てきたカミルを心配します。そして、カミルが闇に堕ちていることに気付いたターク様は、彼女をキスで治療したのでした。この後彼は事情を知らないイーヴ先生に怒られ、ヒールを取得する羽目になりました。
次回、シェンガイトが手に入らない事で思い詰めたアグスは、ついに精霊の遺跡に乗り込みます。




